第二十話『歴史』
赤き鳥は、島中を駆け巡って炎を放った。
その炎は大地を焼き、建物を焼き、人々を焼いた。
その炎の勢いの強さから、このまま島全体が炎に沈むのではないかとすら思われた。
しかし、島中が炎に包まれたにしては、多くの動物や自然が焼けずに残った。
生き残った者達が多くいたと言っても、島中を焼くような凶悪行為をした赤き鳥が恨まれないはずがない。しかもその姿から、燗姫に協力していた凶鳥であることは容易に想像がついた。
人々は怒り狂い。何もいない空に向かって呪いの言葉を吐き、赤き鳥の模造品を壊して怒りをぶつけた。
ところが、人々の怒りがひと段落すると、赤き鳥に対して別の見方をする者達が現れた。
『赤き鳥は燗姫の支配を打ち破り、神林王国の支配を徹底的に破壊してくれた』という意見だ。
当然その見解には反対論が多く出た。
燗姫の支配が破壊されたのは結果論に過ぎない。
赤き鳥を使っていたのは燗姫だ。燗姫が赤き鳥の機嫌を損ねるようなことをし、その結果暴走させたに違いない。
そうであるならば燗姫の自業自得。真っ先に殺されたのが燗姫で、それによって神林王国の支配が壊れただけの話だ。
それに対する、赤き鳥が解放者であると考える者達の反対意見はこうだ。
確かに赤き鳥は島中を焼いた。大地を炎で包み、建物を破壊し、人を殺した。だが、それの多くは神林王国の物であり、汚れた物だった。赤き鳥はそれを浄化してくれたのだ。
燗姫が死んだくらいで、神林王国の者達が支配をやめるものか。別の者が頂点に君臨し、第二、第三の燗姫になるだけだ。赤き鳥の徹底した破壊がなければ、支配から完全に抜け出すまでに数十年はかかったはずだ。
神林王国を完全に破壊し尽くした赤き鳥こそが、真の解放者なのだ。
二つの見方は対立し、激しい議論となって島中に広がった。
島の中が険悪な雰囲気に包まれる中、全く別の考え方が現れた。
それは、『赤き鳥などそもそも存在しなかった』という説である。
燗姫の支配下で、赤き鳥を見た者は誰ひとりとしていなかった。人々が知っているのは、いつも燗姫が語っていた傲慢な赤い鳥の姿だけだ。
人々は、不死の血と言う強力な証明を見せつけられ、赤き鳥の存在を無思慮に受け入れたが、それこそ間違いだったのではないだろうか?
赤き鳥が不死の血を与えたと言うのは間違いで、神林王国が不死になる薬を生成したというのが正解なのではないか? 元々神林王国は人材が豊富なことで有名だった。不死の研究を行っていたとしても不思議ではない。
不死の薬の生成に成功した時、それを奪われることを恐れて考えだしたのが、赤き鳥の存在。赤き鳥が自ら協力してきたのだと主張することで、不死の薬の存在を隠し、守ったのだ。
島中を駆け巡った炎の正体は、神林王国が研究していた新型兵器が暴走したと推理する。
だから、神林王国の関係者や建物に、特に大きな被害が出たのだと解釈できる。
人々が見た、炎を撒き散らしながら飛ぶ赤き鳥の姿は、燗姫に赤き鳥の存在をすりこまされていたことから見てしまった集団幻覚。それですべて説明がつく。
この、『赤き鳥非実在説』は島中に広がって行った。
そして広まるうちに、遥か昔存在したらしい『孤島に住む赤き凶鳥』と融合し、物語まで作られた。
ちなみに、孤島に住んでいた赤き凶鳥は、燗姫の圧政が始まると同時に、人々の意識から消え去った。
残されていたはずの資料は、その多くが失われて、今日ではその鳥が住んでいたとされる島も見つけることができない。
ただ、その凶鳥は恐るべき化け物だったという言い伝えが残っているだけである。
こうして赤き鳥の存在は幻想となり、地方によっては神聖視されるようになって、赤き鳥を祭る建物まで作られた。
『赤き鳥信仰』の始まりである。
さて、燗姫が居なくなった後、問題になったのは島の統治である。
支配者は居なくなった。島の人間達は圧政から解放された。しかし、そのまま放っておけば、島中で暴動が起き、内乱状態となってしまう。
そこで、燗姫が倒れた後、即座に反王国軍が島中に散らばって統治を始めた。
わずかに残った神林王国の人間達を悪として断罪し、自分達の正当性を島の人間達に示した。
島の人間達からすれば、自分達を支配していた神林王国の人間達の掃討戦を行った反王国軍が正義に見え、何の抵抗もなく反王国軍の統治を受け入れて行った。
元反王国軍の人間達は、どのような形で新統治機関を成立させるか悩んだ。つまり、どのような形で建国するか悩んだのである。
燗姫による支配は、元の四国の国境を破壊してしまった。各国の国王たちはすべて殺され、四国すべてが消滅してしまったと言っていい。
そうなれば、また島を分割する意味がない。つまり、島を一つの国として統治しなければならないのだ。
そこで悩んだのが、国名や国旗だ
神林王国の名前は論外だ。それに、他の元三国の名前を使う訳にもいかない。
反王国軍の者達は、四国すべての者達で構成されている。反燗姫の下で国を超えて集合した団体なのだ。
ここで、特定の国の名前を使えば、必ず波風が立つ。
それに、王政廃止の風潮は、燗姫の支配以前からすでに少しずつ広まっていた。こんな形は望ましくはないが、島が新制度で出発できる絶好の機会なのだ。ならば、国名や国旗も新しいものに変えた方がいい。
そこで目を付けたのが、島の中で広まりつつあった『赤い鳥信仰』だった。
赤い鳥は、燗姫の支配を破壊し、島を解放した者とされている。
ただ、赤い鳥の影に、神林王国の影がちらついてしまうのが少し問題だった。
しかし考えようによっては、神林王国のやり方を間違ってはいるが、古い体勢を破壊し、島を一つに統一したという功績もある。
燗姫は島を一つにまとめ、赤き鳥は支配を破壊した。
解放と団結の象徴として掲げるのに、赤き鳥はうってつけの存在と言えた。
長い議論の末、建国が宣言された。
国名は全く新しいものに、国旗には赤き鳥を中心に描いた物が採用された。
赤き鳥が、国の象徴として認められたのである。
赤き鳥の国旗採用について、多少の反発はあったものの、生活が苦しかったこともあり、それほど国民が荒れることはなかった。
新体制の下で、島は大いに発展した。
昔は国境で阻まれていた人や物の移動が自由になり、経済的な成長を遂げて行ったのである。
外交面でも成功し、世界貿易にも参入して、島は豊かになった。
だが、島が豊かになると、今更のように国旗の鳥に対して不満が噴出しはじめた。
『島を混沌の地獄に変えた……侵略の原因となった赤き鳥を、国旗として掲げるのは異常だ!』
その主張はすべての国民に受け止められた訳ではなく、これに反論する者も多く居た。
『赤き鳥はそもそも存在しなかった。実在しない鳥にそこまでの思いを抱くことこそ異常だ。自分の国の旗として、素直に愛すればいい』
これに赤き鳥の国旗採用に反対する者は反論する。
『神話は神話だ。しかし、歴史の事実は事実として受け止めなければならない。神林王国が侵略したのは歴史の事実。それを想起させる存在を国旗として掲げるのは恥だ』
また赤き鳥の国旗採用肯定派が反論する。
『赤き鳥は、神林王国の支配を徹底的に破壊した聖鳥である。その聖鳥を旗として掲げているのだから、恥じるどころか誇るべきだろう』
議論は白熱し、反対派肯定派の議論が幾重にも絡み合って複雑化して行った。
とはいっても、基本的には机を隔てて議論を交わすだけの平和的な争いだ。それによって戦争や暴動が起きることはない。
しかし、赤き鳥がもし実在したとしたら、自分の居ない所で勝手に善悪を語られるのをどう思うのだろうか?
それを知るすべを、人間達は持たなかった。




