五十四話 (視点クィム)
ナサンは読み書きを学ぶことに意欲的ではないようだ。私は気になって「魔法使いになるかもしれないことが怖いんですか?」なんて聞いてみる。しかしナサンは首を振った。
「俺は何て言うか……籠って勉強するよりも実際に体で覚えて、状況見て判断する方が得意なんだと思うんだよな。それに、ずっと壁の街で生きてきた俺からすりゃ、知識だけじゃ食っていけねぇことだって生き残れなかった状況だっていっぱいあったし……。
まぁとにかく!机に向かってお勉強ってより、実際に体と手を動かした方が俺には向いてるってだけだな。それに、壁の街にいるやつらにじいさんが俺に教えてくれたことを教えてぇなって最近思うんだよな。」とナサンは歩きながらそう答えた。
たしかに、ナサンには今まで生きてきた世界がある。そこで得た経験が彼を作り、今後どうしたいかという考えもある。だから、私たちが読み書きを教えることを強要するのは、ナサンのやりたいことを止めることになるのかもしれない……と、今はただそう思うことしかできなかった。
「いいですね、後進育成てやつですね。」とナサンを追いかけて小走りで進んだ。
「お前は?何かやりたいことってないのか?」ナサンに聞かれて思わず黙ってしまう。
「私は……。」と答えようとしても言葉が上手く続かない。
ただ教えられたことを、言われたとおりに実行するよりも、今のように機械について知ろうとしたり設計図を読み解くことの方が好きなのだと気づくことはできた。けれど、それが“今やりたいことなのか”と言われると、自信が持てない。
「……まだ、分かりません。」と漸く絞り出した言葉はそれだった。
ナサンはただ「ふーん」と気のない返事をして「まぁ急いで決めるもんでもねぇだろ。お前は特に、ここ最近はいろいろあったんだしな。」と壁の街に入ってからも、他愛のない話をするでもなく歩き続ける。
路地裏の方から大きな音が聞こえてきて、イゴールとナサンとともに目を向けると少女が大きな男に押さえつけられ、その妹らしい少女も別の男に羽交い絞めにされているのが目に飛び込んできた。
「……おい」とナサンは路地裏の方へ歩いて行き、低い声で男たちに声をかける。
男は私たちに気付きながらも、ケタケタと気味悪く笑い「……なんだよ、放っておけよなぁ。女の魔法使いなんて、これぐらいしか使い道ねぇんだからよぉ。すーぐに、ヨくなるんだしなぁ!」とやめる気はないらしい。その言葉を聞いた瞬間、頭に血が上った。
「そんなことが許されるはずがないだろう!」気付けばそう叫んでいた。
「魔法使いだから……女子供だから、そんな理由で粗雑に扱われていい人間などいない!」呆然としている彼らに向かって言い放つ。
「そんな理由で人を踏みにじっていいわけがない!」私は路地裏に足を踏み入れる。
「こんなことが、あなた達は正しいと思っているのか!?」一歩また一歩と、彼らに近づいていく。
「こんなことで、己の自尊心が保たれるというのか!この卑怯者が!」そこまで言い放ったところで、後ろからイゴールに肩を掴まれた。
「あとは、大人に任せてもらおう。……ちょうど、騎士団も迎えに来たことだしな。」とイゴールが目を向けた先に、エルメネジルドが来ていた。
「第二王子殿下、ナサン殿……あまりに遅かったので戻ってまいりましたが、これはいったい……?」
そう言うエルメネジルドに、イゴールは短く答えた。
「本当にお前たちは、ちょうどいいところに来る……暴漢だ。連れていけ。」
そう言って、泣きじゃくる少女たちを私とナサンに引き渡した。
「ちょ……イゴールはどうするんです?」
私の問いに少し振り向いて「テントで待ってろ、何か食わせてやれ」
そう言い残してエルメネジルドたちとともに男たちを追いかけ、何処かへ向かっていった。




