四十四話 (視点クィム)
久しぶりの城はまるで葬儀場のようだ、静かで冷たい、それでいて暗くて重たい。
エルメネジルドらに囲まれて、長い廊下を歩く。足音が響く中、誰も言葉を発することなく、息が詰まるような空気のまま長い長い廊下を進んでいる。
ふと騎士たちの足が止まった。開けた視界の先には、義兄である第一王子、ジョアンが一人で立っていた。
「……誰かと思ったら、私生児のクソガキか。」彼は私を見てすぐに顔をしかめる。
「義兄上……」思いがけない遭遇に、体がこわばっているのが自分でもわかる。騎士たちの妙な緊張感もひしひしと伝わってくる。
「いつから俺がお前の“兄”になったんだよ」義兄は腰に手を当てたままゆっくりとこちらに近寄ってくる。
「……申し訳ありま」最後まで言い終わらないうちにこちらを睨みつけて「いつもいつも、お前のその目が気に食わねぇんだよ。何にもできない無能な私生児のくせして。」と彼は近づいてくる足を速めた。
「……申し訳」また言い終わらないうちに義兄に顎をつかまれる。「俺をその目で見るなっつってんだよ!!!」義兄に怒鳴られて固まっていると、隣にいたナサン殿が義兄の腕をつかんで私から引きはがす。
「さっきから聞いてりゃ、こいつの何が気に食わねぇんだよ。」
「ナサン殿!?」義兄のことを知らないとはいえ、ナサン殿の行動に驚いた。それと同時にナサン殿を守らなければと必死に策を考えようとすると、イゴールも「やめておけ、ナサン。」と割って入った。
義兄はナサン殿の手を振り払って「こいつの全部に決まってんだろ!?何にもできない私生児のくせに生意気な目をして……」彼が言い終わらないうちに、ナサン殿は「こいつのどこが生意気なんだよ!?生意気なのはそっちだろうが!」と詰め寄ったのだ。
今にも掴み合いが始まるそうな空気に思わず「おやめください!!!」と自分でも驚くほどの大声が出た。
そこからはもう、自分でも考えがまとまらないままただ口が勝手に動いていた。
「もう、もう聞き飽きました!
私生児である以上、生涯噂されることも分かっています。だから何だというのですか!?
私とて、望んで私生児に生まれたわけではない!望んで、あなたの義弟になったわけではないというのに!」
義兄はそれを聞けば顔を真っ赤にして「それがうぜぇんだろうが!開き直りやがって!
諦めた風に見えて正論ばっかりぬかしやがるその態度が!!」と私の胸ぐらを掴んでくる。
「私はただ、自分が正しいと思った行いをしているだけです。そこに貴賤など関係ないではありませんか!寧ろ、貴族や王族であるほど正しい行いをせねばならないと陛下も仰って」と陛下が演説で話す言葉を口にした途端、突然私を突き飛ばし「父上の話をするな!!!」と叫んだ。
彼は息を荒くして、肩で呼吸をしながら「お前が!……お前みたいなやつが父上の話をするな!!」とこちらを睨んでくる。
冷たい床に突き飛ばされて少し冷静になった。
立ち上がりながら「……なぜです?」と、あまりの剣幕に声を絞り出した瞬間、濁流を起こした川のように「お前だって知ってんだろ!?
俺が父上にまるで似てないって噂されてんのだって、お前とは違って剣術以外の学問はからっきしだって!!
正室の子で、嫡子で、それでも……それでも父上に似ていないって言われ続ける俺の気持ちが、側室の……それも娼館上がりの女のガキのお前ごときにわかるか!?
なにより!!私生児のくせして、父上に似てる顔のお前が何よりもむかつくんだよ!!!」とこちらに剣を向けてくる。
騒ぎを聞きつけた使用人や官僚たちが廊下に集まってくるのが見えた。
私は、ゆっくりと息を吸ってから「その噂のことは知っています。
ですが、そんな表面的なことしか見ていない人たち……彼らのことを気にして何になるのです?」そう言えば、さらにこちらを睨んで「お前っ!」と構えの姿勢になった。
私は使用人たちに目を向けてから「確かに、表面的な部分で言えば、私は陛下に似ているのかもしれません、しかし……義兄上の方こそ似ているではありませんか。」
「……は?」義兄は驚いたのか構えの姿勢を解いた。使用人や官僚たちがざわつき始めたのを感じる。
「いつも、義兄上の隣で授業を受けていました。だから私は、義兄上の陛下にそっくりな部分をよく知っている。
胸を張り、上半身が力んで見える歩き方の癖。
魚料理を好まず、味の濃いものから召し上がる食の好み。
文字を書くときは必ず右上がりになってしまう書き方の癖。
ほかにも似ている部分はありますが、何より笑った顔は私よりも義兄上の方が陛下に似ている。
確かに義兄上は剣術がお得意なのかもしれない。しかし、だからと言って学問を投げ出すようなことは一度もなかった!!陛下のようになるために、いや……陛下を超えるような王になるために必死になって学んでいた!!
顔立ちが似ていないから、剣術のほうが得意だから、そう噂されているからと言って、それが何だというのですか!?」
動揺している義兄や、同行していたナサン殿やイゴール、エルメネジルド達に構わず。
私は「聞いていたか、お前たち。」と使用人や官僚たちに目を向ける。
もうこうなってしまうと、私自身でも己を制御できなかった。
「お前たちの行いは、王家の体面を傷つける行いだ。
ただの噂と思うかもしれないが、城に仕える身である以上、王子の正当性を疑う噂は国家秩序の不安を煽る行為だということを理解しろ。
さらに言うならば、国家転覆を狙う反逆者の萌芽は摘んでおかねばならない、そうでしょう?義兄上?」
義兄はハッとして「そう……だな、そもそも本来不敬罪に問われるべき行い……だからな……。」と驚いた顔で答える。
私はなぜか安心して「それでこそ、義兄上ですよ……私の隣で、授業を受けていた、あの頃の義兄上です。」と緊張がゆるんだ。
そこに、後ろから「久しいな、イグナシオ。」と声が聞こえた。
振り返ればそこには、父……国王アウグスト・セラフィム・エステヴァン・デ・アレンカールが立っていた。




