二話 (視点ナサン)
二章
遠くで誰かの怒鳴り声が響く、この街の日常はこんなものだ。
風に混じる煙と埃が、余所者を歓迎しないとでも言いたげだった。
余所者を追い返すようなこの空気。
助け合いながらも、決して完全には信用しない——この街そのものだ。
「クィム、俺が敵だと見なす行動をとったら、その時は容赦なしで殺すからな。」と睨みつければ、クィムだとかいうのは頷く。
「わかっています、ナサン…さん。私はただ、設計図の正体を探りたいだけですから。」と答えた。この呼び方をほかの連中の前でされたらめんどくさいな、とは思いつつ、自分の中のこのもやもやしたじいさんに対する疑問を解かないといけないと先を急ぐ。
「さあ、行くぞ。」
「はい…!」
俺が先導して後ろからクィムがついてくる。まず目指すは、クィムが言っていたあの娼館。
娼館は壁の街の噂だけでなく、この国の噂が集まる。機械技師の腕があるから便利屋としていろんなところに出入りできるのが救いだ。なんてぼんやりと考えながら、俺が住んでいる街の北側は明かりが少ない、月明りを頼りに段差やはしごを進んでいく。
「慣れてないだろうが、気をつけて進め。
特にこの辺のはしごは、たまにボルトが緩んでる時がある。」
そう言って、俺はクィムの前を進む。
クィムは足元を見ながら俺が進んだ道をどうにか着いてくる。
「いいか?余所者ってバレないように気をつけろ。
……お前の母親はどうだったか知らねぇけど、ここで仕事をしている奴は勘が鋭い。」そう言って高級娼館エル・パライソ・カルメシの重い扉を押し開けた。
中は華やかでギラギラとしている。香水が混ざったような匂いは相変わらず気持ちが悪いし、廃材の硝子だとかで作ったシャンデリアは変に眩しくて目が痛い。
「おい、ばあさん!いるか?」と厨房の扉に向かって声をかけると、二階へと続く階段の途中から、娼館主のばあさんが顔を出す。
「なんだい、今日はお前さんに仕事を頼んでないだろ!?お客様が来るって時にうるさくするんじゃないよ!」怒りながら近づいてくるばあさんは俺の後ろにいるクィムに目を向けた。
「ナサン、お前はついに金欲しさにガキを売りに来たのかい!?男のガキはお断りだよ!!」とこちらを睨むばあさんに、俺は首を振る。
「ちげぇよばあさん、弟子をとっただけだ。あと聞きたいことがあってきた。ばあさん、ドロレスだとかいうやつ、ここで働いてたろ?どんな奴だった?」と切り出してみる。
ばあさんは鼻高々といったようにまるで自分の自慢のように話し出す。
「もちろん覚えてるさ!うちで一番……いや、現役時代のアタシに次ぐ美貌を持ってたよ!
今は王様の側室だってよ!うちで一番の成功者だねぇ!
そうそう、ちょうどあんたの弟子だっていうあのガキに似ている向日葵みたいな目をしてたさ。」とクィムを煙管で指した。
なるほど、クィムの話は本当か。王族なのに天使の名を持たないのも、結局父親が国王陛下だっていう自信が無いんだろうなとかうっすらと思った。
「じゃあ、思い出してほしい。じいさんはそのドロレスと話したりしてたか?それと、じいさんがよく行ってた場所とか、覚えてないか?」と聞いてみる。
ばあさんは首をかしげて「何とぼけてんだよ。あんたが一番わかってんだろ?あのジジイは余計な事べらべら喋るような奴じゃあないだろうが。」と答えた。たしかにばあさんの言う通り、じいさんは基本的に俺と一緒に行動をしていた、別行動があるとしたら一日に任された機械技師としての仕事が捌ききれない量だった時だけだし。
「ちょっと最近、じいさんの変な話を聞く気がしてな。ここなら何か情報が入ってるかと思ったんだ。ありがとな、もしかしたらこれからこいつを連れてここに出入りするかもしれないから、顔出しついでに寄った。俺らはこれで。」とひとまず取り繕って娼館を後にした。このままいたら、勘のいいあのばあさんのことだし、クィムのことが全部バレる気がした。
「まあ、お前の話が本当だってのはわかった。あそこでずっと黙ってたのはいい判断だろうな。」と話しながら西側に向かって歩き出す。西側は比較的治安がいいから、夜の間の移動にはちょうどいい。
「この街は国の中心街から見るとまるで壁が反り立っているように見えますが、中に入ってみるとかなり面白い作りですね。」とあたりを見回しながら歩くクィムの後ろ襟をつかむ。
「だから、そういう風に歩いたら余所者丸出しなんだよ。みぐるみ全部はがして持ってかれるぞ。」といえばクィムは一瞬きょろりと周囲を見回し、それから何も言わずに視線を落とした。
「なるほど、周囲を見ながら歩くとさながら観光客っていうわけですね。」と言いながらついてくる。
「こっち側は治安はいいけど、中心街とは程遠い。スリもいるし、そこそこ見た目がいい女が一人で出歩けばすぐに路地裏に連れ込まれる。連れ込まれた後のことは、お前にだって察しが付くだろ?ここはそういう街だ、何があっても自己責任ってことだよ。」といえばクィムは気まずそうに視線を逸らす。お坊ちゃまには受け入れられないだろうが、これがこの街の現実だ。路地裏には幻覚作用のある薬の中毒になったやつ、娼館で女を買う金がないのか、出入り禁止になったのかは分からないが、女に飢えたやつが掃き溜めのようにいる。そういうやつらに関わらないようにするのが、自分の身を守るために必要なのだ。
「ところで、どちらへ向かっているのでしょう?」とクィムに聞かれ、「娼館の次に噂が集まるところだよ。」とだけ答えてどんどんと西側の奥へ向かっていった。
西側の奥まったところに小さな教会がある。
傾いてしまっている門をくぐると、湿った土と古い木の匂いに包まれる。煤けたローブを着たパードレであるマテオが出てきた。
「ネリオですか?約束したものは……ナサン?あなたがここに来るなんて珍しいですね。」とあいさつもそこそこに本題へ入る。
「弟子をとったから、挨拶ついでに寄った。あと、じいさんの噂話とか何か最近聞いてないかと思って。」と聞けば、マテオは首を振った。
「死者のことは、神のみぞ知ることです。」と十字を切ったマテオは奥へと戻っていった。
教会の外に出ると、「この街のパードレは、皆このような方々なんでしょうか?」とクィムに聞かれた。
「むしろあんなやつの方が珍しいさ。ほかの教会は、ほとんど教会として機能してないし。
この街では、みんな生き残ることに必死で、神様なんて気にしてる暇なんてない。
まあとりあえず、じいさんとよく回ってた場所でも手あたり次第回ってみるか。
あの様子じゃ、マテオも設計図とかは預かってないだろうしな。」と歩き出せばクィムは疑わしげな顔でついてくる。
「神の元ではみな平等です、出自だって性別だって関係なく祈りを捧げるべきです。気にしている暇はないとは、冒涜ですよ?」と後ろから声をかけてくるクィムに苛立つ。
「じゃあなんだ?俺らみてぇな貧民街育ちのガキも、盗みもせずに、騙しもせずに、ただ神様ってやつの形をした人形に跪いて祈ってりゃ今日の食いもんが空から降ってくんのか?」と振り返ると、クィムは少し動揺したように、「教会ではみな平等であるべきです、神様はみな平等に救いを与えてくださると、教義には……」というクィムにどうしようもなくムカついた。
「平等だっていうんなら、なんで今俺たちはこんなに苦しまなきゃならねぇんだよ?俺らが何か悪いことしたってのか?
ただ生き残りてぇからメシを盗んだからか?ただパンを買う金が欲しいから人を騙したからだってのか?
俺たちみてぇな貧民街で生まれ育ったガキはな、顔も知らねぇ、覚えてねぇ親ってやつの身勝手で生まれちまっただけなんだよ。お前みてぇに母親ってやつの運がいいってだけで祈れば助けてもらえるところで生きることができたヤツとはちげぇんだ!!
俺たちは!!祈る前から、信じる前から、不要品だって!!神様ってやつから言われてんだよ!!」
そう言うだけ言って、俺は速足で歩き出す。パードレだって俺だって人間だ、この街は誰だって生きることに必死なんだ、神様なんか信じていられない。
こんな街の外から来たガキに八つ当たりしたって何にもならないのはわかっていたのに、俺は思わず顔をしかめた。
教会からだいぶ離れたところに来て、少しは頭がすっきりしてきた。
「ギャング出身の便利屋の知り合いがいるんだ。ネリオっていう……。あの教会にも、よく便利屋として出入りしてる。」結局、この街はそうしなきゃお互い生きていられない。
クィムは「……その方は、ちゃんと信頼できるんでしょうか?それに、先ほどの娼館も教会だって、わざと情報を隠している可能性だってあるでしょう?」と早足でついてくる。
思わずため息が出る「さあな。この街はお察しの通り、助け合いはするけど完全に信用はしてはいけない。そんな街なんだよ。
あと、お前には縁がない存在だろうギャング。そこを抜けるってことは一種の裏切り行為だ。
……それなりの成果をあげないと認められない。そんな実績があるやつだから、ありがたく使わせてもらってるってわけだ。」と便利屋の第二拠点へ向かった。
西側の廃材置き場と化している空き家、そこが便利屋ネリオの隠れ家であり第二拠点だ。
「おい!いるか?」と入口で声をかけるとネリオが出てくる。
廃材同士が擦れて軋む音とともに近づいてくるガラの悪い屈強な男、いかにも元ギャング構成員といった風貌でクィムは少し驚いたようだが冷静を装っていた。
「どうしたんだよ、急に来るなんて。」とネリオはめんどくさそうに壁に寄り掛かった。
「じいさんの話について聞きたくて来ただけだ、最近何かじいさんに関する話を聞いたりしてないか。」と本題に入るとネリオは鼻で笑った。
「お前以上にあのじいさんと一緒にいたヤツなんていねぇんだから、俺が知るわけねぇだろ。」と言い残して奥へ戻ろうとすると、クィムが声をかけた。
「では、何か預かったりは?あるいは、どこかへ届けろ、と指示を受けたとか。」と俺の後ろから聞こえる声にネリオは足を止める。まずい、と思って俺は隠し持っている護身用ナイフを構える用意をする。




