五十八話 (視点クィム)
朝食はパンケカだった。どうやら兄上が騎士団員たちと一緒に用意したらしい。
焼いた生地とトマトの匂いが、まだほんのりと湯気に混じっている。
ナサンは皿を覗き込みながら、「なんだこれ? 初めて見るな……美味いのか?」と落ち着かない様子だ。
その反応が可笑しくて、思わず笑みがこぼれた。
「薄く焼いた生地に、トマトで煮込んだひき肉を包んであるんです。
……まだ温かいですね。香りもいい。私は、嫌いじゃないですよ。」
そう答えながら取り分けていると、昨日の少女たちが、そろそろとこちらへ近づいてきた。
まだ警戒している様子ではあったが、それでも一歩を踏み出してきたのだろう。
私は目線を合わせるように腰を落とし、声をかける。
「おはようございます。よろしければ、一ついかがですか。」
「……ありがと。」と、姉の方が戸惑うように呟き、二人分受け取って妹と一緒に奥へと引っ込んだ。
ナサンも席に着くなりさっそく一口食べて驚いた顔をする。
「生地にケイジョが入ってるのか?……美味いな!」とどんどん食べ進めている。
「……そういえばナサン。」と、私は先ほど気にかかったことを思い出した。
「さっきの治安監察局の局員、どうしてわざわざ捜査状況を話したんでしょう?……それに、あの姉妹とどことなく雰囲気が似ているような……。」
そう呟いた瞬間、背後から声が落ちてきた。
「――それについてはだな。」
二人そろって、思わず飛び上がる。振り返ると、イゴールがいつの間にか立っていた。
「……あの二人の兄は、身分を隠して治安監察局で働いている。」
一拍置いて、彼は続ける。
「昨夜、私とエルメネジルドの戻りが遅かったのは――その兄に引き留められていたからだ。」
そう言って、イゴールは私とナサンの前に腰を下ろした。
「あの二人は、ほとぼりが冷めるまでうちの劇団で保護することになった。」イゴールはパンケカを一口かじり、そのまま言葉を継いだ。
「……お兄様は、魔法使いではないのですか?」
そう尋ねると、イゴールはわずかに眉を寄せ、深く息を吐いた。
「母親と……姉の方が魔法使いであることは、分かっているらしい。」
一瞬、言葉を選ぶように視線が落ちる。
「……ただ、両親は既に亡くなっている。
姉妹を守るために、壁の町の出身であることを隠して治安監察局に入った――それだけを聞かされた。」
何て返せばいいのかわからず、ナサンと顔を見合わせる。
「……まあそういうわけだ、ここにいる間だけでも気にかけてやってくれ。」そう言ってイゴールはまた一口、パンケカを口に運んだ。
私は手元の皿に視線を落とす。
――守るために、身分を偽る。
それは、決して珍しい話ではない。
だが同時に、それがどれほどの危うさを孕むものかも、理解している。
ちょうどその頃、ナサンは食べ終えた皿を置き、勢いよく立ち上がる。
「今日は土台を組み立てる日だろ? 先に行ってる!」
そう言い残し、「ボルトとナットを予備の分も後で運んできてくれ、頼む!」とガブリエル殿に声をかけると、そのまま走って現場へ向かっていった。
ナサンを追いかけて、食べ終えてから私も現場へ走っていくと、見習い騎士たちとナサンが一緒に作業を始めていた。
「来たか?そこにボルトとナットがあるだろ?」と川の中で作業しているナサンが、こちらに声をかけてくる。
「これ、どうするんです?」と川岸から返すと「綺麗なやつとそうじゃない奴に分けておいてくれ!少しでも錆びついてたら土台には使えない!」とナサンは作業に戻っていった。
私はやれやれとため息をついて、山積みになったボルトとナットの前にしゃがみ込んだ。
手に取って、ひとつずつ確かめていく。
わずかに錆びたもの、歪んだもの、使えないもの。
見た目では分からない差が、確かにそこにある。
ふと、先ほどの話が頭をよぎる。
「……厄介ですね。」
誰に聞かせるでもなく呟きながら、使えるものとそうでないものを分けていく。




