四十六話 (視点クィム)
イゴールが……イグナシオ殿下が私とナサン殿を守るように、一歩前へ出た。
「私は、兄上と違って貴族社会に嫌気がさした。自分に与えられた天使の名が重たかった……。」そこでイグナシオ殿下は言葉を切って俯いた。
「……だから自由になりたかった。自由に生きられる場所を求めて、劇団を立ち上げた。イゴールとして生き、ようやく呼吸ができたような気がした。
そんなところにこの子らがやってきた。この子らはこの国を変えてくれる可能性を秘めた子たちだ。……だが、天使の名を捨てたままでは、この子らを守れないと思い知った。
だから私は、イゴールではなくイグナシオとして立つ。私のやり方で……この子らを守っていくつもりだ。」イグナシオ殿下がそう言い切ると、陛下が「その国を変えてくれる可能性……それがバプタイズに関係しているんだろう?」と鋭い目を向けた。
「……そうだったらどうするのだ?兄上」イグナシオ殿下が顔をしかめる。
「イグナシオ、これは提案なんだが……」と陛下は口を開いた。
「レロフ・デ・スエニョスを、壁の街で巡業させてはどうだろうか?」と言う提案に、全員が顔を見合わせる。続けて陛下が「その巡業者の中に、そなたらが作ろうとしている何かを組み立てるために必要な資材を運搬する役目を担うものを紛れ込ませるのだ。」と言い放つ。
全員が呆気にとられているが、陛下は気にせず続けた。「何を作ろうとしているのかは問わぬ。ただ、ここですべてを明かして、国民たちに公表した時に混乱した状態では何もできまい。完成させてから公表したほうがいいだろうと王として判断したまでだ。
お前たちが国に対して謀反を起こすとは考えられない、少なくともイグナシオとクィムに関しては生まれたときからの仲だからな。
イグナシオにとっての自由の象徴である劇団を利用するようで悪いが、これが今私にできる裁量だ。」そういう陛下に、ナサン殿は「どうしてそこまで?」と聞いた。
「イグナシオが天使の名を捨て、王族であることを捨てて市井で生きると決めたとき……私は止めることはできなかった。ただ、見ているだけで一人のただの王太子である私は、血を分けた弟の苦悩に気付くこともできずに、気にしていないふりをして生活するしかできなかった。
まだ成人もしておらぬ子らに、国の命を背負わせるなど……王のすることではない。それに弟に、その最終責任をすべて背負わせることもな。
王である前に、私は兄であり父親だ。その背を押すのが兄の、そして親の役目だろう。
ジョアン。騒ぎを起こした罰だ。……兄として、クィムを手伝え。
全ての責任は私がとる、失敗すれば――王位を失っても構わぬ。」そう言って、陛下は会議室を後にした。
「支援してくださる……ということでしょうか?」私はナサン殿と顔を見合わせる。
重たい扉の閉まる音が、やけに大きく響いた。




