三十話 (とある老騎士)
「おい!どういうことだ!」と荒々しくドアを開ける殿下に全員が頭を下げた。
私は反射的に背筋を伸ばした。
この身体は、長年「命令」に従うことを覚え込まされている。
それでも今日は、膝がわずかに震えていた。
「私どもは、命に従ったまでです。」そう答えれば殿下はさらに怒りを露わにする。
「俺の指示は、反逆者バプタイズとそいつが描いた設計図を連れてこいだっただろうが!」とテーブルを殴る殿下に全員が体を硬直させた。
「……殿下、恐れながら申し上げます。」そう声をかけると殿下は顔を上げた。
「……何が言いたい、エルメネジルド?」とこちらを睨みつける。
「我々は、殿下の兵である前に皆一人の騎士です。
騎士というものは、責務がございます。それを今日、改めて思い知らされました。」嘗て、純粋に剣術に打ち込んでいた少年はもう目の前にはいない。今まで、こんなに騎士道に反した人に仕えていたことが騎士として恥ずかしくなる。
「騎士の責務とは、婦女子、寡婦、孤児、病める者、弱き者を護ること!力を持つ者は、その力を弱き者のために奮うことが責務であります!
むやみやたらに力を振り翳すことではない!
我々は、騎士として名誉をもち、騎士の気高き勇気、善き振る舞いを心掛け、民に愛され畏敬される存在でなければなりません。
騎士を志したその日、わが師に言われた言葉をクィム王子殿下に言われ目が覚めました!」そう言えば殿下は顔色を変える。
「クィム……?あの私生児のクソガキにでも洗脳でもされたのか!?」殿下はさらにお怒りになり荒々しく立ち上がる。
「いいえ、むしろ今まであなたの言う正義に洗脳されていたのが解けたのです!」とはっきり言えば殿下は後ずさる。
――初めて剣を与えられた日のこと。
木剣を握る手が痛くて、それでも誇らしかった日のこと。
あの日、師は確かに言った。
「剣は、弱き者の前に立つためのものだ」と。
「我々はあの広場で命を受けた瞬間から、あなたの兵ではなく、クィム王子殿下の騎士であります。
そのため、クィム殿下の命に従い、広場の民を真っ先に開放いたしました。
尚、この件は国王陛下のお耳に入れております故、すぐにでも陛下の侍従が執務室へと参りますでしょう。」と言ったその時ドアをノックする音が聞こえた。
私は振り返り「何をしている!捕らえた民たちを壁の街へ送り届けるんだ!早く動け!」と部下に指示を出せば、皆慌ててジョアン殿下の執務室を出ていった。
続いて部屋を出る私の背中に、ジョアン殿下は「……後悔しても知らないからな、この耄碌ジジイ」と言葉をかけてきた。
その言葉に、胸が痛まなかったわけではない。
それでも、振り返らなかった。
嘗て、純粋に剣術に打ち込んでいた少年はもう目の前にはいない。
――いや、私が見ようとしなかっただけなのかもしれない。
これまで幾度、理不尽な命を受けてきた。
そのたびに私は「戦のためだ」「国のためだ」と、自分に言い聞かせてきた。
だがそれでも、騎士として剣を持つ理由は、今日ようやく思い出せた。




