九話 (視点ナサン)
歓声の中、ステージから降りて近づいてきた歌姫は、「こっちに来い。」と俺とクィムをステージ裏に引っ張っていった。
「ガキがこんなとこで何やってる?」と目の前でドレス姿で腕を組みこちらを睨みつけてくる。叱るというより、何かを確かめるような視線だった。
「俺たちは……調べてることがあって、この酒場に来た。」と俺たちの目的を簡単には悟らせてはいけないと本能的に悟った。
「へぇ……調べもの、ねぇ?」そう言って鏡の前の椅子にどさっと座った。
「ステージの上からでも、こちらが見えていたんですね。」とクィムも慎重に様子をうかがっているようだ。
「むしろ、ステージの上からだから……よく見えたんだよ。
普段の客はさ、歌ってる俺たちを全身舐め回すみたいに見る。
だから最初は、厄介事を持ち込む連中かと思った。
だけどお前たちはそうじゃなかった。なんならガキだし変に目立ってたから気になっただけ。」
そう答える歌姫を見て、俺は違和感を覚えた。
声と仕草が、舞台の上とは違う。ふと、そんな違和感が胸に引っかかった。
「お前、もしかして……。」
そう言い終わる前に、歌姫は小さく息を吐いて頷いた。
「そうだよ……俺、ステージじゃガブリエラって名前だけど、本当はガブリエル。」
そう言って俺たちを見やり、ソファーを指さした。座れ、ということらしい。
「この見た目と声だから、店主のジジイの趣味でこんなかっこで歌ってんの。」と水を飲んだ。
少しの沈黙の後、クィムが切り出した。
「あの、何がきっかけでこの酒場で歌っているんでしょう?」クィムも何から聞けばいいのかわからないらしい。
ガブリエルは中性的な見た目と声をしている。年齢は俺と同じくらいに見えるが、貧民街育ちは自分の誕生日も年齢も分からない奴らばかりだ。
「俺の母さんらしい人は娼館の娼婦でさ、多分店主のジジイが買ったんだろうけど。俺を生んですぐ死んだんだってさ、だからあのジジイに引き取られて、今ここでこんなかっこで歌ってる」
ガブリエルは、何でもないことのように答えた。この街に生まれた人間の中ではまだ恵まれている方だ、その辺の路地に捨てられるガキも多くいる。俺は捨てられた方だ。
「劇団にスカウトされてるんだろ?受けないのか?」と聞いてみたが、ガブリエルは俯いた。
「行きたいよ、自分の力が試せるならどんなところにだって。……でも。」と口をつぐんだ。
「ここじゃ話せないのか?」と聞いてみるとガブリエルは頷いた。
「もうステージに戻らないといけない、そこの通路から裏口に出ろ。」とガブリエルは立ち上がる。
クィムは慌てて立ち上がって何か言おうとしたが、ガブリエルはそれを止めるように首を振った。
「焦るな、裏口から出たら物陰に隠れてろ。調べてることはそのあと聞いてやる。」と言い残してステージに戻っていった。
ガブリエラの歌声が少しだけ聞こえてくるのを背に、俺たちは静かに裏口へと進んでいった。




