私に点数なんていりません。
とある王城での舞踏会。
そこには羨望のまなざしを受ける美しい兄妹がいた。
「リオーダン侯爵令嬢であるローザ様に比べたら、君は大体七十点と言ったところだな」
そのうちの一人と比較して婚約者のローレンスにそう言われてシャロンは、驚きはしなかったが、あまりに渋い数字に少しがっくり来てしまった。
「七十点ですか、それはまた厳しい数字ですね」
持っていた飲み物をテーブルに置いてシャロンは隣に座っていたローレンスをのぞき込んで彼に言う。
彼はこうしてよく、シャロンに点数をつけるのだ。
しかしその点数がいつもよりも低く感じて問いかける。
「……そうだな。何故こんな点数か聞きたいか?」
「はい、それはもちろん次にいかすために」
「ははっ、良いだろう。教えてやる。……というか、君はあからさますぎるんだ」
そうして彼は厳しい表情でシャロンのドレスをびしっと指さした。
その様子に周りにいた同年代の貴族たちの視線も集まる。
彼らは「まぁ確かにね」「ローザ様に比べたら誰でも劣るよな」「それなのに同じ土俵で戦うなんてねぇ」と口々に告げる。
彼らもシャロンの装いを見て納得し、やっぱりホールの中央で踊っているリオーダン侯爵家の兄弟の方へと視線をやった。
「たしかにローザ様のように美しくなって私の隣に並ぶのに申し分ない女性になれとは言ったが、だからと言ってまったく同じドレスを仕立ててくる奴があるか」
「……」
「それに今日あの方が着るドレスをどうやって知ったんだ?」
シャロンは聞かれて、ただ単にローザに聞いてそうしただけであると返そうと思った。
それもこれもローレンスが彼女を引き合いに出して点数をつけるのでそれならばまったく装いをすればいいだろうと考えただけだ。
そしてシャロンは気軽に『次の舞踏会どんなドレスを着るんですかー?』と聞いて、お揃いを仕立てただけである。
ただ、それを口にしようとしてハッとしてから、口を閉じた。
シャロンはローザと普通に仲がいい、それは領地が近く幼いころからの付き合いという理由がある。
しかし王都の方へとやってきてから、陰で文句を言われることが増えたのだ。
なにかと話題の中心にいて、美しい彼らのそばにアホっぽいシャロンがいると付きまとって彼らの世界観を壊しているように見えるらしい。
彼らとは友人でと説明しても、思い上がりも甚だしいと軽蔑される。
なので、ローザに迷惑をかけないように、公の場では関係がないように振る舞うし、仲がいいことも伏せている。
「……勘ですね」
なので適当にシャロンは勘の鋭そうなきりりとした顔をしてローレンスに返す。
するとローレンスは「は?」と苛立った声で言った。
ふざけていると思ったのか軽蔑するような目線を送ってくるが、ため息を一つついてから切り替えた。
「まぁいい、だとしても、これじゃあ君は道化と同じだ。君はローザ様のように美しい金髪も、紺碧の瞳もないし、体だってストンとしていてなんの魅力も感じない」
「……」
「地味な黒髪に、威圧感だけはある金の目、そんな君があの美しい女性と同じ服を着てなんの意味がある」
「あら酷い」
「でも、たしかに事実だな」
話半分にシャロンたちの会話を聞いていた同世代の貴族たちは同意したり、感想を述べたりする。
「似合ってないんだよ、絶望的に。まぁでも、ローザ様の好むドレスだ。一定の美しさがあることは認めよう。それ以外はてんでダメだな。魅力のみの字もないし」
彼は頬杖をついて、シャロンのことを上から下まで舐めるように見つめて次から次にダメなところをあげつらう。
「更に笑った顔なんてもっとダメだな。君は笑うと馬鹿が露見する。間抜けに見えるんだ。もっと儚く女性らしく振る舞ってくれないと、到底可愛くなんて思えない」
「ふむ。儚い笑みですね」
「仕草も顔も、髪も目も、何もかも君は、どうしようもなくローザ嬢に劣っている。もっとその自覚を持って、高得点を目指して頑張ってくれ」
「そうですね」
彼は最終的にシャロンのほとんどを否定した。
そしてローザと比較するのにローザの真似をするだけではダメで、ともかく高得点を取れるように頑張れと投げやりなアドバイスを終えた。
それらは一見すれば、酷い言葉のように聞こえるが、シャロンはそんなことで傷ついたりはしないのだ。
きっと、彼はシャロンがいつか百点を取れると思って悪いところを口にしているはずだ。
それで美しくなれたらシャロンだって万々歳であり、彼なりの思いやりでこうしていると信じている。
だから今日も、屋敷に帰ってからとりあえず鏡の前で儚い笑みの浮かべ方を練習したのだった。
シャロンは儚い笑みを習得したことには習得したが、ほかに当てがなかった。
この際ならローザにこの話をして素敵な衣装を見立ててもらうのはどうだろうかと思い立った。
もちろん報酬はきちんと用意する必要があるだろうと考えて、彼女の好みそうなアロマやら石鹸やらを持ってリオーダン侯爵邸に向かった。
そしてすべての事情を話し終わると彼女はぶるぶると震え出してこういった。
「シャロンはいつだって百点よ!! 今すぐその男をここに連れてきなさいこのわたくしがどういことか直接問い詰めてやりますわ!」
さあ早く今すぐに、と視線を向けてくるローザにシャロンは、「ま、まあまあ落ち着いて」となんとかなだめようとする。
しかし彼女は「落ち着いてなんていられないわ!」とすぐに切り返す。
「だってっ、こんな侮辱ってある? 婚約者に対して、そんな酷いことどうしてできるっていうの? 許せないっ」
「そ、そうですか? 良かれと思っての指摘だと私は考えているのですが」
「良かれと思ったとしても、他人に点数をつけるなんてそんなこと、いったいどんな権利があってしているっていうのかしら!」
ぎゅっと拳を握って彼女は何とか堪えようとしつつも、言葉を続ける。
「そんな偉そうなことを言って、いくらシャロンが真面目で素直だからって侮っているのよ、馬鹿にしているのよっ、本っ当に許せませんの!」
「……そんなに、怒るようなことでしょうか。ローザ」
「怒るどころか絶縁するレベルのことですわ!」
彼女の手を取って、シャロンは優しい友人をなだめるように目を合わせながらゆっくりと問いかける。
すると食い気味に彼女は否定して、その顔をぐっと歪ませる。
大きな紺碧の瞳が苦痛に歪むと、驚くぐらい胸が痛んで、シャロンはやっぱり彼女の魅力はとても大きなものだと思う。
その魅力のとりこになって、ついつい比べてしまったり、彼女のようになりたいと願う人がいることだって決して悪いことでは無いと思う。
「……それに、あなたはわたくしの大切な友人よ。比べたりなんてしたくないしさせたくもないのよ。わかるでしょう」
きゅっと手が握り返されて、シャロンは彼女の言葉に深く頷いた。
ローザはあまり友人が多くない。
誰だって声をかければ喜ぶけれども、それと同時にどす黒く複雑な感情を抱かれて関係が崩壊することがめっぽう多いのだ。
だからこそ敏感になっているのかもしれない。
そんな彼女に助言をもらいたいからと言って、安直に話をしてしまったシャロンも良くなかった。
……今度からは気をつけないといけませんね。
そう考えつつも、彼女に返す。
「そうですね。わかります。でも私は比べられても気にしません。ただ今回は婚約者の評価ですし、それにわざわざ言ってくるということは、改善の余地があるということだと思うんです」
「……」
「だからこそ、私もより良い自分を目指したい。そう思うんですよ。ローザ」
点数をつけるという行為を人前でするローレンスの言動は、あまり良いものではないし、怒る人がいるのもうなづける。
けれども、シャロンはそれで傷ついていない。むしろ言ってくれたのならば治せるのだろうし治したいと思うのだ。
……実際私、外見に興味が無さ過ぎて、侍女に怒られることもあるぐらいですから。
だからこそ手を尽くしたいと思った。
その気持ちが純粋に伝わるといいと思ってローザを見つめる。
すると彼女は勢いを失って、けれども不服そうな顔をしたまま拗ねたような声で「仕方ないわね」と静かに言う。
「ありがとうございます。ローザ」
「でも……一つ、条件があるわ」
「条件、ですか」
「ええ、そうよ。その男がもし、本当にあなたのために言っているなら……自身もあなたからの評価や指摘を受けたら真面目に取り組むはずじゃないかしら」
彼女は人差し指を頬に当てて、うっとりしてしまうほど美しい笑みを浮かべる。
はかなげではなかったけれどつい魅了されてしまって、たまらず頷く。
「そうですね」
「なら、あなたも同じように、彼と比べ物にならないほど美しいものと比べて点数をつけてあげて?」
「……」
言われてシャロンはさすがにそれは、相手に酷だし酷い行いだろうと思った。
しかし否定できない。自分がそれをされて相手をかばっているのだからそんなことは言えない。
「ね? 当たり前よね、そんなこと。できるでしょう? シャロン」
問いかけつつも彼女はシャロンの頬に触れて、煽るように言う。しっとりとした素肌が頬を撫でて、少し困ったことになったと思った。
「……でもその、比べると言っても生憎、私は美醜には、あまり……」
敏感な方ではない。そう答えようとしたとき、ローザの部屋の扉が開いて、彼女と同じだけ美しい兄のブルースが扉から顔を出した。
……タイミングが、良いというか、悪いというか……。
「なんだ、シャロン、来ていたんだ。ようこそ、久しぶりだね。ローザ、なぜ私に言ってくれなかったんだ?」
「あら、”わたくしの”友人が来ることをどうして兄に報告する必要があるのかしら」
「”私にとっても”シャロンは大切な友人なんだけれど」
「どうかしら、シャロンは同性のわたくしのことを一番の友人と思ていましてよ」
「そ、それはっ……シャロン、私は一番の異性の友人ということでも問題ないかな?」
彼はかつかつとテーブルのそばまでやってきて、ローザの言葉に必死になって応戦するが、彼はいつも分が悪い。
「二人とも、私の大事な友人です。優劣はつけません」
「でも、わたくしとは月に一回はお茶会をする」
「間違ってはいませんね」
「私とだって……手紙のやり取りは多くしているし、そうだ。シャロン、以前話をしていた婚約者のことはどうだったかな? ローザも私も使っている仕立て屋には君にきちんと似合うように伝えたし、遠目でしか見ることができなかったけれど、とても華やかで素敵だった」
ブルースは、先日の舞踏会のことを引き合いに出したが、丁度その婚約者の話題で、たった今、次の舞踏会でシャロンがやることが決まったところである。
「その節はありがとうございました」
「そうよ。ともかく、シャロン。丁度いい人がここにいるでしょう」
「……はい」
「なんの話をしているんだい」
「お兄さまはいいから黙っていて」
首をかしげるブルースの手を取ってグイっと引っ張り、ローザは勝ち気な笑みを浮かべた。
「この人と比べてあげたらいいわ。私と似て顔だけはいいんだもの」
「……酷い言い草じゃないか」
「本当のことですわ」
そうして二人が傍によると、見目麗しく陰ながら二人を見守る人間が山ほどいるのも納得の光景だった。
そしてシャロンはローザの言葉に、渋々ながらも俯いた。
たしかに彼女の言葉は間違ってないし、自分が言うからにはローレンスだってそうされても怒ることはできないはずだと思ったのだった。
ローザが選んだドレスは深紅のドレスで、装飾が少なくスカートもあまり広がっていないものだった。
しかし彼女が選んだとあって、シャロンにとてもよく似合った。
金の刺繍が使われていて、下ろした黒檀のような髪はつややかで、シンプルゆえに上品な美しさを醸し出していた。
さらに儚く笑みを浮かべれば、これはローザには及ばなくとも、百点を取れるのではないかとシャロンは思った。
しかし屋敷に迎えに来た時からローレンスはシャロンと口を利くことはなく、なんだか傷ついたような顔をしていた。
エスコートはしてくれるけれど、すぐに手を離して彼の友人の貴族たちといつもの席に座る。
すると彼はさらに機嫌が悪くなったようで、眉間にしわを寄せてそっぽを向いた。
そんな彼のことなど気にせずに同世代の貴族たちは、シャロンに口々に言った。
「見違えましたわ。シャロン様」
「ええ、それはもう。まさかこんな資質があっただなんて」
「深い色合いのドレスがとてもよく似合っているね」
彼らの言葉にシャロンは、あまり反応できなかった。
このドレスは落ち着いた顔をしていたらよく似合うのだが、普段のシャロンで接すると台無しだ。
「あ、ありがとうございます」
だからこそ控えめに笑みを浮かべて、彼らの誉め言葉に嬉しくなってニマニマしないよう視線を逸らして返した。
彼らはシャロンのその様子に驚いてそれからさらに「ミステリアスな美人って感じね」「ドレスだけでなく雰囲気もガラリとかわったな」とまた口々に褒める。
雰囲気も変わったのはローザのせっかくならばお化粧もと言われて変えたせいだろう。
しかしそれを聞いていたローレンスは、さらに眉間の皺を濃くして、それから堪らないとばかりにこちらに視線を向ける。
「……はっ、少しイメチェンしたところで、所詮はシャロンだろ。馬鹿でアホっぽい喋り方をする間抜けだって事に変わりはない」
「……ローレンス」
「それどころか、偉そうで可愛げも一切ないし、鼻につく。こんなことになるなら先日の方がましだったな」
イラつきながら言う彼は、シャロンのことをなめるように見て、言葉を吐き捨てる。
しかしその言葉はまったくシャロンに響かない。
なんせとても見当違いだと思ったからだ。
彼の言葉はまったくもって正当な評価なんかじゃないし、それはただのいちゃもんのように思える。
「今日はゼロ点! ……ったく、本当に気分悪い。今日は近寄らないでくれ」
……ゼロ点なんかじゃありません。
彼の言葉にシャロンは反射的に思った。
いつだってシャロンのことを思ってくれている友人が真面目に選んでくれた服、それがゼロ点なんてそんなことあるはずがないだろう。
ローザにとってシャロンがいつも百点なら、シャロンにとっても彼女自身も彼女のやることなすことも全部百点だ。
それをこんな……こんな、自分本位の謂れのない悪意でゼロ点なんて言われる筋合いなんてどこにもない。
言うだけ言って逃げようとする彼の手をシャロンは掴んだ。
「な、なんだよ」
言いながら振り向くローレンスはシャロンのことを見つめて、少し恥じらったような、シャロンのことを意識している繊細な男の子みたいな反応をする。
それでやっとわかった。
彼はシャロンのことを、ただ馬鹿にして楽しんでいただけだったのだ。
馬鹿にして、自分のいうことを聞かせて、ひたすら下げて自分を気持ちよくしていただけだ。
だから、驚くようなイメチェンをしたシャロンに翻弄されて、少しは好意的に想ってそして、それに苛立って、嫌って許せないでいるのだ。
そんなただの小さな男だ。
「待ってください。今日は私からも、言いたいことがあるのです」
「は? なんだよ」
手を振り払って、問いかける彼に、シャロンは自分の直感を確認するためにローザの条件を行動に移す。
「いつも、私のために点数をつけてくださってありがとうございます。でも一方的では、悪いので、私の方からもあなたの点数をお教えしたいんです」
彼が口をはさむ前に、シャロンはビッに向けて指をさして、いつもの彼のように笑みを浮かべていった。
「五十点!」
「っ」
ローレンスは頬を引きつらせて、シャロンの指先を見つめた。
「そもそもあなたは私に点数をつけて自分の隣を歩くのにふさわしい女性になれと言いますが、あなた自身、リオーダン侯爵家のブルース様に比べて酷く劣っています」
「なっ」
「あの方は美しく、誰もが見惚れる人ではありますが、それにうぬぼれるだけではなく、体を鍛えていてがっしりとしているでしょう。そのおかげでローザ様の隣に並んだ時に顔つきは似ていてもとてもかっこよく見えるのです」
今日も二人で過ごしている彼らのことを示して、シャロンは周りの貴族たちの視線を誘導する。彼らは「たしかに」「そのとおりね!」と同意する。
「それに比べて、あなたは特別なにかしているというわけでもなく平凡で、顔の造詣は彼に比べて少々劣る程度ですが、私に点数をつけてあれこれという割に自分はいつも同じような衣装ばかり」
「言われてみればそうね」
「人に言う割にずぼらよね」
「一方ブルース様は、月に一度は、エスコートするローザ様と話し合って衣装を新しくして、並んだ時にどう見えるかを気にしつつ常に新しいものに気を配っています!」
純粋に外見を比べるだけではなく、シャロンはローレンスのパートナーとのかかわり方にも目を向けて点数をつけた理由を話す。
彼はシャロンにダメ出しをするばかりで、いつも自分のことは棚に上げて、衣装を共に選んでくれたことなんてなかった。
「さらに、ブルース様は物腰柔らかで人の衣装や顔や言動に駄目だししたりなんてしません。聞いてもいないのに勝手に人に点数をつけるあなたなんて……本当はゼロ点っ! と言いたいところですが!」
「……」
「これからの伸びしろを加味して五十点と言ったところです……どうですかあなたのためを思って言ってあげたんです。これからは私とともに、百点を取れるように努力していこうという気になりましたか?」
最後にシャロンは問いかけた。
彼はうつむいて、周りの貴族たちは、その様子に「あらあら」「まあまあ」とざわついている。
言葉も出ないほど腹を立てているその様子に、シャロンはやっぱりそうだったのかと思う。
……私のためだなんていいつつも、自分がされたら素直に受け入れることなんてできないんですね。
「……何様のつもりなんだ。シャロンのくせに……五十点だと、偉そうに……」
絞り出したような声が響いて、シャロンは追いうちのように彼に言った。
「その言葉、そっくりそのまま今までのあなたにお返ししますよ。何様のつもりで私にゼロ点だなんて言ったんですか」
するとその言葉にカチンときたのか彼は、ぐっと顔をあげて、「生意気なことをっ━━━━」と口走ってシャロンに向かって手を伸ばした。
突然のことに目をつむってシャロンは身をこわばらせたが、ふわりと背中に柔らかい感触がする。
それが背後から強く抱きしめられた感触だと気が付いた。
目を開くと、まずは間抜けに驚いたローレンスの顔が見えて、それから振り返るとシャロンのことを引き寄せて抱きしめていたのはローザだった。
少し前にはブルースがおり、とても真剣な顔つきだ。
「大丈夫かしら? シャロン」
「……ローザ」
「まったく、私たちの大切な友人に手をあげようとするなんていくら婚約者でも許されることじゃない」
つい先ほどまで雲の上の存在として比較していたブルースが目の前にいることによって令嬢たちが色めき立つ。
「ゆ、友人だと? こんなダサい間抜けな、お、女が?」
「……ダサい間抜けな女……?」
「恥を知らないのね、愚かしいわ」
「その通りだよ、ローザ。顔についているその二つの球は飾り物なんだろう。……シャロンは素直で優しくて、とても聡明な子だ」
「そうよ。もういい加減、我慢ならないわ。今までは遠くから見ていて満足していたけれど、もう、許せないもの」
彼らは勝手に話を進めていって、シャロンを間において、同世代の貴族たちに睨みつける様な視線を向けている。
「シャロンは、わたくしたちにとって、何より大切な親友よ。傷つける人がいたらタダじゃ、すまさないわ」
「そうだね。私からも忠告しておく。どんな理由でも、彼女に危害を加えたら許すことはない」
普段は朗らかなブルースですら、そうしてすごむと彼らは途端に青くなってもちろんだと首を縦に振る。
しかしそれに納得できないローレンスは、彼らの反応に舌打ちをする。
それから見方がいなくともキッとブルースを睨みつけて、威圧するように指をさしていった。
「だ、だとしても! それは私の婚約者で━━━━」
「婚約者だからと言って、彼女を傷つけていい理由にはならない」
「そんなの私の勝手のだろっ、おい、シャロン! こんな、こと卑怯━━━━」
「卑怯なものですか、むしろ、シャロンの真面目さを逆手にとって、侮辱していたあなたの方こそ卑怯よ」
ローレンスの言葉に返答をするのはシャロンではなくローザやブルースだった。
そんな状況にローレンスは、さらに醜く顔をゆがめて二人を怒鳴りつけた。
「君らには関係ないだろ!! 俺ら二人の関係だ!!」
「関係ある!」
「関係ありますわ!」
「っ」
ローザもシャロンの前に出て彼に詰め寄り、二人はものすごい剣幕で、ローレンスのことを睨み返して一歩も引かなかった。
「シャロンが結婚しても、子供を産んでもおばあちゃんになってもわたくしどこまでも親友ですもの。一生関係無関係になんてなりませんもの」
「私も同じだ、どこまでだってシャロンが幸せでなければ口を出すし、どこまででも干渉する。そんなの当然のことじゃないか」
「っ……っ、な、なんなんだよっ」
あんまりに過保護でそして、気迫あふれる彼らの言葉に、ローレンスはたじたじになって意味が分からないとばかりに吐き捨てる。
それから必死になって、彼らを遠ざけようとしたが、二人はまったくもって引くことはなく、シャロンはあまりの熱量に苦笑したのだった。
二人にあそこまで言われて、シャロンは自分のことをないがしろにするローレンスとの関係を続けるつもりはなかった。
助けてもらう形にはなったが、自分でも動かなければ彼らにたよりきりになってしまう。
だからこそ決断して、婚約解消を申し込むと、案外あっさりと受け入れられてシャロンは少し意外に思った。
ローレンスはすっかりやつれていて、しおらしくあれ以降、自分の話が多くの人に知れ渡っていることにそうとう応えているらしい。
あれだけ注目を集めていたのだから、なにかあったかぐらいすぐに広まるし、ローザとブルースと関わってしまったことが運のつきだろう。
そうしてフリーの身になったシャロンだが、二人が公の場で交友関係を明らかにしたことによって、付きまとっていると思われたり、文句を言われることもなくなった。
これからは人目につくところでも一緒にいることができるようになったのだ。
それについてとても嬉しく思いつつ、足しげくリオーダン侯爵家に顔を出していた。
基本的に競い合うようにして、シャロンのことを取り合っていたローザとブルースだったが、婚約解消を伝えると少し態度が変わった。
ローザにブルースと二人きりで出かけてくるようにと言われて、シャロンは彼と王城の城下町にやってきた。
「疲れていないですかブルース。せっかくならローザも一緒に来ればよかったのに、用事があるなんて残念ですね」
彼の隣を歩きながら、シャロンは問いかけた。
少し人が多いが、ブルースはローザを華麗にエスコートできるぐらい身長が高いので見失うことはない。
そしてローザは今日は予定があって一緒には来られなかった。
しかし最近どうにも、ローザとブルースの二人から隠し事があるような気配を感じているシャロンだが、それについてはあまり気にしていなかった。
「私だけでは不満かな、シャロン。これでも君を楽しませたいと思ってるんだ」
「いいえ、そういうわけではありませんよ。ただ、せっかくならと思っただけです。ブルースと二人で街を見て回るのも楽しいです」
「よかったよ」
彼は女の子がとろけてしまうようなハンサムな笑みを浮かべて、シャロンに対応してくれるが、これは通常運転であり、何も特別なことなどない。
それにシャロン自身も、顔のよく似たローザとよく遊ぶのであまりの美しさに目がくらんでしまうようなこともなかった。
しばらく進むと、焼き菓子の屋台が出ており、たくさんのクリームが乗せられて販売されていた。
甘い匂いにシャロンが視線を奪われていると、彼は「私も食べてみたいから」と言って二人で並んで購入した。
紙に包まれたそれは案外大きく、シャロンはその焼き菓子を見つめてどこから食べようかとぐるぐると回していた。
ちらりとブルースを見るとぱっと口を開いて、一口。
二口、三口めで口の中に放り込むと、お菓子は簡単に消えてしまう。
……。
なんだかその様子が、とても不思議でつい見入ってしまった。
シャロンともローザとも違う大きな一口に、喉仏が上下してごくりと嚥下する。
その様に妙に男らしさを感じてしまって、なんとなく黙った。
「……」
「うん。クリームがたっぷり甘くておいしい。食べないの?」
「……食べますよ」
「ああでも、君の小さな口には少し大きいかも」
言われて、シャロンはぐっと唇を引き結んだ。
……ブルースってこんなでしたっけ。
婚約者ができたからと距離を置いていた期間が長かったので、成長した彼をへんに意識してしまっているような気がする。
顔についてはローザに似ていて美しいなと思う感想だけを抱くことができるのに、些細な仕草や、男性らしい行動につい心がざわついてしまう。
高い背も、お菓子を片手で持てる大きな手も、不思議と目が言ってついつい意識してそわそわするのだ。
落ち着かないような、でも話をしていて一緒にいるのは嬉しく思って。
難しくて、友人に抱くような感情ではない気持ちが顔を出してしまう。
…………やっぱりローザも来てくれればよかったんです。
そうしたら三人で、仲良くあれこれと話ができたと思う。
けれども彼女は今はそばにいなくて、シャロンは困りながらも黙々と焼き菓子を食べた。
たしかに甘くてクリームがたっぷりだったけれど、シャロンには大きかった。
それでもごくりと飲み込んでほっと一息つくと、彼はおもむろに近づいてきてシャロンの頬をぬぐう。
比較的近くに寄ったその顔は、とても煌めいていて、シャロンでなければ造形美に鼻血が出てもおかしくないほどだった。
「……クリームがついているよ」
「……」
「……」
「……? はい、すみません。お見苦しい所をお見せしました」
ハンケチで頬をぬぐった彼は、しばらくその位置でシャロンのことを見つめたが、それについてはシャロンはあまり気にならなかった。
むしろ、先程の彼にドキリとした気持ちはスッと覚めて、ニコリとした笑みを浮かべられる。
ローザと似ていていてやっぱり美しい顔だなとシャロンは思ったのだった。
シャロンがケロッとしていると、ブルースは思案顔になって、またお互いに歩き出す。そうして何度か、二人でのお出かけを重ねたのだった。
しばらくすると珍しく三人でのお茶会に招待された。
そして彼らはとても微妙な顔をしていて、そして唐突にローザがシャロンに言った。
「……お兄さまが不甲斐ないからもう、わたくしが直接言いますわ」
「不甲斐ないとか言わないでくれって、私だって精一杯の努力をした」
「でも、まったくダメだったのでしょう。お兄さまったら本当に頼りにならないんですもの」
「たしかに、成果を出せなかったのは事実だ。それは認める、でも待って、流石に君から言うのはおかしい」
ローザの言葉にブルースは、彼女を制止して、ちらりとシャロンに視線を向ける。
シャロンが首をかしげると、少し目を見開いてそれから、少し頬を染めた。
「じゃあ、お兄さまが言ったらいいわ。とにかく、シャロンは可愛いからこうなったら一か八かでも、行動を起こすべきよ。横取りされたらどうしてくれるんですの」
「わかってるって、でも慎重になるのもわかってほしい。……だって振られたら、もう彼女と今までのようには過ごせないんだし」
「知らないわよ。大体、わたくしに助言を求めたって限度がありますわ。わたくしもあなたも、誰かに特別好かれようとなんてしたことがないのだものっ」
「それも、わかってるってっ」
彼らは二人して深刻そうな顔をして、仲たがいをし始める。
とても困っていてお互いに、慎重に失敗しないように何事かをすすめたいと思っている様子だ。
しかしさすがのシャロンでも彼らの思惑を察することができる。
……うぬぼれだったら恥ずかしいですが……これは……うーん。
彼らはきっとシャロンに、ブルースと良い仲になってほしいのではないだろうか。
そう考えると今までの二人の行動に合点がいって、シャロンはあれもこれもそれが理由かと考える。
今までのお出かけも、その時の行動も、彼らが必死で考えてシャロンを手に入れようと画策していたゆえの行動だったと思えば納得だった。
「……どうしますの。こんなことを言ってしまって。どうするって言うのよ!? さすがにシャロンだって察したわよっ。もう、わたくしが言おうかしら」
「だから待ってくれって……シャ、シャロン」
「はい」
彼らは、ちらりとシャロンのことを見て、それから完全に今までの話をきちんと聞いて察しているシャロンに、困り果てる。
しかし、ブルースはやっと表情を切り替える。
一瞬の間に身目麗しい余裕たっぷりの二人に戻っていて、シャロンはブルースの呼びかけに返事をする。
「……私は、シャロン」
「はい」
「幼いころから、君と接してきて……シャロン」
「はい」
「最初は妹の友人と思っていたけれどいつの間にか……愛おしい友人と思っていて………………」
「お兄さま、男気を見せてくださいませっ。胸を張ってシャロンの隣を占領したいのでしょう!」
言えば言うほどブルースは、言葉に詰まって、話はなかなか先に進まない。
ブルースを応援するようにローザが言ったが「それでもちろん、お兄さまがいない方の隣はわたくしが占領しますわ」と彼女は付け加えて、シャロンのことを満面の笑みで見つめる。
「……そして、気が付けば、君はほかには代えがたい特別な存在だった。妹と張り合ってしまうぐらいには、君のことをとても強く思っている、シャロン」
「はい」
「私と、お付き合いしてほしい」
やっと彼は告白して、それはとても直球な言葉でシャロンは初めて言われた言葉だった。
胸が高鳴って、想像していたのに彼の強い好意がその瞳からジワリと伝わってくる。
許可を乞うように見つめてくる視線も表情もとても絵になっていて、心が奪われる。
しかし、それはシャロンにローザが時折向ける独占欲と同じようなもので、シャロンにとっては顔だけでくらりときて了承してしまうようなほどではない。
けれどもそれ以上に、彼の瞳に宿っている熱だけはローザとも違う。
シャロンを望んで、慣れないながらもアプローチをかけて、必死になってくれた事。
何よりこんなに美しいローザという妹がそばに居ながらもシャロンを彼は一番強く望んでくれた。
それはきっとローザが言ってくれたように、彼はシャロンをいつだって百点だと思ってくれたからだろうか。
……いいえ、違いますね。点数なんてどうでもいい、皆、点数なんてつけられない。違う方向に誰かの一番です。
その一番をブルースはシャロンにくれた。
それがうれしくて、シャロンはもちろん、了承の返事をしたのだった。
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