第1話 戦の炎
※残酷な描写や痛みを伴う表現が含まれていますので
ご気分やご体調に合わせてご判断ください。
「貴族の馬車だぞー!!!!」
その声とともに何十という人々が刃物や松明を掲げ押し寄せる。
私は知っている。
その馬車に乗っている人は悪くない。むしろ私たちのために頑張ってくれていた!
「その人は違う!!!」
近くにいた馬車に向かおうとする若い男を捕まえる。
興奮して話が出来る状態には見えなくて思いきり引っぱたくと動きをとめた。
男は水をさされて驚いたような、洗脳が解けて我に返った様な顔をした。
胸ぐらを掴んで言葉を投げつける。
「あの人は、食糧配布や自治警備隊を考えたひとよ!間違っても平民はどうなってもいいと思っているバカ貴族とは違うの!!」
「……」
突然の出来事に呆然としているようだが、もう時間がないかもしれない。
興奮した人々は、火を放とうとしている。
「っ!…あなたもそれを伝えてよ!!!」
そう言って松明を掲げている者に向かって駆けだした。
「やれー!!」
「火をつけろ!!」
「やめてっ!!!」
「だめ!!!」
そう言っても、どれだけ叫んでも興奮した獣には届かない。
松明をもぎ取り必死に訴えかける。
「ちがう!!あの馬車は違うの!!!やめて!!」
一瞬だけしんっと回りが静まり返った。その瞬間背中が熱くなった。
振り返ると深くローブを被った男がいた。
血走った目で荒い息をついている、ように見えた。
「あなた…っ」
崩れ落ちた私の前に屈み込み小声で話す男。
「邪魔をするなよ。あと少しなんだから。」
そう言って汚く笑った。
「っ!!」
やはり扇動している者がいる。
(あの人たちを亡き者にしようとしてる人がいる…!!)
「おっと。声を出すなよ、本当に余計なことを」
口を塞がれるように顎を掴まれる。
「見ろ!!こいつあいつらの仲間だぞ!!」
私を刺した男はそう声を上げた。
「!」
その言葉を聞いた人々はぐるんっと振り向いた。
人々は言葉には聞こえない声で叫ぶ。
人々から手の届くところにある私の服はボロボロになった。
背中に刺さっていた刃物は、しれっと消えている男に引き抜かれて回収されていた。
温かい濡れた感触が止まらない。足がもつれる。
もう、自分の命が長くないことがわかった。
奪い取った松明を振り回し、後ずさる。
少しでも馬車から引き剥がしたい。
『敵』だとみなされた私は取り囲まれ、石を投げられたり、殴ってくる者もいる。
(そんな事しなくてももう死ぬわよ)
なぜ分からないのか。
なぜ目先のことに食いついて、考えようとしないのか。
(なぜ、感謝していたのに家紋すら覚えようとしていないの……)
「あなたたちがっ!!何をしたのかっそのうちわかるわ!!その時に後悔すればいい!!死ぬ時は迎えに行くわよ!地獄に落ちろ!!!人殺しども!!」
静まり返った。
奥のほうには呆然とした顔で立っている知り合いの顔も見えた。
でももう限界だ。
瀕死であるはずなのに、悪役のような笑い声が止まらない。
痛みに口を閉じて、足を動かす。私の死に場所はここではない。
できる限りこの場からは離れようと歩くが、足に力が入らない。
でもここで倒れたくない。
はやく、はやく……
がくっと全身から力が抜け崩れ落ちたとき、ふわりと温かい手に抱きとめられた。
耳元で、男性の声が聞こえた。
「……ありがとうございます」
視界が歪み、目が開けられない。
「…どこに行くのでしょうか」
私が移動しようとしていた事がわかったらしい。
「っは、花畑…っ」
町はずれというのだろうか。大通りを歩いていった先の木立の奥に花畑がある。
死ぬ時はそこで死ぬのだと決めていた。
「花畑…町はずれのあそこですね、わかりました」
ありがとうと紡ぐはずだったのに。息しか出せなくて思わず顔を顰めた。
「申し訳ございません。痛いですよね、少し辛抱してください。お願いします」
死なないでください。
そう聞こえた気がした。
朦朧としている意識の中、声がかけられた。
「着きましたよ…花畑に」
「…」
「なんで君はあんなことするかなぁ」
頬に水がかかる。
声が震えている。
「………で」
「…っ!」
(泣かないで…ありがとう)
そう言いたかった。声が出なかった。
あぁでも、あの人たちは無事だろうかとか、知り合いにも悪いことしたなとか、案外どうでもいいようなことが頭を駆け巡る。
「……いやだ、嫌だ嫌だ!!」
「死ぬな!!レオノール!」
こんなにも叫んでくれる、この人は誰なんだろう。
力を振りしぼるように目を開ける。
まず黒が見えた。
サラサラなのだろう黒髪が帳を落とすように顔を覆っている。
さまよった私の目はその蒼い瞳を捉えた。
私のいちばん大好きな色だ。
しかし、その瞳は涙で揺らいでいた。
「…」
(きれいね…)
「死なないでください……」
頬が緩んでしまう。
聞き覚えのある声だと思っていた。
まさか死に際に来てくれると思わなかった。
根は真面目なくせにおちゃらける癖のある彼。
何度も、公爵邸に行く中で顔を合わせた。
空気を読むのが上手で、手作りのお菓子は美味しかった。
(……もっと、会いたかった)
話したかったとは言わない。
顔を合わせたのは父で、お菓子を貰ったのも父だ。
私はその後ろに控えていただけ。
手作りのお菓子と知ったのも、仲良くなった女性騎士に聞いたから。
顔を合わせたら挨拶はするし、多少の世間話はするけど、好きな食べ物も、誕生日も、家族構成も、何も知らない。
仕事の話しかしていなかった。
もっと思いきってプライベートのことも話せばよかった。
「ご、めん、ね」
「っ」
「……」
大好きですとは、言えなかった。
彼を縛り付けたいわけじゃなくて、今すぐ心を結びたいわけでもない。
どうか彼がこれから幸せになりますように。
鈍い感覚の手を動かして涙をなぞる。
彼の止まりそうにない涙が胸を締め付ける。
その瞬間、すっと眠りに落ちる時のように腕の力が抜けた。
目も、閉じてしまって開けられない。
どこか自分の身体が他人のように感じる。
「……っあぁ、いやだ。レオ、レオノール…」
(ごめんなさい、セドリック)
あの人たちを、どうか守って欲しい。
意識が切れる。
プツンと肉体と繋がっていたものが切れる音がした。
読んでくださりありがとうございます!
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