表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ト伝 vs 一刀斎  作者: 古河 渚
18/28

▼ 鷹 ▼

たか


 秋が深くなるに連れて日差しは淡く短くなりつつあった。山裾に広がる木々も淡い黄色や茶色に色付き始めている。そこは筑波山に近い香取海 [今の霞ヶ浦] の北端であった。水月は、鹿島を出立すると香取海を船で渡った。松軒と歩いた下総の道を引き返すことも考えたのだが、その路は通らずに鹿島を北上し香取海を迂回して武蔵に行くことにしたのである。なぜなら、鹿島の北方には、まだ遭遇したことのない陰流の使い手がいるし、また常陸から武蔵に向かえば、卜伝の弟子で一流を立てた天流や、鹿島神宮で斬り合った真壁氏と関係が深い霞流の使い手とも遭遇できるからである。水月は、さらなる経験を積みながら剣名を高めようと考えていた。どのような剣士と立ち会っても一対一であれば斬り伏せる自信があったからだ。ただ、用心しなければいけないのは、相手が集団で、弓や鉄砲などの飛び道具を有している場合である。それに、ラッパやスッパの忍術やゲリラ戦法には気をつけねばならないと松軒から教えられていた。


 朝早く出立し香取海に沿っての街道を進んでいた。暖かな日である。そのあたりは香取海から筑波山の裾野にかけての湿地が広がっており、見上げると空に一羽のとんびがゆるりと舞っている。見ているととんびは矢のような急降下を見せて湿地に突っ込んで行く。何か得物でも見つけたのであろう、水月はそんなことを考えながら歩いていたが、ふと後方に自分を付けている者がいることに気がついた。気付いたことを気取られないように前と変わらぬ様子で歩いているうちに、頭上を舞っていたとんびは消えていた。やがて前方に三人、後方に二人の武芸者風の男達が現れた。前方三人の右端の男は左肩にカラスよりも一回り大きな灰色の鳥をとまらせていた。たかである。


 そうか、さっき飛んでいたのはとんびではなくてたかであったのか。そう思いながら水月は前三人との距離が五間になったところで立ち止まった。後ろの二人も水月と約三間の距離を取って立ち止まる。見ると全員黒っぽい出立ちであったが、前方中央の男はその上に金糸銀糸で輝く派手な陣羽織を着ている。いずれも小具足で足回りを整え、二刀または三刀を帯びていた。

「おい、貴様、どこから来てどこへ行く?」

 前方の一人が眼光鋭く言い放つ。

「俺は鹿島から来たが、行く当ては決まってはいない。見てのとおりの武者修行だからな」

「それで、貴様の名はなんだ。名を名乗れ」

「名乗れというからには、お互い名乗り合っての果たし合いが所望なのかな」


 水月は刀の柄に手をかけると静かに言った。すると、中央の派手な男が鷹男に目配せし、鷹男がゆっくりと話しだした。

「いや、許してくれ。実は儂が人探しをしていてのう。この辺りで出会うた武芸者には名を聞いておるのよ。儂の名は松岡隼人、兄、松岡源次郎を斬った武芸者を探しておる」

 水月の背筋に緊張が走った。約一年前に下総は佐倉の古寺で将門まさかど党と名乗る盗賊強盗集団の頭目で、水月が切り伏せた男の名であった。それを聞いた瞬間、水月は五人の値踏みをした。後ろの二人はたいしたことはないが、前三人はかなりの使い手に見える。一度に五人を相手にすると、こっちが斬られる可能性も無い訳ではない。いかに "一つ太刀" に開眼していても、この域に達した三人を相手にするのは危ないだろう。水月は策を弄することにした。

「俺の名は、神子上喜一郎。約三年前に故郷を出立して廻国かいこくしておる身じゃ」

 水月は咄嗟に祖父の名を言った。

「なに、神子上とな」松岡隼人は一歩前に踏み出した「では、故郷は安房であろう。神子上水月を知っとろうな?」

「ほう、何故わかった俺の故郷が」

「そうか、やはりなあ。どうやらその神子上村ちゅうのは、武芸者を送り出す村なのか?」

「…………」


 水月は相手の目をじっと見据えていたが、尋ねには答えなかった。

「四、五ヶ月くらい前かのう。神子上なんたら、とか言う武芸者におうたことがある。そいつも神子上水月ではなかったようだが三人連れの武芸者だった。儂等はそん時は十人以上いたがな、そいつらには手が出せんかった。なんとも異常な殺気を秘めた奴らだったからな」

 そのとき水月の眼に暗い光が宿った。

「手出しせんで命拾いしたな。そいつらは伊藤一刀斎と弟子の小野善鬼、そして、たぶん神子上典膳だろう。貴様が聞いた名は神子上典膳だ」


 それを聞いて陣羽織の男が口を開いた。

「ほう、あ奴が天下に聞こえた伊藤一刀斎か。じゃあ、あの狂った狼のような目付きをしていたのが有名な善鬼だな。いいことを聞かせてもらったが……、ところでお前はどうする。お前は一人だし、奴らのような殺気も感じないが」

「どうするとは?」

「有り金と、腰の大小を置いて行けば命だけは助けてやろうってことだ」

 陣羽織の左にいた黒装束の男がわめいた。


 水月は決心した。こいつ等を全員斬り伏せなければ先には進めないだろう。運良く奴らは俺の剣技を過小評価して油断している。水月は師である松軒の言葉を思い出した。

 達人の気とは普段は小さいもんじゃ、お前が儂に出会うた山中でもお前は儂の気が小さいことに油断しておったじゃろう。卜伝先生もそうじゃった。普段はとてもやさしくて虫も殺す気力さえなさそうにみえてのう。先生は、努めて剣を振ることを最後の手段としていたのじゃ。だが、ひとたび剣を抜けば不動明王でさえ震え上がるような化け物じみた妖気を発して、どんな敵でもかならず全力で斬り伏せたそうじゃ。


 松軒先生は言っていた。通常では気を小さくすることはできんが、一つの太刀を身につけるといたずらに気を発することがなくなる、と。

「盗賊集団の本領発揮ってとこだな。……貴様等は将門まさかど党だな?」

 言い終わるや、水月は抜刀して後ろを振り向くと、三間先にいた二人の男に襲いかかった。風のような素早さで相手との間境に入ると、刀を抜いたばかりで構えも十分になっていない二人をあっという間に斬りふせて、そして向きなおった。断末魔の絶叫と地に倒れて転がる音が背後に聞こえる。


 あと三人、黒装束と、鷹と、陣羽織か。だが、この三人は手強い。水月は血のしたたる剣を青眼に構える。三人はすでに抜刀していた。そして、鷹男の肩に停まっていた鷹は飛び去ったのか見えなかった。


「やろうが……、てめえ、なぜ将門党のことを知っている?」

 黒装束の男がわめく。水月の値踏みでは三人では一番技量が劣っている。

「答える前に俺からも質問だ。お前らなぜ神子上水月の名を知っている?」

「死ぬ前に聞きたいなら教えてやる。女だ。女どもが言っていた。俺の兄貴を殺った男は神子上水月という名前だったとな。そいつらは兄貴と仲間を殺った後で、女たちを残して去ったからな。分かったら、貴様も答えろ」

「教えてやる。お前の兄貴を斬ったのは俺だからだ」

「なに、貴様が、貴様が神子上水月か?」

「ああ、そうだ。そして、その派手な羽織の男が斎藤法玄よな」


 水月は大音響で叫んだ。三人はさっと横に開いた。陣羽織の男は答えるかわりに刃渡り三尺三寸はあろうという野太刀を大上段に構え、鷹男は鷹を空中に放つと、右手に太刀を構え左手に小太刀を構えた。二刀を使うのか? こいつは左利きだな。水月は鷹男の左手の小太刀が気になった。あの小太刀を投げた瞬間に三人で襲いかかる気だろう。避けるか払えば、あの上段が振り下ろされる。いつの間にか、黒装束が後ろに回っていた。そうか、飛び下がることもできないという訳だな。ならば法玄の手元に飛び込んで突きを入れるか? いや、だめだ、仮に突きが入って法玄を仕留めたとしても、あとの二人の刀を捌けるか分からん。だがこのままの形で、奴の渾身の上段を受け止めれば刀が折れるかもしれん。


 後ろの黒装束は剣先を地にするほどに低く構えたまま動かないが、前方の二人はじりじりと間を詰めてくる。そうか、あれしかないか。水月の脳裏に一案が閃いた瞬間、鷹男は左腕を振り下ろした。小太刀が眼前に飛びこんで来るのと、法玄が踏み込んでくるのが同時だった。上段の太刀が振り下ろされた瞬間、刀筋を見切った水月は後ろに飛び下がった。そして、飛び下がりながら前から飛んで来た小太刀に刀身を合わせて、それを後方に跳ね飛ばしていた。もしそれがなかったならば、後方で構えていた黒装束が振り上げた一太刀をあびせられていたかもしれなかった。だが、跳ね飛ばした小太刀は後方の黒装束に向かい、それを払ったせいで男はバランスを失った。その瞬間、飛び下がりながら空中で振り向いた水月は、着地と同時に黒装束の頭を割っていた。

 絶叫をあげて転がった男は顔を血だらけにして動かなくなる。だが、振り向くと前方には依然として二人が構えていた。


「運のいい野郎だ。跳ね飛ばした剣が後ろに行くとはな。だが、こんどはうまく行くかな」

 鷹男はそう言うと、右手で太刀を構えたまま、あいた左手を回したり上下させたりする。 

 こいつは、今度は鷹を使う気か? 水月の背筋に冷たい汗が流れる。ちくしょう、鷹は今どこにいる。いつ俺を襲撃するんだ。水月は、さっき見た鷹の急降下を思い出していた。音はするのか? 気配はあるのか? 敏感な野生の獣たちが一瞬にして捉えられるのだから鷹には気配など無いかもしれない。だが、上を見上げれば,その瞬間にこいつ等の太刀がうなりをあげるだろう。鷹が来る前に倒せるだろうか? いや、こいつらには隙がない、倒せたとしても相打ちになる可能性がある。水月の緊張は高まっていく。


 だが、待てよ。鷹はこいつの合図を待っているに違いない。そして、合図があったならば鷹はどうするだろうか。あの速度で急降下してくるのは恐ろしいが、あの速度では地面に激突する可能性があるから、鷹は地表スレスレで減速するに違いない。ならば、くちばしではなくて鋭い爪が武器なのだろう。だとすれば、減速する瞬間に羽音があるにちがいない。その瞬間にすべてが決まるだろう。水月は青眼に構えたまま全神経を耳に集中させた。


 鷹を操る松岡隼人の左手が微かにおじぎしたように感じた。来るぞ。だが羽音はしなかった。横から無音で高速の鷹が流線型のまま突っ込んで来る。鷹の侵入軌道が視界に入ったのは一瞬だった。鷹は俺の頭を狙っている。そして、奴らは鷹が突っ込んだ瞬間を狙って打ち込んでくる。水月はその瞬間、九尺あまり右前方へと飛んでいた。つまり鷹男の方向に飛んだのだ。鷹は瞬間的に軌道を変えた。水月は空中を飛びながら片手で袈裟切りに打ち込んだが斬るのが目的ではなかった。刀を振った回転力をつかって自身を空中で回転させたのである。回転した瞬間、鷹は水月をかすめて松岡隼人に激突した。


 ワアッという叫び声を聞きながら、一瞬後に着地した水月は,今度は、松岡の首からみぞおちにかけて袈裟懸けに切り裂いていた。そのまま法玄に突進すると上段の烈風を五分の見切りでかわし、刀を横殴りに一線させた。鈍い音がして首が飛んで行く。ザザーと血柱が上がると、水月は返り血をあびないように飛び下がった。


 俺は勝ったのか? 松軒先生、五分の見切りと "一つの太刀" のおかげで勝てた。心の底から感謝の念が沸き立ってくる。だが、水月の手は震えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ