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嫌われし鳥の生涯  作者: 鳥無し
18/21

第十八話『生涯』

 少年は槍で鳳郎を刺し続けた。

 何度鳳郎の傷が治るのを見ても、腕が痛くなり始めても、手が血で滲み始めても、ただひたすらに、それがまるで義務であるかのように……。

 しかしやがて力尽きた。槍を握り締めたまま後ろに倒れ込み、荒れた息を整える。


「はぁ……はぁ……」

「これで無駄だと分かっただろう? 君がここでできることはない」

「うるさいッ!」

 鳳郎の声に逆上し、少年は槍を投げつけた。それは檻に当たり、金属がぶつかり合う音が響いた。鳳郎はまだ少年が深い怒りに苦しんでいることを察し、口を噤む。


「はぁ……はぁ……うぅ」

 少年の呼吸に、嗚咽が混ざりはじめた。

「クソ……クソッ! ちくしょうッ!」

 少年はなぜ泣いているのだろう?

 鳳郎を殺すことができない不甲斐なさからか?

 死んだ家族のことを思い出しているからか?

 それとも、生きていることに絶望してしまったのだろうか? 

 鳳郎にそれが理解できるはずもない。ただ少年は苦しんでいる。それだけは理解できた。


「私の言葉で、君を傷つけてしまったかもしれない。すまなかった」

 鳳郎はぽつぽつと話しだした。少年は聞いているのか分からなかったが、今度は逆上することはなかった。

「君が勇気と優しさに満ち溢れた少年であるということは分かる。私がこの地下に閉じ込められてから、私を殺そうとやってきた人間はいなかったし、私にわずかでも同情する人間はいなかった」

 この少年は、深い悲しみの中に居る。以前の自分がそうだったように……。間違えて欲しくない、以前の自分のように……。


「君は生きるべきだ。君の父親は君を守り、君はこうして生きている。敵中に居てもなお生きている。これは奇跡だ。きっと君には、神が加護を与えているのだと思う」

 絶望の中で、鳳郎は女神に出会って生きながらえた。きっとあの時の私は、同情に値する存在だったのだろう。

 神の加護が、理不尽に苦しめられる存在に与えられるものだとするならば、きっとこの少年にも加護が付いている。


「君にはするべきことがあるはずだ。私を殺すことではない。もっと尊く、もっと大切な何かだ。君の父親は、人々を解放するために戦ったんだろう? 君にはその血が流れている。その若さで、敵に立ち向かう強い心を持っている。それは将来、多くの人々を救うはずだ」

 少年には生きて欲しい。この心優しい少年には……。

 出来ることなら、戦いに身を置くことはしないで欲しい。だがそれは無理だろう。ならばそれでもいい。

 昔の自分に重ねているのかもしれない。散々人を殺しておいて、今更何を言っているんだと思われるかもしれない。

 それでも……この少年には生きて欲しい。鳳郎はそう思った。


「門番が返ってくるかもしれない。だから……」

「黙れよッ!」

 少年は立ちあがって叫んだ。また槍を手に取るかと思ったが、槍は拾わなかった。

「なんなんだよお前はッ! あれだけ槍で刺されてもまだ僕の心配をするのかよ!」

「気に障ったのなら……」

「そうじゃないんだよッ! そうやって優しい声をかけられたら恨めないじゃないかッ!」

「え?」

 鳳郎は予想外な言葉に驚いた。少年の顔は相変わらず怒りに染まっているのに、そこには憎悪が感じられなかった。


「想像してたのと違いすぎるんだよ! 豪華な部屋は? 召使は? 目のくらむような宝石はどこにあるの!? そこの中心に堂々と座って、城の人間達を顎でこき使う。凶鳥って言うのはそういう生き物なんでしょ? 僕達の敵なんでしょ? それなのに何なんだよこの部屋はッ!」


 少年は腕を広げる。部屋を見渡し鳳郎に向かって叫ぶ。

「見るからにぜいたくな暮らしをしてそうなら恨みも湧くッ! でもこの部屋は埃まみれだ! 掃除もろくにされてない! 格安の宿屋だって……貧乏人だってこんなところに住んでない! 太陽の光が届かない! 空気は汚れて息苦しい! 一週間もここで暮らしたら病気になりそうなひどい部屋だ!」


 少年は鳳郎を指さす。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

「上から目線で、高笑いをしながら僕を嘲笑うなら怒りも湧く。口汚く罵って、お前はクズだ、俺は偉い、食い物にされる奴が悪いんだというようなら怒りをぶつける気になれるんだッ! それなのに……何で優しい言葉なんていうんだよ……。僕はお前に襲いかかったんだぞ……?」


 少年はとうとう膝をついた。膝をつき、両手を拳に変えて床を殴った。

「凶鳥だというなら、最後まで凶鳥のままでいろよッ! 同情の余地なんて残すなッ! 悪だと思っていた存在が善だったら、僕達は何処に拳を振りおろしたらいいッ!? それじゃあ本気で恨めない……恨んでる僕達が馬鹿みたいじゃないか! 結局僕は……復讐する相手を間違えて……うぅ、えっく……うわぁああああああああん!」


 少年はやはり優しい少年だった。悲しみと恨みの感情に押しつぶられそうになりながらも、盲目になることなく、鳳郎は恨みをぶつける相手ではないと理解した。

 それがどれだけ難しいことかということを、鳳郎は知っている。

「………」

 鳳郎は胸が痛かった。少年の言ったことは図星だったかもしれない。

 生きて欲しい? あれだけのことをしておいて、これだけの事態を引き起こしておいて何を言うのか。

 鳳郎には、少年に生きて欲しいなどという資格はない。怒りをぶつけるはけ口として、凶鳥を演じてやることすらしなかった。

 罪は明らかだというのに、鳳郎は今もそれから逃げ続けている。抵抗すら……戦うことすらせず、燗姫に自分の血を与えている。これが逃げでなくて何か?


「結局私は、達観(たっかん)した気になっていただけだったのか……」

 少年の涙を見てそれに思い至り、鳳郎は深く恥じ入って、今度こそ何も言えなくなった。


   *    *    *


 少年は少し泣いた後立ちあがった。その顔にはわずかな笑顔が浮かんでいた。

 少年はふらふらと檻に近づいてくる。そして、檻のすぐ目の前までやってきた。

 一体何をするつもりなのかと思い、鳳郎はその少年の顔を見上げる。

「お前をここから出す」

「……えッ!」

 鳳郎は少年の言葉に驚いた。

「考えてみたら、お前が燗姫に自ら協力しているんじゃないなら、ここからお前を解放すれば全部解決するんだ。時間はかかっても、不死の血はいずれなくなる。そうすれば、僕達は一気に反撃することができるはずなんだ」

 確かにその通りだ。少年の父親たちが一番困っていたのは、凶鳥をどう処理するかだろう。

 凶鳥は不死のはず。それも、切り続ければいつか死ぬなんて言う不完全な不死じゃない。どれだけ手を尽くしても殺すことのできない完全な不死だ。鳥を追い詰めたところでどうにもならない。

 しかし、凶鳥が捕まっていると分かっていたなら、いくらでも作戦を考えられたはずだ。逃がせばいいだけなのだから。


「確かに私をここから出せればすべて解決するが……」

「でしょ? この鍵を外せばいいんだよね?」

 少年はそう言って錠前に手を伸ばす。

「待てッ! 触るな!」

「え?」

 少年は鳳郎が突然大声を出したことを不思議に思い、キョトンとした。鍵を触ったまま。


「……触れた?」

 気が抜けたのは鳳郎も同じだ。前に桔梗がカギに触った時は、桔梗の腕を弾き飛ばしたはずじゃないか。その桔梗の手はやけどを負っていた。なぜ少年が触っても何も起きない?

「そう言えば……」


『……この檻は強い力を放っている。特に、私のような妖怪を払う力が強く練り込まれている。触ればこのように吹き飛ばされてしまう……』

 桔梗はこう言っていた。この檻と鍵は、妖怪の(たぐい)を封じ込めておくためのもの。だから人間である少年が触れても何も起きないのだ。

 しかし……。


「結構簡単な作りをしてるのに開かないな……この! クソ!」

 少年は何処からか取り出した針金を使って開錠(かいじょう)をこころみる。しかし開かない。開くはずがないのだ。

 例えこの少年が鍵を開けることに()けていたとしても、これは普通の鍵ではない。強い念のこもった魔の鍵だ。これを作った者にさえ、今となっては開けられるかあやしい。


「無駄だ。そんな物で開けられるものなら、とっくの昔に開けていた。いいから君は、ここから逃げ……」

「また『無駄』か」

 少年は少しうんざりしたように言った。そして不敵に笑い、鳳郎を見おろす。

「お前が開けられなかっただけでしょう? 僕は負けず嫌いなんだ。この鍵だけは絶対に開けて見せるよ」

 少年はそう言い放って作業を再開しようとする。しかし、何かを思い出したように手を止めて、鳳郎に声をかけた。


「そうだ、お前の意思を聞いてなかった」

「私の……意志?」

 少年は何を言い出すのだろう? 鳳郎にはこの少年の言っている意味が分からなかった。

「お前はここから出たいの? 出たくないの?」

「え……?」

「思い返せば、僕はお前がここから出たいと言っているのを聞いた覚えがない。出ようとしている気配もない。僕がせっかく扉を開けても、俺は出たくないなんて言われたら意味がない」

 鳳郎は動悸が早くなるのを感じた。


 出る? ここから? 出してくれるというのか?

 出たいかだって? そんなの出たいに決まってる! こんな場所に居るのは嫌だ……。

 でもどうせ無理に決まっている。今までだって無理だった。

 女神にすがった。だが断られた。

 桔梗にすがった。でもダメだった。

 これだけの存在にすがっても無理だったんだ。ここからは出られない。この檻に入っていることが自分への罰……。

 でも少年は手を差し伸べてくれている。出してくれると言っているんだ。

 無理無理ッ! こんな小さな少年に開けられるはずがない。開ける方法なんて一つもないんだ。開けられるものかッ!

 ……あれ? おかしいぞ?

 何で開けられる、開けられないの話になっているんだ? 少年の質問に答えてない。少年はそんなこと聞いてない。

 少年が聞いているのは……。


「お前はここから出たいのか? 正直に言っていいんだよ?」

「……たい」

 鳳郎は微かな声で呟いた。少年はそれに首を縦に振らなかった。聞こえなかったわけじゃない。もっとはっきり言って欲しかったのだ。だから今もこうして、真剣な顔をして鳳郎を見つめている。

 だから鳳郎は、今度は叫ぶように答えてやった。


「ここから出たいッ! もう嫌だ! こんなところで……こんな埃や塵まみれの場所に閉じ込められているのは嫌だッ! 外の空気が吸いたい! 太陽の光を背に、思いっきり空を飛びたい! 川の水で喉をうるおし、海の音や風の音を聞きながら眠りたいッ!」

 鳳郎はその場にうつぶせに倒れた。そして檻の中を涙で濡らす。

「こんな苦しいのは……もう嫌だ……」

 鳳郎は苦しんだ。苦しむことによって罪が消えることはない。しかし、贖罪はしたはずだ。

 もはやここに居たところで、鳳郎にとっても、他の存在にとっても益はない。外に出ることを願って悪いはずがない。


 少年は鳳郎の最後のひところまで聞き終わってからにっこりとほほ笑んだ。

「よし! お前をここから出してやる! 待ってて……」

 少年は鍵をガチャガチャといじる。しかしびくともしない。鉄がこすれる音に、鍵が外れる音が混ざることはない。

「針金じゃ外せないか……なら!」

 少年は針金を捨てて、槍を拾った。そして大きく振りかざし、力強く鍵に振り下ろす。

 大きな嫌な音が部屋中に広がる。恐らく部屋の外にも届いているだろう。それくらい大きな音だった。だがやはり、鍵が壊れる様子はない。

 だが少年は諦めず、何度も槍を鍵にぶつけ続ける。


「や、やめろ! そんなに音をたてたら部屋の外にまで聞こえるぞッ!」

 鳳郎は慌てて少年を止めようとする。しかし少年はやめない。

「誰もいないんだよ? 聞いてる人間がいないのになぜ気にする必要があるの? それに、僕は負けず嫌いだって言ったでしょ?」

 少年はそう言って作業を続ける。鳳郎は、少年がやめる気がないと知って、仕方なく鍵を見つめた。

 大きく揺れる錠前。しかし壊れる気配はない。この程度では傷も付かないのではないだろうか?


 途中、少年が作業を続けながら声をかけてきた。

「ねえ、お前名前はあるの? 教えてよ。僕の名前は……」

 言いかけて、少年は驚いたように扉の方を振り返った。表情は焦ったように曇り、汗をかいている。

「どうかしたのか?」

「たぶん……門番が帰ってきた」

「な、何だとッ!」

 鳳郎も扉を見て耳をすませる。するとかすかだが、人の足音が聞こえてきた。その音はだんだん大きくなっている……。


「急がなきゃッ!」

 少年はそう言って今まで以上に激しく槍を鍵に撃ちつける。当然、音はさらに大きくなってしまう。

「馬鹿ッ! 逃げろ! 捕まったらどうなると思ってるッ!?」

「ここから出口までは一本道。逃げ道って言ったって、ここの地理はあっちの方が詳しいんだ。逃げられるわけがないよ」

 少年の顔がちらりと見えた。焦ってはいない。

「諦めるなッ! 負けず嫌いはどうした! 逃げるのが無理なら隠れろ!」

「隠れる? 何処にも僕の体を隠してくれるものなんてない。それに諦めるわけじゃない。僕は最後までこの鍵を開けることを諦めない」

 少年の顔は真剣だった。汗を流し、槍を持った手からは血が流れている。この瞬間も、鍵を壊すことをあきらめていない。


「私はいいッ! 何十年もここに居たんだ! 今更出られなくても関係ない! だが君はそうはいかないだろうッ? 君には何十年かの未来があるッ!」

 少年は、フッと笑った。

「ねえ、僕は赤き凶鳥と刺し違えるくらいのつもりでここに来たんだよ? 最初から死ぬつもりだったと言ってもいい。その先のことなんて何も考えてないし、僕には見えない。僕の未来は真っ暗に覆い隠されている。闇の中で手を伸ばしてもなにも掴むことなんてできないんだ」

 少年は手を止めて、鳳郎に笑いかけた。

「帰ることなんて……考えていたと思う?」


 その瞬間。部屋のドアが荒々しく開かれた。

「お前……何処から入り込みやがったクソガキッ!」

 門番が二人入ってくる。

 少年はその門番から逃げようとはしなかった。門番が入ってくると、再び鍵に向かって槍を振りおろし始めたのだ。その槍を門番に向けようともしない。

「鍵を壊すつもりか! させねぇッ!」

 門番が二人がかりで少年をとらえようとする。若干の抵抗をしたものの、少年はあっけなく捕まってしまった。


「やめろッ! その少年を離せッ!」

 鳳郎が門番達に向かって荒々しく叫ぶ。

 数十年声を荒げることなんてなかった。久しぶりにあげた怒号は、鳳郎の喉を裂き、痛みを走らせた。


「見ろよ。鳥がおしゃべりしてるぜ? あんなにでかい声が出せたんだなぁ」

「鳥なんざどうでもいいだろうが! 問題はこのクソガキだ」

「こいつ! 離せ!」

 少年は門番の腕に掴まれたまま暴れた。門番は少年を舐め切っているのか、槍を取りあげようともしない。

 少年の持った槍が、門番の頬をかすった。わずかに血がこぼれた後、その傷はすぐに塞がってしまう。

「お前達……やっぱりお前達も不死なんだな!」

 少年が怒りの表情を門番達に向ける。

 不死は少年にとっては(かたき)のようなものだ。怒りを覚えて当然のこと。


「ああそうだぜ? 羨ましいだろ?」

「羨ましいもんか! 反吐が出る」

 少年はそう言って再び暴れる。しかし大人と子供だ。少年は完全に抑え込まれてしまっている。


「で、このガキをどうするかだが……」

「今すぐその少年を解放しろッ! そうしなければお前達を焼き殺してやるッ!」

 鳳郎が檻の中からそう叫ぶ。門番はその脅しを鼻で笑う。

「はん! そこから出られもしないくせに良く言うぜ。ガキ一人がそんなに大切かよ?」

「鳥には構うなって! それでどうするんだよ? 上につきだすのか?」

 少年と鳳郎は、暴れながら声をあげている。しかし門番達は、それを無視して話を続ける。これは、門番達にとってはまずい事態だ。


「確か前の門番は、侵入者をここまで入れちまって首になったんだろ? 処刑されたって噂まである。だったらこのガキを突き出すのはまずいだろ……」

「真面目に警備してた途中で捕まえたんならともかく、サボってる間に入りこまれちまったんだからな……。ガキも余計なことを言うに決まってる」

 門番達は目を合わせて頷きあった。この少年をどう処理するか、二人とも合意したらしい。


「「殺そう」」

 二人の声が綺麗にそろった。その声は鳳郎や少年の暴れる音をはねのけて、部屋中に響いたように感じられた。

 鳳郎はより一層暴れた。しかし、檻から出ることなどできない。

「よし、じゃあ死んでもらおうか。血が飛び散ってたって、鳥の血に混ざって分からねえ……」

 門番は腰に携えていた短剣に手を伸ばした。


「赤い鳥ッ!」

 一瞬の隙。門番の拘束が腕一本になり、力が弱くなったところを見計らって、少年は一瞬拘束から逃れた。

 そして、槍を持っている腕を振りかぶって、鳳郎の檻に向かって投げた。その槍はまっすぐに飛んで行き……。


 ガチャンッ! カランカラン……カラン……。


 鍵に命中し、鍵は壊れた。


「鍵が壊れた……? なぜ?」

 鳳郎は、開いた檻の扉を見てそう呟いた。

 この檻には何重にも呪術が施されているんじゃなかったのか? 神をも封じ込める強力な呪術が。それがなぜ、非力な少年が投げた槍が命中したくらいで壊れるのだろう?


 この少年は、鳳郎を縛っているものの、『象徴』のような存在と言える。

 この島に住み、燗姫の圧政に苦しんでいる。ろくに食べるものもない。毎日、苦しめられている。

『圧政に苦しむ国民』


 父親は、反王国軍の一人だ。少年自身も、その会議に参加したことがある。

『国への反抗者』


 しかし少年自身は何もできない。敵を倒すことも、知恵も出すことも不可能だ。実際は守られるべき存在なのだ。

『弱者』


 父親は、国に殺された。その恨みは深く、少年を一人で城の中に入りこませるほどに膨らんでいる。

『憎悪』


 少年はまだ若い。国が荒れていなければ、その可能性は大きく、何処までも広がって行くはずだった。少年は本来守るべき国の宝だ。

『未来』


 その少年が許した(・・・)

 この少年に檻を開ける資格がないというなら、他の誰にある?

 死の間際にあってもなお、少年は鳳郎を解放することにこだわった。檻を開けることにこだわり、槍を投げた。

 その槍は、鳳郎を解放する……鳳郎を縛りつけている枷を開ける鍵となり、錠前を破壊した。

 鳳郎の罪は、今許されたのだ。


「少年ッ!」

 鳳郎は、扉が開いたと分かると、急いで飛び出した。そして止まった。


「ガキは死んだぜ」

 門番の言葉。少年の胸には、門番の持っていた短剣が突き刺さり、心臓を貫いて反対側まで貫通していた。

 誰がどう見ても、少年は絶命していた。


 ああまったく、生き物というのは簡単に死んでしまう。

 どんな強者も、どんな弱者も関係ない。

 どんなに善良な者でも、どんな不良な者でも、死からは逃れられない。

 心臓を貫くだけで、頭を砕くだけで、首を落とすだけで命を落とす。

 食事を断つだけで、呼吸を止めるだけで、不衛生な場所に閉じこもるだけでも死んでしまう。

 それは生まれた者としての運命(さだめ)。誰もが逃れることのできない絶対の宿命。

 突然命を奪われる者達のなんと多いこと。自然死で命を失う者達のなんと少ないこと。

 老衰による死であっても、突然かつ理不尽な死であることに変わりはない。

 ならばせめて、死期くらいは自ら選びたいと願うことの、一体どこが悪だと言えるのか?


 ともかく、今この瞬間、少年の短い生涯はその幕を閉じたのだ。

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