第二話 今日からジュナ
何処かで見たことがある気がしたのは、私がまだ10歳の頃、"アリエナ魔法学園" に在学していた時のことだ。
歴史の授業で魔王を倒した偉大な勇者として学んだことがあり、肖像画を見たことがあった。
1年に1度、勇者様に感謝をする日として記念祭があるし、王都や立派な町ほど、勇者の肖像画や記念する像がある。
だから見たことがある気がしたようだ。
魔王が居なくなって15年経つ。
勇者が魔王を倒した後、勇者は居なくなった為、(実際には転移してニホンに戻っただけだったのだが)、勇者は魔王と相打ちになったという都市伝説や、実は勇者は王族となり城の中にいるという噂話もある。
私が生まれた年に魔王は居なくなった。
世界の脅威はなくなったのだ。
だから私の親も、周りの大人達も、師匠も皆、勇者トオルを尊敬しており、魔王が居なくなった後の世代の子供達には、授業で勇者と歴史について学ぶようになっている。
あの偉大な勇者トオルが目の前に…!
「……ん?なんか違う?」
私が知っている肖像画と何かが違う。
もちろん15年も経ったわけで、歳を重ねたのだから、老けているのは考慮したとしても、、
「なんだよ?ジロジロ見て?さては俺のイケメンぶりに惚れてしまったか?ダメだ。ダメだ。俺は子供は対象外だ。それに君は俺の養子って形にするから親娘で禁断の恋は許されないぞ?」
…何を言っているんだ?この人は?
まぁ確かに年齢は40歳近いはずだが、それを感じさせないくらいには容姿は整っているのだが…何かが違う。
「…あ、肖像画との違いが、分かった。少し太ってる。」
そう、勇者トオルは中年太りしていたのだ。
「…なっ!あのな!いいか?30歳を超えると日本でデスクワークをする立派な会社員はなぁ、皆こうなるんだよ!これでもなんとか体型をこれ以上成長しないように、維持する為に"チョコザック"(月額¥2,980-)に通ってるんだぞ!」
格好良い勇者ではなく、この世界でいう"スーツ"とやらを着た元・勇者トオルは見窄らしい格好のちょい肥満(ギリ隠せる(本人自称))のおじさんになっていた。
まぁ、実際には行くあてもないし、インフェリスを知っていて、魔王を倒したことがあるトオルの助けは是非借りたい。
「…あの、私は帰り方を探したいです。あと、なぜニホンに転移したか理由も知りたい。勇者トオルさえ良ければ、私を助けてください。」
私は深々とトオルに頭を下げた。
するとトオルは答える。
「もちろんだ。しかしなんだ。残業中に、なんか昔の勇者だった頃の直感力みたいなものを感じて、ふらっとここに来たら、懐かしいインフェリスの香りがしたものだから…また俺は勇者としてやらなきゃいけないことをやれってことなんだと思う…少しだけ勇者の頃の感覚が戻って来てるんだよ。これは何かあるはずだ。」
「…まさか魔王が復活したのか?」
とトオルはボソッと呟いた。
「それに君がここに転移したことも気になる。これは何かきな臭いぜ。」
私は魔力が存在しないチキュウでは魔法が使えないようなのだが、トオルは勇者としての能力が戻って来ていると言っている。
私は魔力は感じないが、もう一度魔法を詠唱してみることにした。
「……っ!」
やはり魔法が起きたりはしない。
しかし私も一瞬だけ、何か魔力に似た力を感じられた気がする。
「詠唱か。懐かしいな。すると君は、その年齢で魔術師なんだね。凄いな。それと、ところで君の名前は何て言うんだ?」
そうだった。
まだ名乗ってもいなかった。
礼儀知らずだと自分自身に恥ずかしくなりながらも、私はトオルに名前を告げる。
「私の名前はジュナイ。」
そして自己紹介をする。
「一級魔術師で、趣味は魔法の研究です。これからよろしくお願いします。」
トオルは私の自己紹介を聞くと少し頭に手を当て悩んだ様子を見せてこう言った。
「その歳で魔術師なのも凄いのに、一級魔術師とは凄いな。それよりもジュナイ、幸いにも君は黒髪で目の色もカラコンに見えなくもないが…まぁギリ日本でも違和感ない瞳をしているか。あと名前は"ジュナ"の方が自然だろう。今日からこっちでは"じゅな"と名乗った方がいい。」
こうして私は"ジュナ"としてニホンで暮らすことになったのだ。
「私の名前は…そう今日からジュナ!一級魔術師!」
魔力が存在しない世界で、インフェリスの頃のように名乗り風魔法を披露しようとするも、何も魔法は現れない。
しかし、先ほどのように、何かを感じた。
「……?!」
(…み…つ…け…た…!)
私の頭の中に声がした。
辺りを見渡すが、トオルは聞こえていなかったようだ。
「じゅな、何キョロキョロしてるんだよ?それにこっちは魔力が存在しないから、魔法は使えないぞ。あと、名乗り方もこっちじゃそれはやめた方がいい。今日からしばらくこっちの常識を学んでいこう。」
トオルは私の頭をポンポンと叩くと安心させるようにニコッと笑ってくれた。
トオルの優しさが沁みる。
しかし先ほど頭の中に聞こえた声は何だったのだろう?
トオルの後をついて行きながら、私は今日のこと、これからのこと、魔法は使えなかったが、何かを感じたこと、感じたと認識した瞬間、謎の声がしたことを考えるのだった。
ぐぅぅううう
そんなことよりもお腹が空いていることを思い出す。
お腹の音に私は恥ずかしくなり顔を夕陽のように赤らめた。
「じゅな!日本の飯は美味いぞ!ちょっと待ってろ!」
コンビニエンスストアという謎の店にトオルと一緒に入る。
食料や日用品が売っているそうで、まずはじめに私にニホンで生活する上で必要な買い物の仕方やお金について簡単に教えてくれた。
もちろんインフェリスでも通貨はあるし、買い物だってするので、すぐに理解出来たし、私にも分かるように買い物を見せてくれた。
カップラーメンやオベントーという食べ物を買っているみたい。
コンビニから出ると、トオルは私に、ほっくほくの白いふわふわした良い匂いの熱い食べ物を渡してくれた。
「じゅな!これは肉まんって言うんだ。食べてごらん!」
私の大好きな食べ物ランキング第1位が"ニクマン"に変わった瞬間である。
「な、な、な、な、なにこれぇ…お、美味しいぃ」
また涙が出そうになった。
ニホンに来て最初の食べ物。
一番大好きになった食べ物。
熱いけど温かくて安心した気がする。
私、なんとかニホンで頑張るよ。