四十五話 (視点ナサン)
初めて見る国王は、なんとも言い表せないような雰囲気があった。
ありえないくらい大きい人になったような気にもなったが、一瞬で静かになった周りの人たちに構うことなく、イゴールは「あぁ……久しぶりだな、兄上。」と返した。
ガシャンと音を立ててジョアンとかいうやつは剣を捨てる。
それを横目に見て、国王は「……ヒメネス卿よ、城内の規律を確認せよ。王子の正統性を疑う言説は、反逆の萌芽と見做す。使用人の調査と処罰はそなたに一任する。」と言うと、国王の左後ろに立っていた生真面目そうなじいさんが一礼して去っていった。「全て、見ておられたのですか?」クィムの声は震えていた。
「だから何だ?あれだけの騒ぎ、王妃の腹の中の赤子でも気づくだろうに。」国王はそう言うと俺たちの間を進んでいった。「イグナシオら全員、それからジョアン、皆ついてきたまえ。」その言葉に全員唖然としている。
誰もついてこないことに気付いたのか、国王は振り返って「どうした?これから国家存続にかかわる重要な会議をするんだ、だからお前たちを呼んだんだがな、なぜ今にも処刑されそうな囚人のような顔をしている。」と当然のことのように言い放った。
豪華な部屋に通される。真ん中にはでかいテーブルが置かれていて、明かりがついててギラギラしているはずなのに、空気は重たい。
磨き上げられた床に、自分の靴底の汚れがやけに目についた。
椅子を引かれても、俺たちは誰一人として座ろうとはしなかった。俺だってこんなに豪華な椅子を、機械油とか埃で汚れた作業服で汚したらどうなることか……そんなことぐらい想像できる。
しばらくの沈黙の後、国王はため息をついて「では、このまま進めようではないか。」と国王も立ち上がった。
「まず、お前たちをここに呼んだ理由だが……」そう言って国王はクィムを見た。その視線に、隣に立っているだけの俺でもクィムの体がこわばったのがわかる。「クィム、お前が城を抜け出したこと、ジョアンが王都の広場で部下たちに騒ぎを起こさせたこと、どちらも関係があるのだろう?
そしてそれは、国の将来にも関係がある話であることもな。」
クィムは少したじろいでから「……そう、ですね。一体いつから、気付いておられたのですか?」と答えると、国王が「第二王子付きの侍女が、報告に来た。二日前に。」と顔を険しくする。二日前というと、クィムが城を飛び出してからそれなりに時間が経っていたはずだ。エンリケスとロドリゴに初めて会ったのがそのあたりのはずだから……。
国王は淡々と「報告が遅れた侍女は、再度使用人としての教育をやり直しさせている。だから、第二王子付きの使用人は全て入れ替えている最中だ。それ故、側室付きの使用人たちも見直す必要もあると判断した。
しかし、それで城の人員の采配を見直している最中に、ジョアンが兵を使って王都で騒ぎを起こし……さらにはその調査の過程で、レロフ・デ・スエニョスという劇団の団長であるイゴールがイグナシオであるという噂まで出てきた。このすべてが単なる偶然なわけがないと思って、お前たちをここに呼び寄せたわけだ。」
クィムは、震える手で俺に見せた書簡を取り出した。「壁の街に、天才機械技師バプタイズ殿の残した設計図があると噂で聞きました。……それを聞いてすぐに、この書簡とかかわりがあるかもしれないと思い、壁の街へすぐさま向かいました。」国王は書簡を広げて読みながら、「それで、そこの青年とはどういう関係だ。」と目線だけ俺に向けた。
クィムと目を合わせて、俺は震える声を絞り出して「……俺は、バプタイズの弟子の……ナサンです。バプタイズは、俺の育ての親で、師匠です。」と答える。手が震えるのを抑えたくて、爪が刺さるくらいに握ってしまう。何を言われるんだ、反逆者の弟子としてすぐに殺されるのかとぐるぐると考えていると、国王は意外なことに「なるほどな、それでこの場にバプタイズがいないということは、彼はもう……?」と少し寂しそうな顔を見せた。
「先月の、大雨の前の日に……。」意外な反応に戸惑いながらも答えると、国王は深くため息をついた。
「……。バプタイズが反逆者ではないと思っていた。しかし、会議ではほとんど全員がバプタイズを反逆者と見ないしていてな。」国王ののその言葉に、クィムはすかさず「なぜ、彼が反逆者でないと思ったのですか?」と声を上げる。
「愚直なやつが反逆など企てるはずがないだろう。それにバプタイズは、機械技師としての腕を磨くことにしか興味がなく、政には一切興味がなかったからな。」と書簡を机に投げ出す。「……しかし、貴族の全員を敵に回してしまえば、この国はますます立場が危うくなるからな。」と目を伏せた。「私は王だ。私一人が正しいと思っているだけの者を守るだけでは、国は保てぬ。」
「……それで、クィム。お前は壁の街で何を見つけた?」国王は話を戻した。クィムは震える声で「バプタイズ殿の痕跡をたどり、レロフ・デ・スエニョスという劇団に行きつきました。」ここまで話すと、イゴールが一歩前に出て「ここからは俺が話そう。」と口を出した。




