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獄卒さんシリーズ

獄卒は夢を語らない

作者: ちぇりこ

シリーズ2作目です。

ザシュッ、と耳慣れない音が聞こえる。

まるで何かを刈り取るような音。

その音はだんだん近づいてきて私にも振り降ろされて

一瞬開けた視界に黒づくめの男の人が見えた。

大きな鎌をもっている。

だけどすぐに黒い靄に視界は塞がれて、また何も見えなくなった。


「あれぇ?

じょーかーん!ちょっと来てくださいよぉ」

と叫んでいるのは一瞬見えた若い男の人かな。

別の誰かが近づいてくる気配があって、落ち着いた男の人の声がした。

「ふむ。凄まじい執着を受けているな。

こういう時はこうするんだ。」


私の隣に何か置かれたみたい。

ぱっと視界が開けた。

ベッドの横から覗き込んでいるのはさっきの黒づくめの男の人ともうひとり白衣の男の人。

横を見ると黒い靄に包まれた50センチくらいの物体が私に並べるように置いてある。


「何これ?」

思わずつぶやくと

「君に絡みついてた執着を移したんだ。

君のダミーってとこかな。」

と白衣の人が言う。

黒づくめの人が差し出す手を取ってベッドから起き上がった。


「え、と… 私は死んでるのよね?」

「わかるの?」

「うん。だってどこも痛くないし苦しくないもの。

なのに真っ暗で何も見えなくてお迎えも来てくれないしどうしようって思ってたの。」


ふたりは顔を見合わせた。

「何ていうか、ずいぶん落ち着いてるね。」

と黒い方の人が言う。

「死んだらどうなるか勉強したもの。

お姉ちゃんがいろんな本読ませてくれてね。

お母さんに見つかると取り上げられちゃうから大変だったけど。」


「もう次の人生の準備が出来ているのに成仏してこないから様子を見に来たんだ。」

と白衣の人が言うと、黒い方の人も口を挟んだ。

「ついでに他の成仏できていない魂も刈り取りにね。

病院っていっぱい居るね。」

と、銀色の目を細める。


「私、すぐに生まれ変われるの?

前読んだ本には生まれ変わるには何十年もかかるって書いてあったよ。」

と聞くと黒服の人が答える。

「君の場合は初めから二つセットで生まれてきたみたいだよ。

病気で何にもできず亡くなる人生と、その後の健康な人生と。」


「本当?やりたいことがいっぱいあるよ!」

飛び上がるように言うと

男の人たちはまた顔を見合わせた。

「前向き。」

と黒服の人が呟くと白衣の人も呟いた。

「さすが二つの人生を勝ち取った魂だな。」



「で、この執着心の主、君のお母さんだけど、会いたい?」

と黒服の人が聞く。

お母さん、か。

いつも泣いてるか家族と口論しているか、そんな姿しか思い出せない。

目の前の男の人の黒づくめの服装を見てちょっと笑っちゃう。

そんな服で病室に居たらお母さんに追い出されるよ。

とにかく死を連想させるものを嫌っていた人だった。


「お父さんとお姉ちゃんに会いたい。」

ただただ体力を消耗させないようにとベッドに縛り付けるお母さんと違って

お父さんとお姉ちゃんはできるだけいろんな経験をさせようとしてくれた。

大抵お母さんに阻止されてしまったけど。


お母さんがどこからか手に入れてきた苦い薬を吐き出してしまった時

苦しい思いをしてまで長生きしなくてもいいんじゃない?と言ったお姉ちゃんを

お母さんが叩いたことは今思い出しても胸が痛い。

それから私は頑張って苦い薬も飲んだし、効果の出ない苦しい治療も受け続けたよ。

だからお母さんにはもう十分尽くしたと思うんだ。


「ほら、あそこ」

と黒服さんが指をさす。

海から昇る朝日に向かうお姉ちゃんの姿が有った。

お姉ちゃんが胸に下げたロケットペンダントを開ける。

私の写真だ。

「病室は西向きだったから朝日は見れないってよく言ってたもんね。」

写真に朝日を見せながらお姉ちゃんが話しかけた。


「君のお姉さんは君が亡くなってから

あのペンダントと一緒にいろんな所を旅したみたいだね。

で、旅先で出会った人と結婚するんだってさ。」

「えっ、そうなんだ。」


「お姉さんと話したい?」

姿を見せることも出来ると言う。

さっと歩き出したお姉ちゃんは、きびきびと歩を進める。

どこにも寄りかからずに生きている強い人だ。

昔からそんなお姉ちゃんに憧れていた。


「ううん。でももうちょっと見ていたいな。」


お姉ちゃんはそのまま駅に向かって帰路についたみたい。

電車を何回か乗り換えて、駅から出た時はもう午後になっていた。

それからコンビニに寄って、アパートの一室に入った。

部屋には段ボール箱が積み重ねて有る。


「引っ越し?してきたの?するの?」

「君が亡くなってすぐお姉さんはこの部屋を借りて家を出た。

明日は彼氏さんの所に引っ越すそうだよ。」

「もう結婚するんだ?」

「うん。入籍だけにするみたいだね。」


ほどなくチャイムが鳴って、入って来たのはお父さんだった。

「なんだ、ほとんど片付いてるじゃないか。」

積み重なった段ボール箱を見てお父さんが言うと

「あとは最後の酒盛りだけだよ。」

ほとんど空の冷蔵庫から缶ビールとウーロン茶を取り出したお姉ちゃんが

テーブルの上にコンビニで買ってきたおつまみを広げる。


テレビのバラエティを見てひとしきり笑いあった二人は

同時に目を落として黙り込んだ。


「お前には何もしてやれなかったな。

こんな風に笑いあうこともあの家では…」

とお父さんが言うと

「笑い声なんて立てたらお説教が飛んできたもんね。

茜が大変な思いをしてる時にあなたは!って。

でもお父さんはこっそり連れ出したりしてくれたじゃない。」

とお姉ちゃんは笑った。


「それでも余所に比べたら寂しい子供時代だったろう。」

「茜が病気だったんだから仕方ないよ。

一番苦しかったのはあの子だろうし。

母さんはまだあんな調子なの?」

「ああ。今朝も言い合いになった。

まさか茜が死んでからも続くとは思わなかったけどな。」


今朝の言い合いを黒服さんが見せてくれる。


暗い部屋のテーブルについてお母さんが叫んでる。

「諦めろっていうの?!」

「そうじゃない、受け入れろって言ってるんだ。」

「同じことよ!」


何度も繰り返した口論らしい。


「私、もう死んでずいぶん経つよね?

お母さんずっとあんななの?」

「そうみたいだね。」

黒服さんはそう言うとふふっと笑った。

「君のダミー人形、少しづつ執着を吸い取っていくんだって。

執着を吸い尽くした時、何が残るかな。」


2杯目のウーロン茶を見つめながらお姉ちゃんが言う。

「母さんがいつまでたっても前を向かない以上

私は母さんを置いて先に行く。

お父さんはどうするの?」


「それでも夫婦だからな。」

そう言うとお父さんは缶ビールを飲み干した。

その姿を見てお姉ちゃんが言う。

「もしつぶれそうになったら私のところに来ていいよ。」


「新婚夫婦の邪魔をするような野暮は出来ないさ。」

お父さんはちょっと寂しそうに笑った。


明日は朝早いということで二人は寝る準備を始めた。

「引っ越し先までついていく?」

と黒服さんが聞くけれど

「ううん。いい。」

お姉ちゃんもお父さんも大丈夫そうだ。

「あっさりしてるね。」

と黒服さんが言う。

「もうずっと前から覚悟はしていたもの。

お姉ちゃんもお父さんもそうでしょ?

覚悟出来てなかったのはお母さんだけじゃない?」


黒服さんがじっと私を見て言った。

「ホントに未練は無いみたいだね。

お母さんに何か伝えたいこととかはある?」

「今までありがとう。

あとは…

私のことは忘れて自分の人生を生きて下さい、くらいかな。」


黒服さんに肩を抱かれてアパートの屋根に浮かび上がると白衣の人が待っていた。

「未練は無いか?」

と聞かれて頷くと

「では」

と手を差し出される。

その手を取る前に

「これからどうなるの?」

と聞くと、次の人生の母親のお腹に入るのだと言う。

「どんな家の子になるのかな?」

両手を後ろに持って行くと黒服さんが笑って言った。


「ヒント!お姉さんがお酒を飲まなかったのは何故でしょうか?」

突然何?

「お姉ちゃん、お酒弱いの?明日引っ越しだから?」

「第二ヒント!式も挙げずに入籍するのは何故でしょうか?」


あ、そういうことなの?

「私、お姉ちゃんの子供になるの?」

ふたりが優しく微笑んだ。

お姉ちゃんがお母さん。

ぱぁっと世界が広がって、夢とか希望とかいろんなものがいっぱい溢れだすみたい。


「その気持ち、少し分けてくれない?」

と黒服さんが言った。

「気持ちなんて貰ってどうするの?」

と聞くと欠けた魂を埋めるのだと言う。

よくわからないけど

「いいよ!」

もう溢れそうだもの。


黒服さんが私を抱き寄せると私の額に自分の額をこつんと当ててきた。

わあ、病院の先生でもこんな近くで見たことないよ。

どきどきしながら目の前の銀色を見つめると

その瞳に星が流れたような気がした。


「うん、キラキラしてる。ありがとう。」

ぱっと白衣の人の方に押しやられる。

その手をとると真っ暗になって何かに包まれたようなかんじがする。

温かい暗闇に体を任せて瞼を閉じる。

次に目を開けた時には夢見た世界がそこにあるんだ。



※※※※


この数日体調が優れない。

気力が何かに吸い尽くされていくようで

何をする気も起きず横になっている。

つらつらと娘の事を思い出す。

治療の甲斐なく若くしてこの世を去った娘。

私が守ると誓ったのに守れなかった。


産まれた時産院の廊下で義母が電話で話している声を聞いた。

「そうなのよ。また女の子。」


難病と診断された時義姉が言った。

「たいへんね。いつでも頼ってね。

うちのは丈夫なのが取り柄みたいなもんだから。」


悪くとるなと夫は言うけれど

周りの全てが敵に思えて

私だけはこの子を諦めないと重ねて誓った。

それなのに。

「どうして死んでしまったの…」


そのまま起き上がれずいると

長女の引っ越しを手伝ってきた夫が帰るなり病院に連れてこられた。

目を覚ますとベッドの横に夫の姿が有る。


「空っぽなの。」

心配そうに覗き込む夫に呟く。

「私にはもう何もないわ。」


「あの子だけが家族じゃないだろう。

葵だって俺だっている。

俺たちは夫婦だろう?」

夫が手を握って訴えるけれど何も心に響かない。

「あなたではあの子の代わりにはなれないわ。」

ふいと顔を背けるといつの間にか夫は病室を出て行ったようだ。



「茜ちゃんのお母さんですよね?」

突然知らない男の声がして驚いて身を起こして振り向くと黒づくめの若い男が立っていた。

病院でなんて服装をと咎める前に男が言葉を続ける。

「茜ちゃんから伝言です。

今までありがとう、

私の事は忘れて自分の人生を生きてください、だそうですよ。」

忘れてですって?

「そんなこと出来るわけないじゃない!」

叫んだとたん眩暈に襲われそのままベッドに倒れ込んだ。



「母さん、大丈夫?」

ベッドの横から覗きこんで来るのは私の息子だ。

息子?

「急に倒れたっていうから心配したよ。」

「あなたは…」

えっ、とその男は大袈裟に驚く。

「大丈夫?僕だよ!」

「ええ…私の息子よね…」

「そうだよ!ひどいなあ」

と男はベッドの横にしゃがみ込んだ。

「母さんに何かあったら僕生きていけないよ。

早く元気になって。」

「ええ、すぐ元気になるわ。」


かわいい息子のためにも早く回復しないと。

でもこんな倦怠感は初めてで、体は日増しに重く苦しくなっていく。

食べ物はひどく苦く感じて食欲もわかないし、命に係わる病気なのかもしれない。

目を覚ます度、息子はベッドの横から心配そうに覗き込む。


ただならぬ病状の悪化に気弱な言葉も口をついた。

「もう回復は見込めないかもしれないわ。」

「嫌だよ!そんなこと言わないで!」

息子はただかぶりを振る。

「人はいつか死ぬものよ。

あなたももう大人なんだからそんなわがまま言わないで。」

「嫌だ!僕が母さんを治して見せる!

僕のために頑張ってよ!」

そんな言葉を私も言ったことがあるような気がする。

治るような病気じゃないのに。


日に日に体の自由がきかなくなって、目を開けているのさえしんどい時もある。

なのに息子は嫌だ嫌だとかぶりを振るばかり。

痛い、苦しい、

もう楽にさせて、と言ってしまいたい。

せめて言葉に出せたら。



どれくらいの時間をここで過ごしただろう。

ふと立ち上がった息子が窓辺に近付いてカーテンを開けると

冴え冴えとした月が見える。


「ねえ」

月を見上げた息子が恐ろしい言葉を口にする。

「僕が一緒に死ぬって言ったらどうする?」

「一緒に…?」


恐ろしく、甘美な言葉。

甘い誘惑にとろけるように口をついた返事は。

「一緒に死のうか。」


男の手にに大きな鎌が浮かび上がる。

月の光を映したような銀色の瞳が冷たく光って、鎌が振り下ろされた。

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