第六話 親娘
クルマ の乗り心地は悪くなかった。
窓から見える風景。
すれ違う対向車。
街を歩く人々。
魔法がない世界。
科学の力で機械を動かすこの世界に、私はドキドキしている。
もちろん悪い意味ではない。
ワクワクしているのだ。
私は目をキラキラさせながら窓をずっと眺めていたのだが、20分ほど乗っていただろうか…人や店がたくさん集まっている施設に辿り着いた。
"ショッピングモール"というらしい。
トオルの後に続き、後ろを着いていく。
ところで、私はインフェリスの言語を話しているし、周りは日本語を話しているのだが、何故会話が成り立っているのだろうか。
それは、おそらく私が身に着けているリングの効果だろう。
リングには"精霊の加護"が付与されており、古代エルフ文字が刻まれている。
私は黒い紐をリングの穴に通して、ネックレスのようにして装備していた。
ちなみに加護は、いくつかある。
"精霊の加護"や"神様の加護"
"魔神の加護"や"教会の加護"
などだ。
加護付きの装備品は高価であったり、貴重な物が多い。
魔力を持たない者でも、加護によっては効果が発動している場合もあるし、自分の魔力を使わずとも効果を使用することが出来るからだ。
インフェリスの魔術の根源は、精霊や星のエネルギーから力を借りて、無から有を生み出したことから始まる。
それを人類は 学び 修行し、試行錯誤の末に魔法を作りあげた。
マナを借りることを魔力と呼び、魔力が多いほど、魔法も優秀なものとなる。
一級魔術師の私は当然、魔力は多いのだが…
でも、今 私がいるこの世界にはマナという概念がない。
つまり、私の魔力はまったく意味をなさないのだ。
しかし、私のリングは効果を発動している。
なぜだろう?
…推測だが、私のリングは魔力を失いにくい効果がある。
古代エルフ文字がそんな意味で、"翻訳"と"貯蔵"が刻まれていたはずだ。
私が身に纏っていた魔力は、転移した際に消えたのだが、リングはまだ魔力が籠っているらしい。
しかし、香水の香りが自然と消えていくようなイメージで、魔力も少しずつ薄れ消えていくだろう。
早くニホンゴを学習しないと、私はトオルと話せなくなってしまうかもしれない。
(…今日から勉強しないと!)
私は、リングの推測とニホンゴを学びたいことをトオルに伝えた。
するとトオルは ニコッと笑う。
「服を買ったら、スマホも買おうか。元々そのつもりだったしな。アプリ使って勉強出来るし、辞典もたくさん見れるよ。」
私は、スマホとはそんなに便利なのか と関心する。
もはや魔法くらい凄いじゃない と思うほどだ。
そんな機械を当たり前のように人々が持っているこの世界の技術力も科学力も、魔法に匹敵するのでは?
そうこう考えているうちに、服屋さんに辿り着いた。
「じゅな。俺は流石にこの雰囲気の中、二人でお店に入る勇気はない。だから、服を店員のお姉さんに聞いて、買う服が決まったら、俺を呼びにおいで。」
トオルがなぜ服屋さんに入るのを嫌がったのかは分からないが、私は頷いて、お店に入ると、店員の女性に尋ねた。
全身ジャージのツインテール少女がやって来て、服を一式 何着か欲しいというものだから、店員さんも気合いが入る。
「お洒落に目覚めたのかな?お姉さんに任せて!お名前は じゅなちゃんって言うのね!可愛い顔だわぁ!身長は150cmくらいかしらね?いろいろ似合いそうだわぁ〜!」
服屋のお姉さんは、あれもこれもそれもと用意しては 私に試着をさせた。
「全部可愛い!!じゅなちゃんアイドルかタレントさんなったら?!チックトックも無双しそうよ!!」
よく分からない単語を連発しているお姉さん。
でも私を褒めてくれているんだって分かって嬉しかった。
お姉さんに少し照れながら、トオルを呼びにいくと、トオルは少し考えてから口を開く。
「…じゅな。俺たちは側から見たら、年齢差がありすぎて危ない関係に見えるかもしれない。故に!今日から、外では、お父さんと呼びなさい!!」
ドドンッ!と太鼓を鳴らすような効果音が聞こえた気がする。
そんな勢いで私に言うものだから、思わず私も、
「…あ、え?…は、はい。」
と頷いてしまった。
年齢差を別に私は何とも思わないし、インフェリスでは年齢差のある冒険パーティや、夫婦、友達なんてたくさんいるから、トオルが言っている意味が分からない。
しかしトオル曰く、こっちでは親子くらい離れている男女が家族でもないのに一緒にいるのは下手したら通報されるとのことだった。
(難しいのね…ニホン!)
半ば強引に今日から親娘のフリをすることになった。
「俺は、櫻井っていう苗字なんだ。だから、じゅなは今日から櫻井じゅな だな。」
こうして私は"サクライ・ジュナ"になりました。