十一話 (視点ナサン)
ようやく音がやみ、店主が中へ入ったのを確認したのかガブリエルはよろよろと立ち上がった。
「いるんだろ……?そろそろ出てきても平気だ……。」とかすれた声で俺たちを呼んだ。
俺とクィムはゆっくりと物陰から姿を出すと、髪の毛がぼさぼさになりドレスから出ているところは怪我をしてはいないものの、ボロボロになったガブリエルが目に飛び込んできた。
クィムはよほど怖かったのか目をそらした。ああいう親は壁の街では珍しくない、だからもし見かけたとしても面倒ごとを避けるために誰も助けない。
それでもこんな中心街に近いようなところにもあんなのがいるっていうのには少し驚いた……。いや、俺のほうが平気でいることのほうが、たぶん異常なんだろうな……。
「……少ししたら落ち着くからさ、とりあえずお前たちが調べてること……まあ聞かせてくれ。」とガブリエルは壁に寄り掛かるようにして座った。
俺たちがここまで来た経緯を話す、でも出来るだけクィムの生い立ちだとかは省く。クィムの正体がばれたらまためんどくさいことになるだろう。
「なるほどね……。つまり、ナサンの育ての親が残した何かを持ってる劇団長に会いたいから、まずはその劇団にスカウトされてる俺に会いに来たってわけ……。」よろよろと立ち上がったガブリエルは、少し考え込む。
「その劇団員、マルセラっていうんだ。Reloj de Sueños (レロフ・デ・スエニョス)って劇団のバレエダンサー。」と髪の毛を手櫛で直しながら教えてくれる。
「あの、ところでなぜ……、なぜスカウトを受けないのですか?」とクィムは気まずそうに聞いた。
ガブリエルはため息をつき「……。スカウトを受けたら、あの糞ジジイの元から逃げられるのに……って思ってんだろ?」と鼻で笑うと、クィムは狼狽える。
「いいんだよ、俺もそう思ってる。……俺だって、あの糞ジジイの元から逃げられるんなら今すぐにでも逃げ出してるさ。
でもさ……でも出来ねぇんだよ!」
突然の大声に、俺たちは体がびくりと震えた。
「血が繋がってるかもしれねぇ“親”に、
……俺が何の代わりに使われてたかなんて話が広まったらさ……。
俺……もうどこ行ったって歌えなくなるだろ!?
だから……だからここで、掃きだめみてぇな酒場で歌って生きてくしかねぇんだよ!!
慣れちまったらどうってことないんだから……きっと……。」ガブリエルは最後まで言い切れず、壁に背を預けたまま、声を殺して崩れ落ちた。
クィムは何か言いかけたものの、結局、唇を噛みしめたまま俯いた。
俺も、どう声をかけたらいいのかわからずに、ただ俯くしかなかった。
たぶん、俺たち二人は……今この街で最も残酷なことをしてしまっている。
それを理解していながら、俺は何も言えなかった。




