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壁の街  作者: 山吹花絵


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五十話 (視点クィム)

 金属同士がぶつかる音や、ネジを締める音がテントに響く。私は設計図を読みこんで、テントの中で組み立てられる部品を探していた。

 「……マルケス、お前意外と器用だな?研究職ってやつじゃなかったのか?」とナサンが手元から目を離さずにマルケスへ話しかける声がした。私はつられて顔を上げた。

 「失礼な!研究職とはいえ元は機械技師ですからね?

 それに、研究職でも機械をいじることは多かったですよ。」とマルケスは返す。

 「バプタイズ殿の弟子ともあれば、ナサンも王家の技師として働けるのでしょうか?」とふと気になってマルケスに聞いてみる。

 するとマルケスは笑顔になり「そりゃあもう、今見ていても手際がいい。私がいた頃の技師たちとも比べても相当なものですから……募集が始まったら試験を受けてみては?」

 しかし、その提案にナサンは首を振って「読み書きが出来なきゃどうにもならねぇだろ?俺は壁の街で生きていく方がいいや。」と作業を続けた。

 「では、私が読み書きの先生になりましょうか?」と言えばナサンは笑った。

 「今さら教わったって、働き口も多くねぇだろ?」

 私はなんだかおもしろくなって「分からないじゃありませんか!何事も挑戦、ですよ?」なんて言ってみる。

 「そう言うけどよぉ、俺が読み書きできるようになったら魔法使いになっちまうかもしれねぇぞ?

 なんせ、大魔法使いだったじいさんの見立てだ。」なんてナサンはにやりと笑った。

 「もしかしたら、この計画が成功したら魔法使いも王国で憧れの的かもしれませんし、いいじゃないですか?」とマルケスが口にする。

 ナサンも私も驚いて「そんなことってあるかよ?」というナサンに続き「そうですよ、人々の考え方を変えるなんて……」と反論しようとする。

 するとそこへイゴールがテントに入ってくる。「悪いな、温かいコーヒーを入れたから届けに来たら聞こえてしまった。

 せっかくだ、私の意見をついでに言わせてもらおう。」そう言ってイゴールはコーヒーを私たちに手渡すと地面に座った。

 「人というのは、未知のもの……つまり、“分からないもの”を怖がっている生き物だ。」と話し始めた。

 「人が“分からないもの”に遭遇した時、どう行動すると思う?それも、権力のある人間が、だ。」と持ってきた自分のコーヒーを啜った。

 全員が黙っていた。誰も答えられなかった。

 カップを置いて、イゴールは答える。「遠ざけるか、力をもって叩き潰すかだ。」

 その言葉に私とナサンは息をのんだ。マルケスは目線を落として黙っていた。

 「昔からずっとそうだ。

 分からないものは、怖がられる。

 そして怖がられたものは、だいたい叩かれる。

 単純な話だ。

 “分からないから怖い。だから攻撃する。”

 見たことがない力、仕組みも理屈も分からないもの、そういったものに興味をそそられる人類というのは……残念なことだがほんのわずかなんだ。」とイゴールは、手に持ったカップに視線を落とす。

 「お前たちに置き換えると、王国で生きてきた人間にとって、魔法は訳の分からない力だ。

 機械もなしに火を起こす。

 理屈が分からん。

 ……だから怖い。

 怖いから遠ざける……。

 魔法使い達は傷ついて、自分の力を隠して生きていく……。これが今のこの国の有様だ。」イゴールはそこで顔を上げる。

 「だが、一度理解できてしまうとどうだ?」とこちらを見た。

 「案外単純なもので、平気な顔をしてしまうんだよ……人間というのは。

 それも、今まで自分が相手を傷つけていたことすら忘れて。」と肩を竦めた。

 その言葉に、私もナサンも顔を見合わせる。エンリケス殿とロドリゴ殿に会った時もそうだった気がする……と、己の行いを思い出した。

 「私たちは、機械と魔法を同時に使おうとしているだろう?」とイゴールは続けた。

 「……まぁ、それが今できる最善策ってわけだしな。」とナサンは答えた。

 イゴールは笑って「そう、だから……私たちにとって、魔法は未知のものではなくなるというわけだ。」と言い放った。

 「これをきっかけに、王国に住んでいる者達が……魔法というものに触れる機会ができれば、王国の民にとっても魔法は未知のものではなくなる。

 たとえ全国民が理解するまで、何千年かかったとしても……魔法は“分からないもの”ではなく“分かるかもしれないもの”に変わっていく。その第一歩が、私たちの計画だ。」とそう言ってイゴールは立ち上がった。

 「朝になったら、川の中腹の設置予定地に向かう。遅くなりすぎるなよ。」そう言い残してイゴールはテントを後にした。

 「……何千年もって、俺たち生きてねぇじゃねぇか。」とナサンは笑った。

 私もつられて笑って「ですね。……でも歴史を変える第一歩を踏む人になれるなんて、いい気分じゃないですか?」と程よく冷めたコーヒーを流し込んだ。

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