追い剥ぎ追い
私の父が子供の頃の話。
父が子供の頃住んでいたところは駅から遠く、バスも来ない様な小さな村で、駅と村の間には雑木林と荒れ地が広がっていた。
昔の事でもあり、村までの道には街灯も無く、日が暮れればあたりは真っ暗になり、そのため雑木林の中には時々よからぬ者……道をやって来る人を襲って金品を奪う、昔の言葉で言えば“追い剥ぎ”が潜んでいる時があった。
ある日の夜、父と同じ村に住んでいた松田さんという当時30代の既婚女性が、予定していた列車に乗り遅れて帰りがすっかり遅くなり、その雑木林の中を一人で通りかかった。
雑木林では二人組の追い剥ぎが待ち伏せており、暗がりの中をやって来る女性の姿に、格好の獲物とばかりに襲いかかった。
松田さんは悲鳴をあげて逃げ出し、雑木林の中を逃げ回った。そして何をどう考えたのか、追い剥ぎの手から逃れるために林の木によじ登った。
追い剥ぎ二人は木に登ってゆく松田さんに飛びつき、引きずり降ろそうとした。
二人のうちの一人が松田さんの胴に取り付き、力まかせに引っ張ると松田さんは更に大きな悲鳴をあげて抵抗したが、追い剥ぎは手を放さず松田さんにぶら下がる様にして、引き落とそうとしている松田さんを見上げた。
松田さんは必死に逃れ様としながら、自分に取り付いている追い剥ぎを肩越しに振り向いて見ていた。
いや、肩越し、と言うべきか。
松田さんの首は人間では有り得ない角度に、調度真後ろを向いて追い剥ぎを睨みつけていた。
そしてその顔は。
いつの間にか松田さんの顔ではなくなり、やはり人間では有り得ない、獣の様な大きな牙を剥いて
〈グワッ!〉
と今にも咬みつかんばかりの唸り声をあげた。
今度は追い剥ぎが悲鳴をあげて地べたに転げ落ち、尻餅をついた。
するとその追い剥ぎめがけて、牙をむいた頭部が唸り声をあげて飛んで来た。追い剥ぎ二人はわめき声をあげて逃げ出した。
その二人を、松田さんの頭部ではなくなった、恐ろしい形相の頭だけのものがガウガウと吠えたてながら、毬の様に大きく跳ねながら、追い剥ぎたちを追いかけた。
暗い雑木林の中を延々と。
追い剥ぎ二人はまさしく死に物狂いで駅まで逃げ込んで来ると、正気を失った目で、化け物が出た、ずっと追いかけて来た、喰い殺されそうになった、首だけの化け物だ何だとわけのわからない事を騒ぎたて、不審に思った駅員から駐在所の警官に連絡がゆき、後に事の次第が判明した。
しかし、追い剥ぎたちが化け物だったと言う松田さんは“もののけ”などではなく、帰りが遅い事を心配した家人が駅まで迎えに出た途中、雑木林の中で倒れているところを発見された。
松田さんは追剥ぎに出くわしたあたりまでは覚えているが、後の記憶は全くなかったという。
父によれば、この話は当時の地方紙に載ったそうである。




