十四話 (視点クィム)
片付けを終えてようやく、私は使用人がいなければ、日常生活すらままならない人間なのだと思い知らされた。
重なった皿もうまく運べず、布巾で拭けば汚れを広げてしまう。
ガブリエル殿に注意されてばかりだった。
「おいクィム、もしかしてお前……」
ガブリエル殿が口を開いた瞬間、正直、まずいと思った。
返事をする前に、背中の筋肉が勝手に固まるのが分かった。ナサン殿も緊張した面持ちになり口を開こうとするも、ガブリエル殿は「手、どこか痛めてないか?」と続けた。
「……え?いや、そんなことはない……と思います。」とあいまいに返すことしかできず、ガブリエル殿も不思議そうに「え?なんでそんな曖昧なんだよ……まぁいいけど、余計悪くなる前に言えよ?この街じゃ医者だって安くないし、腕がいい医者は余計にな……お前も分かんだろ?」そう言って道具を片付ける。
その言葉のどれもが正しくて、だからこそ、何一つ答えられなかった。
「よし、片付けも終わったし、行くぞ!作戦開始だ!」とガブリエル殿は意気揚々といった具合に出入り口に向かった。
そんな彼を追いかけるように店を出る前、ナサン殿は小声で「あいつ、鋭いんだか鈍いんだかわっかんねぇの……。」とやれやれと呟いていた。
「待たせたな、話はテントで……だったか?」揃ったところで出発することになった。
テントに向かう途中、マルセラという女性はずっとガブリエルに話しかけていたが一方で劇団長だという男性は終始無言だった。だからというわけではないが、劇団長……イゴールに対して何か違和感を覚えた。
謎の威圧感、挙動、彼の何が私に違和感を覚えさせるのか……妙に自分の心臓の音がうるさいような気がする。
胸騒ぎの理由も、違和感の正体も分からないまま劇団のテントについてしまった。テントが楽屋代わりになっているらしい。
そしてテントに入ると劇団長は帽子をとった。その時に鏡越しに見えてしまった目の色……そこですべてが合点がいった。私はすかさず口を開いた。
逃げられないと分かっていた。
けれど、それ以上に——確かめずにはいられなかった。
「……やはり、どうしてここに……?」 劇団長はピクリと反応した。彼はゆっくりとこちらに振り向く。
「……は?お前、急にどうした?」 ナサン殿はこちらを見ながら戸惑っていた。突然こんなことを言い出せば全員を混乱させることはわかっていたが、ここで言わなければうやむやになってしまう気がした。
己の緊張を落ち着かせるため、呼吸を整えてから続けた。「……歩き方が、ずっと不思議でした。」首をかしげながらマルセラ殿は「え?歩き方?私のこと……?」 と困った顔を見せたが、私は急いで首を振る。
「いいえ!劇団長殿の方です。まるで、上級貴族の教育を受けたかのような歩き方でしたから。
上半身がほとんど動かない歩き方、尚且つ混雑の中でも歩幅を崩さずに、人を避けるのではなく、自然と人が道を空けていく歩き方でした。
人混みの中で、あんな歩き方をする人間を、私は壁の街で一人として見たことがありません。
見覚えがあるとすれば——城の中だけです。
…そして今、鏡越しに仮面の中の瞳の色が見えて、確信しました。 イゴール……ではなく、イグナシオ・ラミエル・ド・アレンカール殿下……ですね?」驚いたのか、仮面越しの目が見開かれた。 その名を、口に出してしまえば後戻りはできない。
「はぁ!?そいつって、壁の街でも噂になってた消えた王弟とやらの名前だろ?」 ガブリエル殿も信じられないといったような反応を見せる。
「えぇ……正直信じ難いですが……」それに私だって、こんな初対面は望んでいなかった。
劇団長はため息をつき、そしてゆっくりと仮面を外した。
「……もうその名は捨てました。今の私はただのイゴールです……。
そう言うあなたこそ、どうしてここにいるのでしょうか?
クィム・フェルナンド・アウグスト・デ・アレンカール殿下」
そこには、王国の民に絶大な人気を誇る劇団、レロフ・デ・スエニョスの劇団長イゴール……ではなく、陛下にも義兄にもそっくりな、鋭くまるでオオカミのような琥珀色の目をした王弟殿下が立っていた。




