▼ ケモノ道 ▼
▼ ケモノ道 ▼
一五九四年(文禄三年)初夏、房総半島の三石山から元清澄山へと向かう尾根づたいのケモノ道。そこは鬱蒼とした木々に覆われて薄暗かったが、一里ほどある道の途中には、樹木が疎らで幅が広くなった場所が少しばかり続いていた。
男は総髪を風に揺らせながら人待ちをしているように見えた。背丈は六尺には届かないが、痩身で隙のない身ごなしは俊敏な山猫を思わせる。
「日が登りきるまであと僅かだが……、来るかな?」
男は小さな声で呟くと、南の空に輝いている太陽をちらっと見た。満月の翌日で太陽が南中する時、それが約束の刻限だった。
武芸者とは気の休まらぬものよ。このように穏やかな日だまりの中でさえ、全周囲に注意を向けねばならぬ。男は、暖かい木漏れ日の存在に気づいた己を否定するかのように頭を振ると、一瞬の間をおいて視線をケモノ道に戻す。と、約十間先に目指す相手がいることに気が付いた。すでに心は微塵の暖かさもない、決して融けない氷のようになっていた。相手の顔を知っていたのだろうか。その瞬間まではよく知っているような気がしたのだが、いざ対峙してみると確信がない。まったく見知らぬ男のような気もする。
「水月か? こんな奥深い山中への呼び出しじゃから、もしやと思うていたが、やはりそうじゃったか。生きておったか……、水月」
ケモノ道に現れた男はなつかしそうに言ったが、無限に深い穴のような両眼は、言葉の真意をつかまれるのを拒絶しているかのようだった。
「小野……次郎右衛門? ……いや、神子上典膳よのう」
先着していた男、水月と呼ばれた男が応答する。水月からは、現れた男の後方に三石山山頂にある巨石がかすかに見えていた。
伊藤一刀斎の剣を継いだ小野次郎右衛門忠明は、このとき徳川家の剣術指南役であった。江戸の町民はもう一つの剣術指南役である柳生新陰流よりも、次郎右衛門の一刀流のほうが強いだろうと噂していた。
一方の神子上水月は、塚原卜伝の数少ない直弟子であり高弟であった雲林院 松軒から、卜伝流の奥義を受け継いでいたが、剣名は次郎右衛門ほど高くはなかった。だが、卜伝由来の神技を身につけていたのは間違いない。
二人は同じ村の出身であり従兄弟であり、そして幼なじみであった。
「久しぶりじゃのう水月……、して、いかな要件でこんなところに呼び出したんじゃ? 懐かしい昔語りをするような風情にも見えんがのう」
「お主の、その身支度こそが答えじゃろう……、兄弟子の善鬼を殺して一刀斎先生の跡目をついだようじゃのう……。抜け!……典膳!……甕割刀を」
次郎右衛門こと典膳は、小豆色の小袖に白絹のタスキを掛けていた。そして頭には黒いの鉢巻きを締め、汗止めとし、袴の股立を高く取っている。真剣を交えての闘いに相応しい姿であった。左手に鞘持つ妖刀「甕割」のこい口は切られており、いつでも抜刀可能である。そして体には微塵もよけいな力が入っていなかった。
「よい覚悟じゃのう水月……、お前をぶった斬らにゃならんとはのう……。少しは使えるらしいな、お前の剣名は江戸まで聞こえておったぞ……。いつか、こんな日が来るじゃろうと思うとった」
「典膳、昔とちごうて饒舌じゃのう……。一つだけ聞きたいんじゃ……、桔梗は、桔梗はどうしておる」
尾根を横切る風は強くなり、声が聞き取り辛くなっていた。
「桔梗? お前が惚れ抜いた女は何も知らん」
「そうか。ならば俺がお前を地獄に送れば、あいつは俺の元へ帰ろうよな」
水月はつぶやくように言ったが、それは典膳には聞こえなかった。
「桔梗は、おまえが生きている……知らん……、ここへワシが……来たことも知ら……、ワシらはまも……祝言を…………」
風の中で水月には典膳の言葉が細切れにしか聞き取れなかった。水月は、二尺七寸五分の不動明王に由来する聖剣を抜刀すると、それを上段に構える。典膳は音も無く抜刀した甕割刀を青眼に構えた。
二人は太陽の移動と同じくらいの速度でじりじりと間合いをつめて行く。やがて、その距離は激尺の間境に達しようとしていた。
九州小倉の巌流島で宮本武蔵が佐々木小次郎と名高い決闘した約十年前、立会人も見物客もいない南房総山中で、剣の奥義をかけた決闘が行われようとしていた。どこの記録にも誰の記憶にも残らない闘いが……
風鳴りの音だけが響く尾根。
太陽は南中から高度を下げ、真北には彼等がかつて目指していた断崖が切り立っていた。