十七話 (視点ナサン)
「リネン……?覚悟……?」眉をひそめていると、イゴールは一瞬、言葉を探すように視線を彷徨わせてから、俺の目を見た。
「バプタイズが、何がどうあるべきか……バプタイズがどうして危険も承知でこの国に来たのか……何のためにバプタイズが生きているのか……その全部だ。」と答えると、話をつづけた。
「当然、バプタイズが大魔法使いと知ったときは驚いた。
それは恐怖でもあり、嫌悪でもあり――そして、否定しきれない敬意でもあった。
王家に仕えた天才機械技師……その正体は、王国では忌み嫌われる魔法使いの中の頂点なんだからな。
でも私は告発しなかった。どうして王国に来たのかが気になった、ただの興味本位からだ――少なくとも、そのときの私はそう思っていた。」そう言って息を吐く。
「……その、じいさんはどうして、どうしてこの国に来てた?」どうにかして絞り出した声は上ずっていた。それでも、聞かなければじいさんが死んだ理由は聞けないと思った。
「……王国、そして帝国。その両国を正しい形にするため。」イゴールは少し険しい顔で答えた。
「正しい、形……?」クィムも呆然として呟く。
イゴールは頷くと、マルセラのほうを見て「マルセラ、帝国はどんなところだ?」と聞いた。
どうしてマルセラに?と思って俺もクィムもマルセラを見ると、マルセラは体をピクリとさせてから俯いて「あ……その、私ね?帝国の子爵の娘だったの……。」と答える。
「子爵家の娘……ではなぜ王国のこの劇団に?」クィムも不思議そうにマルセラを見ていると、マルセラは少し頭を振ってから。
「知ってるかわかんないけどさ、帝国ってすっごい身分の差ってやつに厳しいの。私もこれでも、向こうで暮らしてた時は婚約者ってのがいたの……えーっと結婚を約束した相手?って言ってもお父様とかお母様が勝手に選んできた人なんだけどさ。
女は早く結婚して家を守るのが幸せなのよ~とか、勉強よりもいいお相手と結婚するための教養を身につけなさいってそればっかり言われてて……でも私、帝国のオペラで見たバレエが大好きだったし、
馬に乗って走り回りたいし、商団を仕切ってたお父様のことを手伝いたくて――
でも、そんなこと許してくれない。
“女には読み書きも算学も不要だ!”ってお父様に怒られたし、婚約者にも“その活発な性格をどうにかしろ、婚約者である俺を立てろ”とか言われてむかついて……その、婚約者の顔をぶん殴っちゃって……。」と徐々に声が小さくなる。
隣にいたガブリエルも「お前……なんていうか、たくましいな……」と疲れた顔でマルセラを見ている。
マルセラはガブリエルから目をそらして「ガブリエラにはそんな一面見せたくなかったから……酒場では私、おしとやかにしてたでしょ!?」と顔を赤くする。
「だから浮いてたんだろうが……それから、ガブリエルな。俺――」ガブリエルはやれやれといった顔をする。
「まあ、私はそれで実家から縁を切られて追い出されたの!とりあえず王国に入ってみたら、運よく団長が拾ってくれて、見習い団員として入れてくれたってわけ。
なんだかんだあって、バレエも教わることできたし、団長が読み書きとか教えてくれて、簡単な本なら読めるようになったってわけ。」そう言うとマルセラは吹っ切れたような顔をしている。
「それとね……?」とマルセラは真剣な顔をした。
「帝国って王国と違って機械がほとんどなくて、だからお父様も商団で結構いろんな国から食べ物とか輸入してたの。
帝国で魔法使いが作ってる魔石とか、あとは帝国で仕立てた服とかと引き換えにほかの国から食べ物をもらうっていう感じ?
だから自分の国で育ってる野菜とかそういうのほとんど手に入らなくて……王国は機械があるから、畑にひいてきた国境沿いの川の水もきれいにできるけど、帝国は魔法を使ってもきれいにならないからさ……」そう言うとイゴールは足を組みなおして続けた。
「バプタイズがしたかったことは、その国境沿いの川をきれいにすることだ。
国境沿いの川は、王国からは機械による廃棄物が流れ出ている。そして、帝国からは魔法残滓が流れているんだ。だから、魔法使いがどんなに頑張ったって、魔法で水はきれいにならない。故に、作物も帝国で育てることはできない。
おまけにあの川には……55年も続いた戦争のせいで、そのまま放置されてしまった死体や……毒でも汚れている水域がある。」イゴールはそう言うと俯いた。
でも、一緒に住んでいた時は川のことなんか気にしているそぶりはなかった。
住んでた家は確かに国境沿いの川に近い地域にあった。でも、じいさんが川に行ってる日なんて思い返しても記憶がない。
クィムは少し考えながら「ですが、川が綺麗になるとなぜ両国が正しい形というものになるんでしょう?」と聞いた。確かに、俺もそこが疑問だ。川が綺麗になるだけでそう簡単に解決するのか?
イゴールは顔を上げる。「ガブリエル、ナサン、この国……いや壁の街はどんなところだ?」俺とガブリエルを見てそう聞いてきた。




