第五話 鉄の塊
翌朝のことだ。
リビングの方から音が聴こえてきた。
〜ピピピピッ ピピピピッ♪
単純な音が何度も繰り返される。
なんの音だろう?と、私は目をうっすらと開けた。
部屋はまだ暗いままなので、朝ではないと錯覚する。
ピピピッ
少しして、その音が止まった。
この世界の太陽はなかなか顔を覗かせないのかと思うほど、寝室のカーテンは太陽を通さない。
後ほどトオルから教えてもらうのだが、それは"シャコウカーテン"というらしい。謎の技術だ。
私はまだ少しボーっとする頭のまま、体を起こし、トオルのいるリビングへと向かうことにする。
寝室の扉を開けると、良い匂いがした。
トオルはもう起きているようで、コーヒーを淹れていたようだ。
「おはよーじゅな!よく眠れたか?」
まだ目が半分しか開いていない私を見て、トオルは少し微笑んだ。
「コーヒーは飲めるかい?」
私は頷いてリビングのソファに座った。
リビングでは太陽の光をしっかりと感じられる。
それにしても、コーヒーの香りはやはり良い匂いだな。
これはこちらの世界でも共通のようだ。
砂糖とミルクもあったのだが、私はコーヒーの苦味を我慢してブラックコーヒーを飲むことにする。
…なぜなら、そっちの方が格好良いし、大人っぽいでしょ?
うぇーっ となりながらも、コーヒーを飲む。
「…そういえば、さっきのピピピピッってなんだったの?」
私はトオルに聞いた。
スマートフォンのことを教えてもらい、改めてこの世界の技術力に驚かされる。
この世界では、ほとんどの人々が、手のひらサイズの機械を持っており、音はその機械から鳴っていたそうだ。
「うるかったよな。ごめんよ!アラーム切り忘れていたよ。」
私には分からないことだらけだったが、それらを知ることに少しだけワクワクしている自分がいる。
魔術師の性なのか、やはり探究は良いものだ。
知らないことを知る。
それがどれだけの喜びになるかを私は知っているのだ。
「さて、じゅな。今日はまず服屋さんに行こう。ジャージのままじゃ、ちょっと街から浮くだろうからな。じゅな は可愛らしいしな。その後は適当に街を観てまわろうか。」
唐突に容姿を褒められるものだから、私は思わず恥ずかしくなる。インフェリスではそんなこと言われたことなんてほとんどなかった。
そもそもインフェリスではヒューマン、エルフ、ドワーフに獣人、そして魔族など、多種族の人類が存在しており、権力や家柄、種族のルールが大事とされている為、容姿はさほど重要ではない。もちろん好きなタイプは人それぞれあるのだが、私に限っては、これまで異性を意識したことはなかったし、異性に意識されたことも…ないはずだ……。
学園にいた頃は、たまに食事に誘われ、無理矢理 手を引っ張る上級生や先生もいた気がするが、危ないと感じたら魔法で、ドーン!で解決していたので……意識はされてないはずだ。
…多分。
私が顔を真っ赤にしていると、トオルは朝ごはんに、昨夜コンビニで買った おにぎり を出してくれる。
「………!!」
やはり、この世界の食べ物はレベルが違う。
美味しすぎて、言葉を失うほどだ。
私が満足そうに食べていると、
「じゅな!今夜はもっと美味しい俺の手料理を食わせてやるぞ!昼も美味しいとこ行くから楽しみにしてな!」
とトオルが言った。
これより美味しいものが食べられるのか!と思うと、私の目はより一層キラキラと輝く。
(もしかして、私が落ち込まないようにしてくれているのかな?)
そう思うとトオルにますます感謝だ。
最後の一口を食べ終わると、トオルは言った。
「さて準備が済んだら出かけるぞ!支度しておいで!」
私は、昨夜コンビニで買ってもらったゴムで髪を適当に縛る。左右に結んだ 所謂 ツインテール だ。
トイレも、歯磨きも済ませ出かける準備は万全。
トオルは昨日のスーツ姿ではなく、ラフな格好をしている。
私はジャージのままだ。
これから"チュウシャジョウ"にとめてある"クルマ"に乗って出かけるとのこと。
あの移動する鉄の塊の名前らしい。