二十八話 (視点クィム)
全員が上に上がったのを確認して、ネリオは「お前たち、どこを目指してんだ?」と聞いてきた。
「オジャ・ロタっつー食堂だ。」ナサン殿の答えに、ネリオは神妙な顔で頷き「……とりあえず、そこまで案内する。身を屈めて進めよ?いいな?」と前を歩いていく。
ナサン殿は進みながらも「おい、その食堂に何かあったのか?」と前を行くネリオに声をかける。ネリオはただ「とにかくついてこい、近くに行ったら説明してやる。」と答えるだけだった。その足取りは先ほどより明らかに速く、振り返ることもなかった。
どれくらい歩いただろうか、幸い便利屋が使う人に知られることの少ない通路らしく、兵に見つからずに動くことができている。
「もうすぐオジャ・ロタの近くだ……。」ネリオがそういえば、ナサン殿は「おい、そろそろ何があったのか教えてくれたっていいだろ?」としびれを切らしたのか声を上げる。
少しの沈黙の後、ネリオはようやく口を開いた。
「……店のおっさんとおばさんが、城の兵に――」すると、ガチャガチャと割れる音、悲鳴ともつかぬ声、広場に響く金属のぶつかる音。
空気が振動するような感覚に、私は思わず目をつむりそうになった。
全員で音の方へ目を向けると、若い兵が店主と女将を広場の方へ引きずっていくのが見えた。
引きずられていく二人の背中が、視界に焼き付く。
あの食堂で、ムケッカを作ってもらった日のことが、なぜか脳裏をよぎった。
皿を置くときの女将の手のしわ、湯気の向こうで笑った店主の声。
——ただの食堂だった。ただ、腹を満たす場所だった。
——だめだ。
ここで目を逸らしたら、私は一生、自分を許せなくなる。
心臓が胸を打つ。手が、思わず震える。
それでも前に進む一歩を踏み出すしかない。
ナサン殿の声も、周囲の人々の声も聞こえない。もうローブも意味がない、でもそんなことは気にしていられない。
この中で一番、第一王子……ジョアンの恐ろしさを理解しているから、止められたって無駄だ、騎士が剣を持つ理由を、私は知っている。
少なくとも——武器を持たない者の喉元に突きつけるためではない。
信じてきたそれが裏切られる光景を、見たくなかっただけかもしれない。
止めに入れば、彼らだけでは済まない。
ここにいる全員が、反逆者の一味として斬られる可能性がある。
——それでも。本物の王家の人間じゃなくとも、一人の人間として、これから起こるかもしれない惨劇を黙って見ているわけにはいかない。




