1.プロローグ
《私はサポートシステムです。貴方は、ゲーム〝フェリーチェ・グローボ〟の世界に、悪役貴族〝ヴィラゴ・フォン・テンドガリア〟として転生しました。今後は様々な破滅フラグが襲い掛かってくるので、回避して下さい》
〝フェリーチェ・グローボ〟かぁ。
有名なゲームだから勿論知ってるけど、プレイしたことはないなぁ。
脳内に響いた女性っぽい機械音声で意識が覚醒しつつ、そんなことをぼんやりと思いながら辺りを見回すと、僕は高級感漂う、しかしどこか古めかしい西洋風のダイニングルームにいた。
「え、えっと、坊ちゃま。ほ、本日の朝食です」
メイド服に身を包んだ美少女が、目の前のテーブルに、美味しそうな食事を次々と並べていく。
そうだ。僕は、街中で見掛けた小っちゃい子を庇って車に轢かれて死んだんだ。
でも、優しい女神さまのおかげで、転生出来た。
しかも、七つも固有スキルを貰えて、更に、素敵なプレゼントも貰えた。
あ、あった。これこれ。
左手に握り締めていたのは、虹色の種だ。
『そうそう。これも授けるのじゃ。天使が出てくる深夜アニメを見ながら市販のピーナッツを食べておる時に、『やっぱり天使は穏やかなのが一番じゃな……って、かたっ!』って吐き出したら、これだったのじゃ。どうやら中に交じっていたようじゃ』
そう言って、女神さまがくれたもの。
大切にしなきゃ!
僕は、胸元の内ポケットに種をしまっておいた。
僕が死んだのも、破滅フラグだらけの悪役貴族に転生したのも、全部手違いだったみたいだけど、でも、転生したからには、ちゃんと〝悪役貴族〟を演じなきゃ!
でも、〝悪役〟って、どうすれば良いんだろう?
生前は平凡な家庭で生まれて、両親も愛情たっぷりで僕を育ててくれたから、悪役なんて全然分からない……
あ、そうだ!
以前ネットで見たことがある!
確か、「ぐへへ」って言って、悪の力に満ち溢れた、自信満々の不敵な笑みを浮かべたら、それっぽくなるんだった!
「ぐへへ」
僕の笑い声に、「ヒッ!」と、美少女メイドが怯えた声を上げた。
よし、大成功だ!
何だ、僕もちゃんと悪役が出来るじゃないか!
パリン
「あ!」
僕の悪役っぷりに動揺したのか、美少女メイドの手から皿が滑り落ちて、割れる。
顔面蒼白になる美少女メイド。
「も、申し訳ございません、坊ちゃま!」
涙を浮かべる彼女の名は、確かメメイだ。
うん、ちゃんと僕が転生する前のこの身体――〝ヴィラゴ〟の記憶も残ってて良かった。
そう言えば、僕はメイドや執事たちから〝暴言王〟と呼ばれていたんだったっけ。
じゃあ、これからも、そういう感じでいかないとね!
「い、今すぐ片付けますので! ど、どうかクビだけは! 何卒御慈悲を! もしこのお仕事をクビになったら、私はどこにも行き場が……!」
懇願しつつ、慌てて屈んで皿の破片に手を伸ばそうとするメメイを、僕は止めた。
「ぐへへ。待て」
「え? でも、急いで片付けないと――」
「このあんぽんたん!」
「あ、あんぽんたん!?」
「箒と塵取りを使え。もし怪我でもしたら、明日から俺様の世話は誰がするんだ? お前は、俺様専用のメイドとして一生こき使ってやるんだから、覚悟しておけ!」
「! ……わ、分かりました!」
驚愕に目を見開いた後、ペコリと頭を下げたメメイが箒と塵取りを取りに行く。
ふっふっふ。あまりの悪役っぷりに驚いたようだね。
こんなに上手くいくなんて、僕もビックリだよ!
その証拠に、執事長兼私兵団団長のワドスも目を丸くしている。
メメイが皿の片づけをしている間に、僕は優雅にデミグラスソースがたっぷり掛かった熱々のハンバーグを口許に運ぶ。
ん! これは!
「ぐへへ。ワドス。料理長を呼べ」
「はっ! かしこまりました」
料理長のフシェがやってきた。
「ぼ、坊ちゃま、お口に合いませんでしたでしょうか?」
長いコック帽が恐怖で震えている。
「フシェ。何て料理を出してくれたんだ!」
「も、申し訳ございません! 今すぐ全て作り直して――」
「このあんぽんたん!」
「あ、あんぽんたん!?」
「お前の料理は、美味し過ぎるんだよ!」
「………………はい?」
「こんなに美味しかったら、食べ過ぎてしまうじゃないか! 太ったらどうしてくれるんだ!」
「え? あの坊ちゃまが……私の料理を〝美味しい〟と!?」
呆然とするフシェは、ハッと正気に戻ると、慌ててテーブルに手を伸ばした。
「も、もっと地味な、あっさりした味のメニューの方が良かった、ということですよね? 作り直します!」
「いや、待て」
「え?」
「この程度の量、真の悪役貴族ならば、ちょっと運動すればカロリー消費出来る。そうすれば太ることもないだろう。今後も今まで通り、お前の美味な料理を毎日食わせろ! どれだけ苦労して作った料理だろうが、俺様が一瞬で全て喰らい尽くしてくれるわ!」
「か、かしこまりました!」
深々と頭を下げて、フシェが調理場へと戻っていく。
僕の悪役っぷりが素晴らし過ぎて、現実かどうかを疑ったのか、自分でほっぺたをつねって「いてっ!」と呟きながら。
ふっふっふ。
初日なのに、どうやら僕の悪役っぷりは完璧なようだ。
※―※―※
《元々病弱だった貴方の母親は、昨日病死しました。それがきっかけとなり、翌日つまり本日から貴方は更に荒れて、メイドたちに暴力を振るうようになり、更にはセクハラ、最終的には陵辱すらするようになります》
朝食後。
自室に戻ると、脳内でサポートシステムが教えてくれた。
「それが全部破滅フラグになって、恨まれて殺されるってことだね!」
《その通りです。加えて、平民でありながら奴隷商として成功して公爵家にまで上り詰めた貴方の父親の商売を手伝うようになったことで、勇者に目を付けられて、父親もろとも殺されます。最初の破滅イベントは三年後――貴方が十五歳になった頃に起こる予定です》
サポートシステムは、懇切丁寧だ。
「サポさん、教えてくれてありがとう!」
《サポさ――え? 私のことですか?》
「うん、サポートシステムだから、サポさん!」
《……別にどう呼ぼうが貴方の勝手ですが、『ありがとう』……とは? 何故、お礼を?》
「だって、僕のことを想って、色々教えてくれるから!」
《……変わった方ですね、貴方は。私が今まで出会った転生者たちは、『は!? 悪役貴族!?』『破滅フラグだと!?』『ふざけんなよ!』と、皆怒りをぶつけて来たのに……感謝されたのは初めてです……》
戸惑う声に、僕は小首を傾げる。
「え? そうなの? だって、そもそも死んじゃったらそこで終わりなんだよ? 折角もう一回生きるチャンスを貰ったんだから、それがどんな役割でも、頑張ってそれっぽく演じなきゃ!」
《……ですが、貴方の役目は悪役貴族です。悪役として振る舞えば、貴方は破滅してしまうんですよ? それで良いのですか? 〝悪役〟とは正反対の行動を取れば、破滅フラグを回避出来ると思うのですが》
「やっぱりサポさんは、優しくてとっても良い人だね!」
《……へ? 私が優しい? 良い人?》
僕は、サポさんに告げる。
「もし僕が〝悪役〟とは正反対の行動を取ったら、このゲームは滅茶苦茶になって、ゲームの製作者さんが困っちゃうでしょ? 僕、そんなの嫌だから!」
《………………》
あれ?
僕、何か変なこと言っちゃったかな?
「この世界で僕が、悪役を演じずに素の自分をさらけ出して話せるのは、サポさんだけだよ。話を聞いてくれてありがとうね」
《……どう……いたしまして……》
※―※―※
夕食時。
「おお、息子よ!」
日中はずっと仕事をしていた、この世界の僕の父親であるバドガス・フォン・テンドガリアは、僕を見るなり、そのがっしりとした身体で抱き締めた。
「シンシィが死んで、さぞ悲しんでいることだろう! だが、案ずるな! 儂はここにいる! 世界一頼れる父親が、貴様の傍にいるからな! ガハハハハ! ガハハハハハハ!」
愛する妻が死んで、物凄く辛いはずなのに、目に浮かべた涙は決して零さず、僕を安心させようと笑ってくれる。
しかも、悲嘆に暮れる中でも、領民のために仕事は辞めない、領主の鑑だ!
ぎゅっと抱き締め返した後、身体を離した僕は、父に向かって笑い掛けた。
「父上。俺様も笑います。ぐへへ」
「おお! 良い笑い声ではないか、ヴィラゴ! ガハハハハ!」
必死に涙を吹き飛ばそうとする父の豪快な笑い声を聞きながら、母親との日々を思い出す。
僕は直接触れ合えなかったけど、この世界の僕の母さんも、前の世界と同じく、とっても温かくて、優しくて、慈愛に満ちた人だったみたいだ。
「ありがとうございます。母上から頂いた深い愛と思い出を胸に。そして、父上の大きな背中を追い掛けて、これから立派な悪役貴族になってみせます。ぐへへ」
気付くと、再び父にハグされていた。
「息子よ! 何とも頼もしいことだ! 悪役――つまり、儂の奴隷商としての商売を受け継ぐということだな! その覚悟、しかと受け止めたぞ! 立派な奴隷商に、そして立派な貴族になってみせよ! 儂は貴様を応援しているからな! ガハハハハ!」
※―※―※
自分の部屋に戻った僕は、「うん、僕の悪役っぷり、我ながら最高だったなぁ。ぐへへ」と言いながら、何気無く鏡を見てみたんだけど。
「なっ!? 全然ダメじゃん!」
悪の力に満ち溢れた、自信満々の不敵な笑みを浮かべたつもりだったけど、鏡に映ったのは、十二歳の平凡な黒髪少年が、ニコッと可愛らしく微笑んでいる姿だった。
「一体何故……!?」
床に膝をつき、ショックを受けつつ思考した僕は、そこで漸く気付き、バッと立ち上がった。
「そうか……! 自信が無いから、いけないんだ! もっと自分に自信があれば、〝悪の力に満ち溢れた〟演技も、そういう笑みも出来るはずだ!」
深い気付きを得た僕は、その日から、毎日死に物狂いでトレーニングを始めた。
一年間を剣技の修行、次の一年を魔法の特訓、最後の一年は、七つある固有スキルのトレーニングを行いつつ、剣技と魔法の鍛練も続けた。
その際、元騎士団団長で、魔法師団団長も兼ねていたという伝説の男である、うちの執事長兼私兵団団長のワドスに教えを乞うた。
ワドスさんは、初老なのに滅茶苦茶強かった!
ビックリ! おかげで、僕もすっごく強くなれて、大分自信もついた!
不敵な笑みも上手くなった!
※―※―※
三年後。
前世と同じ十五歳になったヴィラゴだが、彼は気付いていなかった。
七つのスキルの一つである〝超成長〟によって、百倍の速度で戦闘能力が上がった彼は、人類最強になっていたことに。
そして、満を持して父親の商売を引継ぎ、始めた奴隷商によって、最強美少女冒険者たちを輩出、今後訪れる国の危機を救ってしまうことに。
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