第一話『孤独』
ある場所に、一羽の雄鳥が居た。
その鳥はどこか疲れ果てた表情をしながら、湖の水を飲んでいる。
すると近くの茂みで、ガサガサと草が揺れる音が聞こえてきた。その鳥は、天敵が来たのだろうかと、一瞬緊張してその方向を見る。
その音の正体は天敵ではなく、その鳥とは別の種類の鳥達だった。しかし鳥にとって、歓迎すべき客ではないことには違いなかった。
「見ろ、あの鳥が湖で水を飲んでいるぞ。なんと気味が悪いことだろう」
「まったくだ。あの真っ赤な羽は、無差別に動物を殺して付いた血の色に違いない。その証拠に、ここまで血の臭いが漂ってくる」
「その上、無駄に体が大きいから恐ろしい! 翼を広げればまるで鷲の様に巨大で、鋭い嘴と、鋭い爪をギラつかせながら飛ぶ姿は、まるで悪魔の使いのようではないか」
こそこそと……しかしはっきりとした口調で、鳥達はその鳥のことを罵倒する。鳥達の表情から、心の底から嫌悪しているというよりは、その鳥をイジメて楽しんでいる雰囲気が感じられた。
罵倒された鳥は、特に何も言い返すこともせず、その場から飛び立った。
その鳥は、決して不気味ではない。むしろ、全身の赤色の羽は、太陽の光を反射して鮮やかに輝いている。四本の独特の形をした尾羽は、風にたなびいて美しいし、頭から生えた長い冠羽も、鳥が羽ばたくたびに揺れて目を引く。
翼を広げれば、全長は一メートルほどになる。見る者によっては、言葉を失うほど美しくその姿は映るだろう。
そのような称賛されるべき姿を持っておりながら、他の鳥達からの罵声と嫌がらせに対して、その鳥は疲れ果てていた。
鳥の体は大きく、嘴や爪も、強力な武器となるだろう。一羽一羽では、この鳥にかなうものはそうは居ないはずだ。本来ならば、他の鳥達はその姿に恐れおののき、平伏することはあっても、迫害するはずなどない。
ではなぜこの鳥は、このような扱いを受けているのだろうか? それはその鳥は仲間がいないからだ。
鳥が物心のついた時、身体の大きさに不釣り合いな小さな巣の中に居た。
親鳥の顔は覚えていない。ただせっせと餌を運んでくるだけの、簡素な愛情しか受けられなかった。少なくとも、自分とはまったく違う姿をしていたような気がする。身体の大きさが全く違ったし、羽の色ももっと地味だったと思う。
ある日、自分で餌を取るために巣から飛び立ち、獲物を一匹捕まえて意気揚々と巣に帰ったら、親鳥の姿はすでになかった。親鳥とはそれっきりだ。
鳥は感謝すべきなのだろうか? 生きていくだけの力がつくまで育ててもらえたことに……。
鳥は恨むべきなのだろうか? いっそ殺してもらえなかったことに……。
鳥が巣立ってから最初にしたことは、仲間探しだ。親鳥とすら、薄い関係しか持たなかったその鳥は、愛に飢えていた。自分と同じ仲間を求めて、あたりを飛び回った。
しかし見つからない。何処を探しても、自分と瓜二つの鳥はおろか、赤い翼を持った鳥や、自分と同じくらい大きな鳥を探すのにすら苦労した。
一部分が似たような鳥を見つけても、『お前とは違うッ! お前とは一緒にするなッ!』と仲間外れにされ、軽蔑のまなざしを向けられた。
結局、鳥の仲間は見つからなかった。鳥が罵倒されるのは、不気味だからとか、恐ろしいからとかではない。ただ、仲間を持たないから嫌われるのだ。
仲間さえいれば、他の鳥の罵倒に黙ってはいない。いくらでも言い返すし、必要があれば報復もする。しかし、仲間を持たない今の鳥がそれをしたところで、数の力によって、無様に傷つくだけだ。だから、鳥は必死に耐えている。
一年ほどそうして耐えて過ごした。しかし、鳥は決意した。もう一度仲間を探そうと。
今まで鳥は、自分の生まれ故郷の近くばかりを探していた。それは当然だろう。自分が生まれたのはこの場所なのだから、この近くに仲間が居ると考えるのが自然だ。だが、このあたりに仲間はいなかった。なら、仲間達は大きく移動するのかもしれない。
鳥の住んでいる地は、半径三百kmほどの巨大な円島だ。東西南北それぞれに人間の王国が一つずつある。この四国をくまなく探せば、仲間が見つかるかもしれない。
鳥が今居るのは、北の国だ。東、南、西と探していけば、きっと見つかる。
「大丈夫さ。もし仲間が見つからなかったとしても、私を受け入れてくれる土地はきっとある。私が今まで不幸だったのは、ひとえにこの土地が陰湿な場所だっただけなのだ。他の国に行けば、きっとそんなことはあるまい」
鳥は自分にそう言い聞かせて、他の国に向かって旅立った。
しかし、結局扱いは変わらなかった。
鳥が飛ぶ姿はひどく目立ち、鋭い嘴や爪は、凶悪な刃物を連想させた。見たこともない様な深い赤色の羽根は、やはり見る者に恐怖を駆り立てた。
「子供を隠せ! 悪魔が子供を狩りに来たッ!」
「追い返せ! 追い返せ!」
「なんと醜悪な鳥だろう。見た瞬間に目を背けたくなる姿というのは、なかなかない」
結局今までと同じ……いや、今まで以上の迫害を受けることとなってしまった。
たどり着くだけでも苦労しなければならない様な秘境にも行ってみた。こんな厳しい場所に住む鳥はそんなに居ない。だから当然住む鳥は個体数が少ない。故に、孤独という点では嫌われた鳥と同じはずだ。しかし……。
「なんだお前は、恥も知らずに訪ねてきて、一緒に暮らしたいだと? ここはお前のような、汚れた存在が居ていい場所ではない! 早々に立ち去れッ!」
誰も住んでいないような場所に居るということは、排他的な意識が強くなる。特別な場所に住んでいる自分達を特別視し、余所者は誰であろうと拒絶するのだ。
鳥は四国すべてを回り終わった。しかし、やっぱり自分の仲間達は一羽も見つけることは出来なかった。
完全に打ちのめされ、生きる希望を失いかけた鳥は、天空に向かって叫んだ。
「ああ、神よ! この世に私より孤独な者はいませんッ! どんな生き物であっても、必ず仲間が居ます! ただ一匹で生きていける生物ですら、世界のどこかには必ず同じ仲間が居るのです! ですが、私はどうですか? この島をくまなく探しましたが、私の仲間はおろか、私を受け入れてくれる地すら見つかりませんでしたッ! 私はこれからどうすればいいのでしょうか!?」
それは孤独な鳥の嘆き。自分ばかりが苦しんでいる不正に対する神への不満。
その時鳥は、神の声が聞こえた気がした。
『ならば死ね』
実に明快な回答だった。声は続ける。
『生きることがただただ苦痛で、お前が今後何も得られることが無いというなら、それはもはや生きているとは言えない。心臓が動くたび、息をするたびに生きる時間が増え、それは拷問となってお前を襲う。逃れたいと思うなら今すぐ死ね。それでお前の苦痛は終わる』
鳥は視線を空から地面に落した。
乾ききった地面が見える。真っすぐ落ちれば間違いなく死ねるだろう。
「………」
鳥は羽ばたくのをやめた。当然鳥の体は降下する。まっすぐと……徐々に加速しながら……。
「……ひッ!」
鳥は落ちる途中で羽ばたいた。加速する体、迫る地面、その恐怖に耐えきれず、鳥は羽ばたいてゆっくりと地面に降り立った。
「臆病者めッ!」
鳥の口から、自然とその叫びが漏れた。
「私は臆病者だ! 死ぬのが怖い! 死後の世界が怖いわけではない。死が怖いのだ! どのような方法であったとしても、私はそれを恐れて尻込みをするだろう! それ以外に救われる方法が無いと知りながら、それを拒絶する。いくら差別され、穢され、名誉を失っても、浅ましくただただ生きることに執着する! 死が恐ろしいばかりに! なんと憐れなのだ……なんと、なんと醜いのだッ!」
鳥はひざまずいて泣く。周りをはばからずに、大声をあげながら泣く。幸い、その泣き声を聞く者は誰もいなかった。
しばらく泣いた後、潮の匂いと、ひんやりとした風が鳥を撫でた。
鳥が顔をあげると、そこには大海が広がっていた。
ファンタジーのつもりで書いていきます。
更新は週に一回程度の頻度にするつもりです。
暗い話になると思いますが、これからよろしくお願いします。




