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勇者様、資金は湧いて出ません 〜民を救いたい勇者と帳簿係の二人旅〜

作者: 御門
掲載日:2026/05/20

「もういい! 黙れ! お前のそういう所が私は好かんのだ!」


そう言い放ち、彼女は屋敷を出て行った。


いや。


勇者様は、屋敷を後にされた。


「……はぁ」


私は息を吐いた。


私の名はセドリック。

下級貴族、男爵家の次男である。


国王陛下より拝命した正式な役職名は、勇者一行財務補佐官。


簡単に言えば、帳簿係だ。


勇者様は、私を名で呼ばない。


「帳簿」

「金の亡者」

「お前」


おおむね、この三つで事足りるらしい。


実に分かりやすい。


少なくとも、必要な時だけは必ず探される。


主に金が足りない時。

そして、勇者様が民を救うために、私の胃を犠牲にしようとする時。


「どうしたのだ?」


しまった。


誰もいないと思っていた。

油断した。


私は即座に背筋を伸ばし、微笑みを作った。


「これは伯爵様。お見苦しいところをお見せしました」


「構わぬ。勇者様の叫び声が、廊下の端まで聞こえてきたのでな」


内心で舌打ちをする。


聞こえていたなら、最初からそう言えばいいものを。


「少々、話の行き違いがございました」


「ただ事ではあるまい。申してみよ」


伯爵様は、そう言って私を見た。


高位貴族の命令とあれば、致し方ない。


それに、この方にも大いに関係がある。


「実は、明日この町を出立する予定でございました」


「うむ。魔王軍の残党を追うのだろう?」


「はい。しかし勇者様は、今夜、この町の方々と宴を開きたいと仰せになりました」


「宴?」


伯爵様の顔が、わずかに明るくなった。


「よいことではないか。此度の襲撃で、我が領民は多くの家族や友を失った。勇者様との宴となれば、せめて慰めにはなるであろう」


「ええ。まことに」


私は、わざと大きく息を吐いた。


「では、その費用はどこから出しましょうか」


伯爵様の顔が止まった。


おや。

領主としてのお顔に戻られましたな。


大変よろしいことです。


「そ、それは……我が領地としても、できる限りのことはしたい。したいのだが、町の外壁は崩れ、倉は焼け、復興費も必要でな」


「左様でございます」


「勇者様のお気持ちはありがたい。ありがたいが、今は少々……」


「左様でございましょう」


「その、勇者様には、よしなに……」


「承知いたしました」


伯爵様は急に所用を思い出されたようで、そそくさと廊下の向こうへ消えていった。


まったく。


どなたも金が地面から湧いてくるとでも思っておられるのか。


湧くなら、私が真っ先に井戸を掘っている。


そうなれば帳簿係など辞めて、温泉宿でも始める。


もっとも、私から湧くのは金ではなく胃液ばかりだが。


――少し前。


「構わないではないか」


勇者様はそう言った。


金色の髪を乱し、青い瞳を怒りで潤ませながら。


彼女の名はレオナ。


隣領を治める子爵家の令嬢であり、今代の勇者である。


幼い頃は、その名を何度も呼んだ。


レオナ。

レオナ様。

レオナ嬢。


その時々の機嫌と場面に合わせて、呼び方を変えた。


だが今は違う。


彼女は勇者だ。

私は勇者一行財務補佐官。


立場がある。

責任がある。

ついでに、帳簿もある。


それを理解していないのは、勇者様だけだ。


彼女は戦う勇者である。


同時に、聖女のような方でもある。


剣を持って悪に立ち向かう時、あの方は誰より強い。

だが、子どもに弱い。

老人に弱い。

怪我人に弱い。

泣いている者に、どうしようもなく弱い。


だからこそ、勇者なのだろう。


「襲撃後で、皆、大事な家族や友を失っている。生き残った者がせめて宴で弔ってやらねば、なんとする!」


言っていることは正しい。


心情としては、涙を禁じ得ない。

実に勇者様らしい。

民を思うそのお心は本物でございましょう。


だからこそ、私は静かに申し上げた。


「それはそれは、さすがは勇者様。民を思うそのお気持ち、まことに尊きものでございます。私も涙が出ます」


「ならば!」


「しかしながら、それに必要な経費は、どこから出ますので?」


勇者様は一瞬、言葉に詰まった。


だがすぐに胸を張る。


「それをなんとかするのが、お前の役目だろう!」


ああ。


やはりそこに着地したか。


「ええ。はい。確かに勇者様の仰せの通り、資金面の管理は私の役目でございます」


「ならば――」


「しかし勇者様。資金というものは湧いて出るものではございません」


その瞬間、勇者様の眉が跳ねた。


「また金か!」


「また金でございます」


「だから! 金、金言うな! お前は何かにつけてすぐそれだ!」


「そうお思いなら、無料の方法をお考えください。資金は湧いて出るものではございません。私の涙なら、いくらでも湧いて出ますがね」


「はっ! よく言う! お前が泣いている姿など見たこともないわ!」


「帳簿係が泣いたところで、赤字は減りませんので」


「だいたいだな、最初からケチ臭いんだよ、お前は!」


「倹約家と呼んでいただけますと幸いです」


「それになんだ、何が勇者一行だ! ただの二人旅ではないか! 国王も正気か? どこの物語に、勇者と金の亡者の二人旅など書いてあるというのだ!」


「ええ、私も聞いたことがございません」


私は深く頷いた。


「死者と二人旅とは、奇妙奇天烈なお話でございますな」


「お前のことだ!」


「これは異なことを。私は亡者ではございません。勇者様はもう少しお勉強なされた方がよろしいかと」


「お、おまえ……!」


勇者様はそこで言葉を失い、ついに冒頭の叫びへ至った。


そして現在。


私は伯爵家の廊下で胃を押さえている。


勇者様は間違っていない。


昼間、崩れた家の前で、まだ十にもならぬ子が瓦礫を拾っていた。

母親の名を呼ぶ声を、誰も止められなかった。

泣くことすら忘れた顔だった。


酒でも飯でも歌でも、今夜だけでも泣く場所があれば救われる者はいるだろう。


だが。


明後日の麦はどうする。


壁の修繕は。

負傷者の薬代は。

次の町までの馬の飼葉は。

残党を追うための路銀は。


勇者様は、今夜の心を救おうとする。


私は、明後日の飯を守らねばならない。


どちらが正しいか。


知らん。


どちらも正しいから、私の胃が痛いのだ。


「セドリック」


背後から声がした。


振り返ると、勇者様が立っていた。


珍しい。


名を呼ばれた。


帳簿でも金の亡者でもお前でもなく。


「お戻りでしたか」


「戻って悪いか」


「いいえ。逃げ出されたのかと」


「逃げておらん!」


でしょうね。


逃げるような方なら、最初から勇者などしていない。


勇者様は腕を組み、視線を逸らした。


「……昼間、子どもがいた」


「はい」


「あの子は、泣き叫ぶわけでもなく、ただ瓦礫を拾っていた。小さな手で、ずっとだ。母親の名を呼びながら」


「存じております」


「見ていたのか」


「見ない帳簿係は、帳簿係ではございません」


勇者様は黙った。


その沈黙が、少しだけ苦しかった。


怒鳴られる方がまだ楽だ。


「せめて今夜だけでも、温かいものを食べさせてやりたい」


「はい」


「泣いてよいのだと、言ってやりたい」


「はい」


「なのにお前は、金だ、麦だ、飼葉だと」


「はい」


「……腹が立つ」


「存じております」


「お前にも腹が立つし、何も考えずに言った自分にも腹が立つ」


私は少しだけ目を細めた。


おや。


そこまで気づかれましたか。


勇者様は、不満そうに私を見た。


「何だ、その顔は」


「いえ。少し驚いただけでございます」


「馬鹿にしたのか」


「いいえ。勇者様は成長が早くていらっしゃる」


「やはり馬鹿にしているな?」


「滅相もございません」


「……お前はいつもそうだ」


勇者様は、小さく言った。


「私が何か言えば、すぐに正しい理屈を持ってくる。金だ、行程だ、補給だ、領主の都合だ、民の明日の飯だ」


「必要なことでございます」


「分かっている」


「では」


「分かっているから腹が立つのだ!」


勇者様は、こちらを睨んだ。


だがその目は、怒りだけではなかった。


「お前は、私を馬鹿だと思っているのか」


「思っておりません」


即答した。


そこだけは、間違えたくなかった。


「では、なぜいつも私にばかり厳しい」


「勇者様だからでございます」


「それが腹立たしいと言っている!」


勇者様の声が、少し揺れた。


「他の者には優しいではないか。伯爵には穏やかに頭を下げる。商人には礼を尽くす。子どもには何も言わずに水を渡す。なのに私には、金だ、予算だ、赤字だ、無駄だと、そればかりだ」


「事実でございますので」


「そういうところだ!」


勇者様は、拳を握った。


「たまには……」


そこで言葉が止まった。


私は黙って待った。


勇者様は、こちらを見ないまま言った。


「私にも、たまには優しくしろ!」


廊下の空気が、妙に静かになった。


私は一瞬、返す言葉を選び損ねた。


勇者様が、さらに顔を背ける。


「何でもない。忘れろ」


忘れろと言われる言葉ほど、帳簿には残る。


困ったことに。


「勇者様」


「なんだ」


「かなり優しくしておりますが」


勇者様が、こちらを振り向いた。


「どこがだ!」


「今月だけで三度、予算外の炊き出しを実施できるよう調整いたしました。うち一度は勇者様の私費扱いにせず、領主家と商人組合に負担を分散しております。昨夜など、勇者様が拾ってこられた迷子の子犬にまで食費を計上しました」


「そういう話をしているんじゃない!」


「では、どういう話で?」


「……っ」


勇者様は口を開き、閉じた。


言葉にならない顔だった。


なるほど。


これは、帳簿に入らない類いの要求らしい。


最も厄介な項目である。


「私は、勇者様に金勘定をしていただきたいわけではございません」


「……」


「あなたには、前を見ていていただきたい。泣いている者を見つけていただきたい。悪を前にして、一歩も退かないでいただきたい」


勇者様の肩が、少しだけ下がった。


「そのために私は帳簿を開きます」


「……」


「勇者様が勇者様であるための経費については、私はだいぶ甘く見積もっているつもりです」


「だから、そういう話ではないと言っているだろう!」


怒鳴られた。


だが、先ほどより少しだけ弱い。


「では、そちらの話は、また別の帳簿にて承ります」


「帳簿にするな!」


「承知いたしました。心の帳簿に」


「もっと嫌だ!」


よかった。


いつもの勇者様に戻りつつある。


私は懐から紙を取り出した。


三枚。


一枚目は、伯爵家宛て。

二枚目は、商人組合宛て。

三枚目は、勇者一行の支出予定表。


勇者様の眉が寄る。


「何だ、それは」


「今夜の件でございます」


「お前、宴は無理だと」


「勇者様。私は一度たりとも、宴を開くなとは申し上げておりません」


「言っていただろう!」


「費用はどこから出すのか、と申し上げました」


「同じことではないか!」


「まったく違います」


私は一枚目の紙を差し出した。


「伯爵家主催の慰霊の夕べ、という名目にいたします」


「伯爵が出すのか?」


「いいえ。伯爵様には会場と薪、警備を出していただきます。費用としては最も痛みが少ない」


二枚目。


「商人組合には、売れ残りの硬いパンと、傷みかけた野菜を供出していただきます。廃棄よりは名誉になる。ついでに復興協力商会として名を掲げられます」


「それは……商人たちは嫌がらないのか?」


「嫌がります」


「おい」


「ですから、伯爵家の名で感謝状を出させます。商人は金を失うより、信用を失う方を嫌がりますので」


勇者様は、口を半開きにした。


私は三枚目を見せた。


「勇者一行からは、保存食の一部を出します。ただし、明日以降の行程に支障が出ない範囲で」


「足りるのか?」


「宴には足りません」


「では」


「炊き出しには足ります」


勇者様が止まった。


「酒と肉と歌の宴ではありません。麦粥と野菜汁、温かい湯、少しの甘味。それから、亡くなった方の名を読み上げる時間を設けます」


「……それは宴か?」


「いいえ」


私は紙を折りたたんだ。


「慰霊です」


勇者様は黙った。


長い沈黙だった。


廊下の外から、復旧作業の音が聞こえる。

木材を運ぶ音。

馬のいななき。

誰かが子どもを叱る声。


生き残った町は、悲しんでいる暇もなく動いている。


だからこそ、少しだけ立ち止まる場所がいる。


それは分かる。


分かるから、腹が立つのだ。


「勇者様」


「なんだ」


「我々は観光地に赴くのではございません」


勇者様の目が、こちらへ向いた。


「分かっている」


「いいえ。分かっておられません」


私は広場の方へ目を向けた。


「我々がこれから向かう先は、すべてこのような場所です。家を焼かれ、畑を潰され、家族を失い、それでも明日の朝には生きねばならぬ者たちの場所です」


「だからこそ、温かい飯を――」


「違います」


勇者様の眉が動いた。


私は続けた。


「そこで皆が勇者様に求めているのは、炊き出しなどではございません」


「では何だ」


「前に立つことです」


勇者様は黙った。


「この国はまだ終わっていない。魔王軍は必ず退ける。死んだ者のために泣いてよい。だが、生き残った者は明日も生きる。そのために、勇者様がいるのだと示すことです」


「……」


「飯は伯爵家でも商人でも出せます。ですが、勇者様の言葉は、勇者様にしか出せません」


勇者様は、何も言わなかった。


しばらくして、小さく息を吐いた。


「お前は」


「はい」


「本当に腹が立つな」


「よく言われます」


「誰に」


「主に勇者様に」


「その勇者様はよせ」


勇者様は、こちらに背を向けてそう言った。


「二人の時は、昔のように呼べと言っているだろう」


昔。


その言葉は、少々よろしくない。


下級貴族の男爵家次男と、隣領の子爵家令嬢。


幼い頃は、もう少し近かった。


だが今は違う。


彼女は勇者。

私は帳簿係。


立場がある。

責任がある。

ついでに、帳簿もある。


「……セドリック」


「はい」


「すまなかった」


私は一瞬、返事が遅れた。


謝罪。


勇者様からの謝罪。


会計記録のどの欄にも入らない、厄介な収入である。


「レオナ」


勇者様の肩が、わずかに揺れた。


「なんだ」


「謝罪には価値がございます」


「そ、そうか」


「ですが、硬貨にはなりません」


「本当にそういうところだぞ! セドリック!」


怒鳴られた。


よかった。


いつもの勇者様である。


その夜、町の広場には大きな鍋が三つ並んだ。


肉は少ない。

酒もない。

歌も、最初はなかった。


だが、温かい湯気はあった。


伯爵様は人前に立ち、亡くなった者の名を読み上げた。

商人たちは渋い顔でパンを配りながら、ちゃっかり自分たちの店名が書かれた札を目立つ場所に置いていた。


私は広場の端で、支出を記録していた。


麦、予定より二袋多い。

薪、伯爵家負担。

野菜、商人組合供出。

甘味、勇者様が勝手に自分の旅費から出した。


……後で説教である。


その時だった。


「足りねえよ」


荒れた声がした。


広場の隅で、男が配給係の少年から籠を奪おうとしていた。


「こっちは家が焼けたんだ! もっと寄越せ!」


周囲が固まる。


勇者様が動こうとした。


私は手を上げて制した。


「セドリック?」


「勇者様が出るほどの赤字ではございません」


「赤字で判断するな!」


私は帳簿を閉じ、男の方へ歩いた。


男は私を見て鼻で笑う。


「なんだ、お前は?」


「帳簿係です」


「バカにしてるのか!」


男の手が伸びた。


私は半歩だけ下がった。


無駄な動きだ。


次に、男の肩が上がる。

右足に重心。

殴る気配。


これも無駄だ。


私は男の袖を取り、手首を返し、膝裏を軽く蹴った。


男の身体が、驚くほど静かに地面へ沈んだ。


籠は落ちない。


中のパンも崩れない。


よし。


損失なし。


「なっ……」


「大声を出す体力があるなら、列へお並びください」


私は男の手首を離さず、穏やかに微笑んだ。


「器物破損なし。負傷軽微。治療費不要。大変優秀な解決でございます」


「お、お前……何者だ……」


「帳簿係です」


背後で勇者様が呟いた。


「……相変わらずの動きだな、セドリック」


「帳簿係でございます」


「今の動き、騎士団長でも褒めるぞ」


「無駄な動きを嫌っているだけでございます。無駄な支出と同じくらいに」


「お前は本当に、何でも金にするな」


「命も物資も体力も、失えば補填が必要ですので」


勇者様はしばらく黙り、それから小さく笑った。


「お前がいて助かった」


私は男を警備兵に引き渡しながら、顔を逸らした。


「その言葉は無料で結構です」


「珍しいな」


「価値が高すぎて、請求先が見つかりませんので」


「……そうか」


勇者様はそれ以上、何も言わなかった。


広場の中心へ向かう。


子どもがひとり、器を抱えたまま、彼女を見上げていた。


勇者様は、その子の前に膝をついた。


何かを言っていた。


私には聞こえなかった。


ただ、その子はしばらくして、泣き出した。


勇者様は困った顔で、子どもの頭に手を置いた。


泣き声が一つ増えた。


それから、別の誰かも泣いた。


泣けなかった町が、ようやく少しだけ泣いた。


「セドリック」


しばらくして、勇者様が器を一つ持って戻ってきた。


「食え」


「私は後で」


「帳簿係が倒れたら、誰が金を数える」


「勇者様が」


「無理だ」


「即答でございますか」


「私は金の計算が嫌いだ」


「存じております」


器を受け取った。


野菜汁だった。


塩が少し薄い。


だが、温かい。


勇者様は隣に立ったまま、広場を見ていた。


「なあ」


「はい」


「私は、また同じようなことを言うと思う」


「でしょうね」


「お前は、また金の話をするのだろうな」


「もちろんでございます」


「私はまた怒るぞ」


「承知しております」


「お前はまた嫌味を言うな」


「それは必要経費です」


「嫌な経費だな」


勇者様は小さく息を吐いた。


「だが」


「はい」


「止めろ。私が……間違えた時は」


私は器の中の野菜を見つめた。


柔らかく煮えている。


本来なら、明日の昼食分だった。


だが今夜、これで泣けた子どもがいる。


赤字ではない。


そう記録することにした。


「承知いたしました」


「頼んだぞ、金の亡者」


「ですから、亡者ではございません」


私は丁寧に頭を下げた。


「勇者様、もう少し言葉の意味をお勉強なされた方がよろしいかと」


「お、おまえ……!」


勇者様の怒声が、夜の広場に響いた。


町の誰かが笑った。


ひとりが笑うと、別の誰かも笑った。


泣き声と笑い声が、同じ鍋の湯気に混ざっていく。


私は帳簿を開いた。


今夜の支出。


勇者様の無謀、一件。

帳簿係の胃痛、一件。


町の涙、多数。

町の笑い声、少々。


……悪くない。


少なくとも。


赤字とは、書かないでおいた。

お読みいただきありがとうございます。

反応を見ながら、続きも検討しています。

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