濡れ衣
かっ、とランプの強すぎる光を向けられ、思わず顔を背けた。
が、机を挟んだ向こう側にいる男はこちらの頭を鷲掴みにして、強引に顔をランプに向けさせる。
「か、勘弁してくださいよ刑事さん! 私が何やったっていうんですか」
「あぁ? うるせぇよ! お前がやったんだよ! やったって認めろオラぁ!」
ばん、と刑事の平手が机の天板を叩く。
派手な音が狭い取調室に響いて、耳がキーンと耳鳴りを起こす。
「落ち着きなさい戌井くん、今日びそういう取り調べはだめだって上からも言われてるでしょう」
「甘いんっすよ熊川さんは! こういうフザけた奴ぁシメて吐かせりゃ良いんっすよ!」
「わ、私は何も、何もしてません……本当です」
「違うだろが! お前がやったんだよ!」
再びばん、と平手が机の天板を叩いた。
頭を掴んでいる戌井とかいう刑事のてに力が込められた。頭蓋がみしみしと悲鳴を上げるのが、頭の中から聞こえてくるようだ。
「なぁお前だろ? ネタは上がってんだよ。10日前の夜23時ごろ、猿渡氏の畑から作物を盗んだ上住居不法侵入、おまけに天井裏に潜んでの器物損壊。お前がやったってのはもう分かってんだよ! 目撃証言だってあるんだよ! お前を見たっていう証言がなぁ!」
「そんなはずありません! だってその、10日前の夜って、私は自分の家にいたんですから!」
「戌井くん、代わりましょうか。取り調べというのは怒鳴れば良いというものではないんですよ」
年若い、人相の悪い戌井とか言う刑事に代わり、熊川と呼ばれた男が正面に腰掛けた。
この男はベテランらしく、物腰も穏やかで恰幅の良い、人当たりの良さそうな人相の男である。
「すみませんね、田貫さん。彼はちょっと性格がコレで、誰彼構わず噛みついてしまうもので」
「熊川さん! 俺ぁ単純にこいつを——」
「戌井くん、今は私が話をしています。あなたはしばらく黙っていてください」
熊川という男の言葉は穏やかで優しかった。
が、その言葉に含まれる『圧力』は、どこか抗いがたいものがある。
「さて田貫さん、一度状況を整理しましょう。我々警察は、あなたが10日前の23時頃、奥多摩で猿渡さんの畑で育てていたスイカを盗み食いした後、猿渡さんのご自宅に忍び込み、天井裏で小便——いや、粗相をして器物を損壊した、という疑いを持っています。この話には目撃証言もあり、確かに田貫さん、あなたを見たという目撃証言も寄せられているんです」
「で、ですから誤解です! 私じゃありません! そもそも私の家は町田ですよ? 奥多摩までわざわざスイカを盗み食いしに行くっていうんですか!?」
「そう、そこが我々も不思議なんですよ。あなたには動機が見当たらない。ただ——あなたには確か、八王子にお付き合いされている方がいらっしゃいますね? 中国の方でしたか。白美真さん、でしたか?」
「び、ビシンちゃん……あの、は、はい、その彼女は行きつけのスナックの子で、大学に通いながらその、学費のために夜の仕事をって——」
「可愛い方ですよねぇ? 鼻筋がこう、しゅっと通ってて。実はね田貫さん、あなたを奥多摩で見た、という目撃証言は、この白美真さんの証言なんですよ」
「な——」
思わず身体が硬直してしまった。
あまりのショックに動けない。体中の関節も、思考も、全て固まってしまう。
「大丈夫ですか? 田貫さん?」
「は——あっ……あ、あの、わ、私は本当に、その日はずっと家にいて……確かに一人でしたけど」
「そうですよねぇ。あなたは10日前、お店には行かなかった。それは白さんが休みの日だって知ってたから、ですよね?」
「え、えぇまぁ……オフの日は、一応把握はしてますが……」
「だからこそ、10日前の23時頃、あなたのアリバイを証明する人は誰もいない。そうですよね? それにあなた、白さんにわざわざ『奥多摩へ行ってくる』と、お店の常連さんに伝言まで頼んだそうじゃないですか」
「い、言ってません! 伝言なんて、そんな事誰にも頼んでません!」
顔から血の気が引いた。
「あなたは10日前の23時、猿渡さんのご自宅の畑で窃盗を働いた上で家屋への侵入、器物損壊の上で騒音問題を起こした。これは、畑の作物を仲の良い白美真さんに届けるためだった」
行きつけのスナックで、慣れない夜の仕事をを懸命に頑張る苦学生の白美真は、素朴な雰囲気の娘だった。
まだ日本語はカタコトだが、私も彼女と話すために中国語を勉強してきた。
それぞれカタコトの日本語と、拙い中国語で笑いながら色々話をしてきたじゃないか。
中国が不景気で、親からの仕送りも途絶えて生活が苦しいと言っていたときには、数万円ではあるけれど援助もしている。
それなのに、なぜそんな、私を陥れるようなことを?
「——と、ここまでが、つい先程までの私の推理なんですが」
熊川、という男は懐から一枚の写真を取り出し、机の上に差し出した。
「この男に見覚えは?」
「こ、これは——」
見覚えはある。
筋肉質で頑健な体つき。
背格好は私と似ているし、後ろ姿が似ていると言われたこともある。
何度もスナックで見かけた事がある。
やたら酒癖の悪い店の常連客、穴熊だ。
「し、知ってます! この男なら店で、美真ちゃんの店でもう何度も見ました!」
「そうでしたか。実はこの男——穴熊という男なんですが……白さんをストーカーしているという通報が、白さんご自身からありましてね。店の、スナック『FOX』のママにも聞いてみたんですが、店の女性従業員へのセクハラとつきまといが酷いようです。田貫さん、率直に聞きますが——」
熊川刑事は、のそ、と身を乗り出してくる。
「田貫さん、あなた穴熊さんに恨まれる覚えは、ありませんか?」
覚えならある。
美真ちゃんを毎回指名する私を睨みつけてきたり、酒を飲んでしょっちゅう絡んできたりするのはいつもこの男だ。
「私は今こう考えているんですよ。スナック『FOX』の従業員、白美真さんと田貫さん、あなたは非常に仲が良い。そこに嫉妬したこの男、穴熊さんがあなたからの伝言と称して『奥多摩へ行く』と伝える。オフだった白さんは心配になって奥多摩へ見に行って、そこで目撃する。猿渡さんの畑を荒らしている、穴熊さんをね?」
「く、熊川さん! それマジっすか!?」
戌井という若い刑事が思わず立ち上がる。
「穴熊ってやつに事情聞いてきます!」
「そうですね、お願いします。出来れば任意同行で。白さんは、『田貫さんはそんなことする人じゃない』と、ずっとそう言っておられました。さて田貫さん、今日はお帰りいただいて結構ですよ。また後日、事情を伺うかもしれませんがね」
取調室を出て、警察署の入口へ歩み出ると、そこには鼻筋の通った美真が立っていた。
「タヌキさん! ゴメンなさい、ワタシ、こんなことにナルて思て無かた……」
警察署の外には、FOXのママが車を停めて待っていた。
「災難だったね、田貫さん。今日は私の奢りで飲み放題よ。お店、寄ってって」
私はママの車に乗り込むと、後部座席で美真ちゃんの細い手をぎゅっと握る。
今日は美味い酒が飲めそうだ。
タヌキ可愛いですよね(`・(エ)・´)b




