七話 (視点ナサン)
昼になり、大通りの人の行き来も増えてきた頃だろうか。
「世話になった、ありがとな。」
そう言ってナサン殿はロドリゴに鍵を返した。
「気にするな。バプタイズ様が育てた弟子に、いつか会ってみたいと思っていたからな。会えて嬉しかったさ。」
ロドリゴはそう言って、笑顔で鍵を受け取った。
エンリケスはクィムに向かって、「もしよかったら、道中で食べて」と包みを差し出した。
首をかしげながら包みを受け取ったクィムは、「いい匂い……これは何です?」と尋ねる。
「君たちが寝ている間に作ったんだ。エンパナーダだよ。」
エンリケスは、少し笑いながらそう答えた。
二人の店を後にしようとすると、ロドリゴに呼び止められた。
「これから行くところが決まってないなら、
Humo Azul (ウーモ・アスール)って酒場に行くといい。できれば夜にな。」
理由を聞くと、ロドリゴは肩をすくめた。
「あそこの歌姫がな、劇団員のバレエダンサーに熱烈なスカウトを受けてるらしい。
運が良けりゃ、劇団に接触できるぞ。」
街のこちら側は中心街に近いこともあって人が多い。二人の店を出たら、教えられたとおりに東へ向かって歩き出す。
人混みの中では、俺が荷物を持つことにした。人が多いとスリも増える、貴重な食糧も大事な仕事道具も取られたら困る。
「ウーモ・アスール……青い煙……どんな店でしょう?」とクィムは考えながら歩いているようだ。すると、クィムと通りすがりのガキの肩がぶつかる。
次の瞬間、クィムが小さく息を呑んだ。ガキはこちらを振り返ると「……チッ」と舌打ちをして走り去る。
「……今の、」
「気にすんな。確認しろ」
クィムが慌てて懐を確かめ、何も失っていないことにほっと息をつく。
「……さすがですね」
「人が多い場所は、油断したら終わりだ」そうして二人で足を速める。
「でも、煙が青いなら……魔法でしょうか」
「さぁな。酒場の名前なんて、だいたい適当だ」
そう言いながらも、俺は無意識に酒場のほうからくる人の流れを追っていた。
「あなたは、この街のことは好きなんですか?」そうクィムに聞かれて少し考えこんでしまう。自分のこの境遇に対しての怒りは確かにある、でもこの怒りをどこに向けたらいいのかずっとわからない。
不意に聞かれたからなのかわからないが「嫌いじゃない。……ただ、慣れてるだけだ。慣れたら全部、なんてことない。」としか答えられなかった。
クィムも少し寂しそうな顔で「そう……ですよね、慣れてしまったら楽なことも、たくさんありますから。」そう言いながら、どこか自分に言い聞かせるような声だった。
日が沈みかけるころには、中心街との境目が見えてきた。中心街のほうから出稼ぎから戻ってくる人も多くいた。
いろんな方向から、おいしそうな匂いもしてくるし俺たちは路地裏に隠れてもらったエンパナーダを食べて酒場が開くまで隠れることにした。傷んだメシとか、かびたパンとか、そんなものしか食ってこなかったせいなのか、こんなふうに何も考えずに食べ物を口にする時間が、今は少しだけ不思議だった。




