第一話 元・勇者
どこまでも続く道を鉄の塊が走り続けている。
私は走り疲れ、建物と建物の間、路地裏で立ち止まる。
相変わらずここが何処か分からないまま、不安と孤独感を抱え、私は空を見上げた。
星が綺麗に見えない。
空気が不味い。
魔法が使えない。
涙を流すには充分な理由だ。
頬をつたう涙に気付いた時、私は一気に悲しみに支配される。
「…ぅう…ぅう…ぅわぁああぁぁああん。」
普段押し殺している感情が体を支配する。
背伸びしていた大人な姿でもなく、一級魔術師としてのプライドも在り方もなく、私は途方に暮れ、泣いた。
泣いても現状は変わらない。
そんな当たり前が重く突き刺さる。
「…ぐすんっ…私どうしたら良いんだろう。」
お腹が空いた。
見知らぬ世界は、これまで努力してきた魔法も意味を成さないし、価値観がまるで違う私にはどうすればいいか全く分からないのだ。
どれくらい時間が経っただろう。
体が冷えてきた。涙も枯れて来た。
「…帰りたいよぉ。」
誰にも聞こえない声で呟く。
「……誰か助けてよぉ。」
私はまた空を見上げた。
見え辛い星に祈るように空を見つめる。
すると、
「その格好はコスプレじゃないよな?」
私の正面から男の声がした。
何処かで見たことがある気がするが、こんな知り合いはいないはずだ。
男は、私の父親くらいの年齢だろうか。
しかしコスプレとはなんだろう?
この世界の魔法だろうか?
私が男を見ると、男はさらに続ける。
「…何が起きたのか。君はインフェリスの人間じゃないか?その服装といい、俺の勘がそう言ってるんだが。」
今、この男はなんと言った?
間違いなく私の世界の名前を言ったはずだ。
聞き間違いじゃないはず。
「あ、あなたはインフェリスを知っているんですか?!ここは何処ですか?!…な、なぜ、私のこと分かったの?」
私が焦って男に質問をすると、男は答えてくれた。
この世界は"チキュウ"という名前らしい。
そして私は今"ニホン"という国にいるとのこと。
私はどうやら異世界に転移してしまったようだ。
「あー、あとはインフェリスには昔いたことがある。俺は昔な、お偉いさん直属の魔法使いにより、強制召喚されて、日本からインフェリスに転移したんだよ。」
男はなんとインフェリスに転移した過去があるらしい。
そしてそのインフェリスからチキュウに転移しているということ。
「良かった!帰れるんだ!」
私は嬉しくなって男に帰り方を尋ねた。
だって、どっちも行き来したのなら、そういう方法はあるってことでしょう?
しかし男は渋い顔をして、重たそうに口を開く。
「…その、なんだ…あーっと、残念ながら、こちらからインフェリスに干渉する方法は存在しないんだ。つまり、こちら側からインフェリスに行くには、インフェリス側から魔法を使った地球への強制的な干渉がなきゃいけない。向こうから強制転移の魔法陣を発動してもらわないといけないわけだ。…俺は昔、仕事帰りに強制召喚の魔法陣によってインフェリスに無理矢理転移させられたことがある。そして、目的を達成した後に、インフェリスから日本に強制転移をして戻って来れたんだが…」
男は何かを説明してくれているが、私はそれを聞いて絶望した。
なぜ、私にあの時、召喚の魔法陣が発動したのだろうか。
なぜ、私じゃなきゃいけなかったのだろうか。
なぜ、なぜ、なぜ、、
再び涙が溢れだす。
それを見た男は焦ったように私に向かってこう言った。
「一先ず、戻る方法を俺も探してやるから。それに君はここで暮らしていかなきゃいけない。行く場所もないなら俺のとこに来るといい。面倒は見てやる。」
私の新しい暮らしが始まる。
私にとっては異世界の魔法が使えない世界。
剣も魔法もない世界
「…ど、どうして優しくしてくれるの?」
私は泣きながら男に聞いた。
すると男は言った。
「なぜなら俺はインフェリスの元・勇者だからだよ。今はおっさんになったが、勇者トオルとは俺のことだ。」