▼ 将門(まさかど)党 ▼
▼ 将門党 ▼
松軒と水月は武蔵の国から、下総を通って香取神宮に向かう街道を歩いていた。香取・鹿島神宮は関東に発生した全ての剣術の源である。防人の時代からこの地の武人は香取神宮•鹿島神宮に参詣してから出立したので「鹿島立ち」の名が残っている。その中で塚原卜伝の名は当時の鹿島七流の頂点に立つのみだけでなく、その名は京都から西国まで鳴り響いていた。卜伝は都合三回の廻国修行をし、その間の果たし合いは不敗で、たった一つのかすり傷も受けなかったと言われている。
卜伝の修行した剣の正式名は天真正伝香取神道流といった。卜伝の高弟である松軒が香取の地に向かうのは初めてである。卜伝が鬼籍に入ってから二十年近くになろうとしていた。
「水月、香取•鹿島の地は長い戦乱に荒れ果てて、かつての鹿島七流と呼ばれた剣術の隆盛はないようじゃ。当地では卜伝先生の亡き後は、弟子であった斎藤 伝鬼房が興した天流と、やはり神道流の流れをくむ霞流が争っていると聞く。一説では、伝鬼房は霞流の連中になぶり殺されたとの噂もあるが、伝鬼房の弟子達にはかなりの使い手もいるようじゃから油断はできんぞ」
「はい、俺も武蔵ではラッパやスッパを何人も斬りましたが、いまだ剣の修行を積んだ優れた武芸者とは斬り結んだことがありません。是非、そのような経験を積んでみたいと思うとります」
二人は当時の内海[後の江戸湾]に注いでいた大きな川を渡し船で渡ると、下総の国府台を通り巨大な湿地帯を迂回する街道を進んでいく。その日は昼を過ぎると雨が降り出し、街道ぞいにある村で一息つくことにして、数十軒が連なる村に立ち寄った。
「儂等は通りすがりの武芸修行者じゃが、雨が降り止むまで軒を貸してほしい」
松軒たちを迎えた農夫は、おどおどした緊張した面持ちで二人に対すると、あんた等はどっから来たんじゃ、と問うた。
「儂等は武蔵の国から来たが、これから下総を通って香取神宮・鹿島神宮に向かうつもりじゃ。どこの街道を行けば安全なのか、もし知っていたら教えてくれんかのう」
松軒が言うと
「あんた等は将門党じゃないんか?」
「将門党?」
「ああ、ここらの村々を荒し回っとる賊の集団じゃけど……。実は、おらの知っとる村も襲われましてな、年寄りは刀の新身試しにされるわ、娘は連れて行かれるわ、米は奪われるわで酷い目に会うたいうことですじゃ」
「そいつらはまだここには来んのか? 今ここに来れば、俺がたたき斬ってやるが」
水月は眼に怒りの光をたたえて叫んだが、松軒は冷静に次の質問をする。
「それで、その将門党とはどのくらいの人数なんじゃ」
「へえ、ようは知らんですが、百人くらいはいるようです。そいでも、中心になっとるんは、えらく強い侍が何人かだとかいう噂ですわ」
「ほう。これから行くあたりではどんな武芸が盛んなんかのう。なんでもよいから知ってることを聞かせてくれ」
「へえ、お前さんらが向かう香取・鹿島の地は、えれえ強う武芸者だった塚原卜伝ちゅう人の故郷だと聞いとります。でも、その卜伝ちゅう方が亡くなると、北条やら、北から佐竹なんかが入ってきて、こん地はもう乱れちまったんですわ。佐倉には千葉様もおられたんだが、力がのうて」
「ほう、卜伝殿の生地はそんなに荒れとるのか?」
「へえ、卜伝ちゅう武芸者が亡くなると、その弟子とかいう天流だとか霞流だとかが入ってきて乱れて争うたんですじゃ。そいで、その天流を興した、誰だかっちゅうのが殺された後で、そいつの弟子とか手下とかが賊になっちまって。そいつらは印旛沼の南あたりに根城をつくって、将門党と名乗ってやりたい放題の無法者になっとるらしいんです。まだ、このあたりまでは来んからよいが、あんた等もそっちへは向かわんほうがよいと思いますがのう」
松軒と水月は雨がやんだのを確かめると、足早に村を立ち去った。しばらく荒れ地を行くと立て板があり、そこが法典ヶ原と呼ばれる原野であり、北西に向かえば小金原、南東に向かえば印旛沼と書いてある。
「松軒先生、どういたします。さっきの農夫に従えば小金原から迂回したほうが、将門党とは出会わんと思いますが」
「その通りじゃ。だが、そっちへ、印旛沼へ行けばお前が斬り結んでもかまわん武芸者がいるようじゃがのう。お前はどうしたい?」
「はい、武者修行に出たからにはどこで死んでもかまわんです。行かせてください。その将門党を率いる武芸者とやってみたいんです」
「いいじゃろう。儂もそのつもりじゃったからのう。じゃが、いままでのラッパやスッパと違うて本格的に武芸を習得した無頼じゃからのう。簡単に斬れるとは思わんほうがいい。そもそも天流を興した斎藤伝鬼房は卜伝殿の弟子じゃから、儂とは兄弟弟子ということになる。天流がどのような技を使うのかは知らんが、心して行かねばならんぞ」
その夜、法典ヶ原の端にある古びた神社で野宿すると、松軒も水月も刀の手入れをおこなった。二人とも刀の柄はよくある糸巻柄ではなくて鹿皮で巻いている。刀の鍔は古くから使用されていた物に変えていた。いずれも卜伝が心構えとして松軒に伝えたものである。斬り合って柄が血に濡れたときには糸巻きよりも鹿皮のほうが乾きやすいこと、鍔は新物は刃を受け止めることができずに、スッパリと切れてしまう物があること。このように、卜伝の教えは非常に実戦的であった。
二人は寝刃を入念にあわせ、目釘をこれも卜伝の教えに従い何年も干した頑丈な竹釘に改め、刀身に薄く油を塗ると鞘に納めた。水月は安房を発つときからの刀身二尺七寸の佩刀の他に、スッパから奪った刀身三尺の野太刀を持っている。その野太刀は長いので普段は腰ではなく背にしていた。すべての手入れが終了すると、水月は武者震いをした。
数日後、二人は印旛沼の南に位置する古びた観音堂にいた。日はすでに暮れて上限の月が天高く上っている。初夏に近いせいかそれほど寒くはないが、夕暮れから東の方角で何事かが起こっている気配があった。
「水月、どうやら東の村で何か起こっているようじゃな」
松軒の言葉は現実の風景となって現れた。そのしばらく後で東の空が真っ赤に染まったからである。
「どうやら、賊が村に火を放ったようですね。すると、奴ら、この観音堂まで来るかもしれません。もっともそうなれば、斬って捨てるだけですが」
「その通りじゃ。だが、賊の人数も腕前も不明だからな、油断はするなよ。まさか観音堂に火はつけまいが、そうなっても焦らんようにな」
それから一刻ほどして静寂の中に人馬の近づく音がしてきた。松軒と水月は観音堂を出て、森の中に身を潜めた。馬に乗り甲冑を身につけた武者が一人に、足に具足をつけた武芸者らしい装いのものが四人、ほかに五名ほどの素足の賊が管槍やら薙刀やらを持って歩いて来る。話し声に嬌声が入り乱れ、周囲への警戒などは皆無のようであった。村から略奪拉致された若い女が四名ほど縄を打たれて一列で歩いていた。賊が何を話しているのかは不明であったが、ときどき笑い声がおこった。どうやら、女達を観音堂で陵辱する気なのであろう。夜目の効く松軒と水月には十分な月明かりであった。
「奴らは十人です」
水月は松軒の耳元で囁いた。賊の話声もよく聞こえるようになった。
「ええかあ、お前等はここで儂等の品定めを受けて、それから遠国に売られるんじゃ。まあ、命だけは助けてやるけえ、おとなしくしとれ」
「そんにしても、あの村が雇うた牢人どもはたいしたことなかったのう」
「いやっ、手強かったで、うち等に松岡様がおらんかったら殺られたかもしれん」
「じゃが、斎藤伝鬼房さまの高弟、松岡源次郎さまの敵ではなかったのう」
賊は観音堂の前まで来ると、一人が松明を持って堂の中を改めた。甲冑武者は馬から降りると、腰につけた長い野太刀を外し、続けて甲冑を脱ぎはじめた。
「松軒先生。いつ殺りますか?」
「雑魚の五人は一瞬で切り伏せられそうじゃが、残りの武芸者風と甲冑は手強そうだ。だが、女が犯されてから打って出てもいい気分じゃないからのう。雑魚をおびき寄せて斬り伏せてから行くぞ」
水月は刀身二尺七寸の佩刀を静かに地面に置いた。斬り込みには三尺の野太刀で行こうと決めたからだ。丸太のような木刀で日々数千回の立ち木を打ってきた水月には、刀身三尺の野太刀でも重くはない。間合いが分かりにくい闇で斬りあうならば、少しでも長いほうに利があるような気がしたのだ。
松軒は近くにあった木の枝を拾うと、観音堂の裏手に投げ込んだ。ガサリと音がすると、予想通り、下っ端三人が「誰かいるのか?」と喚きながら、観音堂の裏手の様子をうかがいに来る。松明を手に槍や太刀を持って進んできた男達を、松軒と水月は一瞬で斬り伏せた。鋭い悲鳴があたりに響くと、残りの賊達は全員が抜刀した。観音堂の暗がりから松軒と水月が月明かりに照らされながら、ゆらりと姿を現す。
「なんじゃ貴様等、俺たちの楽しみを邪魔する気か、たたっ殺すぞ」
下っ端が乱杭歯をむき出して喚く。甲冑武者は兜を脱いでいたが、すぐさま野太刀を抜刀し、他の武芸者も松明を投げ捨てると抜刀して青眼に構えた。いずれも無言である。女達は悲鳴をあげると甲冑武者の後ろにさがって震えだした。地に投げ捨てられた松明が橙色の光を周囲に投げかけている。
「山賊に成り下がったか。いずれ名のある武芸者と見えるが寂しい末路よのう」
静寂の中に松軒の声が低く響く。彼は下段に構えていた。すると、槍と薙刀を振り回しながら、二人の下っ端が二人に突進してきた。前に出た水月は槍を払いながら間合いに入ると、一人の腹を横殴りに切り裂き、もう一人が振り下ろした薙刀を飛ぶようにして楽々かわすと袈裟懸けに斬り捨てた。一瞬のことである。
「儂が兜をつけるまで、時間をかせげ」
甲冑武者は地面に野太刀を突き刺してそう言うと、脱いだばかりの兜を着け始める。その前には四人の武芸者が刀を構えて横一列に立ちはだかった。
「貴様等が将門党とかいう賊どもか? その甲冑が頭じゃな?」
水月が大音響で問いかけると、横に並ぶ武芸者の一人が答えた。
「いかにも、将門党だ。戦国の乱れでこのようなことをやっておるが、いつか世に出る機会をうかがっているのだ。お前らも武芸者なら、儂等の気持ちがわかるだろうが」
「将門とは、四百年も前にこの関東で天皇に成り代わろうとした賊の首領、平将門のことじゃな? そんな奴の名を標榜して盗賊になるとは世も終わりよのう」
松軒が冷静に答えた。
「村を焼き、女を略奪して犯してから売り飛ばす、貴様等の気持ちなど判るはずがない。まあ、武芸者の端くれなら名を名乗れ、俺は安房の国、神子上村の神子上水月じゃ」
「よし、儂がかたづける」
兜を着け終わった甲冑武者が厚作りの野太刀を構えて四人の前に出た。
「貴様が斎藤伝鬼房の高弟とかいう松岡か?」
松軒が問いかけると
「違う。貴様等ごときは松岡先生が出なくても儂で十分じゃ」甲冑武者が答える。
「そうか。誰でもいいが、貴様は儂が斬る。水月、よう見ておけ」
甲冑武者が刃渡り三尺以上はあろうかという野太刀を振り回すと、大きな風鳴の音がして、四人の武芸者は後ろに下がった。四人は甲冑武者が負けるとは思っていなかったが、それは当然であろう。兜も甲冑もおいそれと斬ることはできないのである。刀で甲冑の中の身体に衝撃を与えることは可能であるが、その時には打ち込んだ方も斬られているに違いないからだ。
水月も少し下がり、松軒と甲冑武者の一騎打ちを見守ることにした。松軒は相変わらず切っ先を下げて下段に構えている。甲冑武者は振り回していた野太刀を上段に振り上げた。上段からの一刀でたたき伏せる気である。三間の間合いが一瞬でつまると、松明に照らされて黄色に輝く野太刀の刃が振り下ろされた。水月は一瞬瞼を閉じた。松軒が切り伏せられたと思ったのである。が、気づくと絶叫と共に地に転がったのは甲冑武者の体と彼の左脚であった。松軒は相手の上段打ちを間一髪はずすやいなや間合いの内に入り込み、下段から甲冑武者の脚を又下から切り上げたのである。そこだけが甲冑に守られていない部分であり、何度も合戦に参加したことがある松軒はそれを熟知していた。松軒はそのまま突き進み、四人のうちの一番左の男を切り伏せた。ほぼ同時に、上空に飛び上がった水月は左手一本で支えた上段打ちを一番右の男の頭にくい込ませていた。残りは二人である。
「水月、見たか? 甲冑の弱点は脚の付根にある。そこを下から切り上げるのが唯一の方法じゃ」
「貴様ぁ〜、唯の武芸者じゃないな、戦場での経験を積んでいるとみえる」
二人残ったうちの身ごなしに隙のない男が松軒に向かって言う。
「そうか、貴様が斎藤伝鬼房の高弟とかいう松岡だな?」
松軒は、一瞬で後ろに飛び退いた男を睨みつける。
「久しぶりに面白い奴らに出会うたな。伝蔵、油断するなよ」
「はい、こいつら、少しはできるようで」
飛び退いた族の二人は青眼につけていた。位置としては水月の前が松岡で、松軒の前が伝蔵と呼ばれた男である。
「いまさら名乗ってもしかたないが、冥土の土産に聞かせてやる。儂は松岡源次郎。斎藤伝鬼房が興した天流の四天皇と呼ばれた一人で、伝鬼の息子、斎藤法玄の兄弟子になる」
「すると、そっちが斎藤法玄か? 伝蔵というのが名前だな?」
松軒の声が響く。
「ふん、馬鹿な。法玄先生はここにはおらん。儂等よりもはるかに強い危ないお方じゃ。もっとも貴様等は法玄先生に会うことは永遠にないがのう。だが、一応貴様の名も聞いてやろう」
伝蔵と呼ばれた男が松軒に向かって答えた。
「儂か? 儂は雲林院松軒、塚原卜伝先生の弟子である。つまり、貴様等の師匠である斎藤伝鬼房の兄弟子になる。儂は伝鬼房には会うたことがないが、貴様等の所業を卜伝先生は許さんじゃろう」
松岡と伝蔵は無言であった。
青眼に構えた松岡と対峙した水月は八相に構える。先手必勝の型のみで攻撃しかできなかった水月は、このところの松軒との型稽古で後の先を取ることを覚えてきた。つまり、初手を相手に打たせて、それを外して斬り込むのである。毎日、毎日間合いのことばかり考えていた。現状では切っ先一寸五分を見切るのが精一杯であるが、獣のような俊敏さが発揮できれば、後の先を取るのは難しくはない。ただ、松明に照らされただけの薄暗闇のなかで、相手の太刀の長さや相手との距離感を見いだすのは至難なことに違いなかった。
見切りを間違えれば先に斬られるに違いない。だが、水月は恐怖を感じていなかった。彼は過酷な山籠りによって暗闇でも微かな光で観ることができる、夜行生物のような夜目の能力を得ていたからだ。
水月はじりじりと間合いを詰めた。やがて、キェーという叫びと共に、松岡の刀が前方に水平に伸びてきた。必殺の突きであったが水月は頭を振ってかわしていた。その刹那に水月は抜き打ちに腹を切り裂こうと刀を払う、だが、そこには松岡はいなかった。初太刀の突きは見せかけであり外れてもかまわなかったのである。突きを入れた瞬間に松岡は上空に飛び上がっていた。そこから水月の頭上に渾身の一刀が振り下ろされる。だが、猫のような俊敏さを備えた水月は落ちてきた刃スジを、間一髪、自刀で受け止める。ギャンという鋼が打ち合う音と同時に青白い火花がほとばしった。キーという嫌な音を響かせながら松岡の剣が滑ってくる。水月は強い力で押さえ込みながら滑ってくる刃先をなんとか鍔で受け止めた。守勢である。上から刃を押し込んでいるのは松岡だった。
「ふふ、小僧が、貴様はここで死ねえ」
松岡がそう叫んだ瞬間、両腕の血管が最大限にまで膨らんで行く。そのままの形で水月を押し斬りにしようとしたのだ。反射だった、なにも考えずに体が動いていた。水月は太刀を握る手を「一瞬」緩めるのと同時に、体を反らせながら松岡の剣を外す。そして、自由を取り戻した刀を下から力ずくで跳ね上げた。水月の放った返し技は松岡の両腕を斬りとばし、あごの下骨に食い込んで首の血脈を切り裂いた。刀を握りしめた松岡の腕が遠心力で飛び去ると、松岡は前のめりに倒れたがすでに意識はなかった。
同じころ、松軒も伝蔵を袈裟懸けに斬り捨てていた。
危なかった……、だが、勝った。俺は名のある武芸者に勝ったんだ。暗い森の中に水月の激しい咆哮が吸い込まれていった。
松軒と水月は女達の縄を解くと、翌日、村まで送っていった。村は焼かれて荒れ果てていたが、村人は水月たちを暖かく向かえ感謝の言葉を口にした。遠くに寺が見えている。
「あの寺は?」
「あれは、五百年くれえ前にできた寺だっちゅう話です。何でも平将門を呪い殺す仏像を高野山から運んできたとかで、その仏像があるっちゅう噂ですが」
「将門を成敗するための仏像か。ひとつ寄って行こうかのう、水月」
二人が寺に着くと、そこは密教寺院で仏門に帰依する者以外は入れないと言われたが、水月が将門党という盗賊集団を斬ってきたと言うと、門番は、使いを走らせて上の意向を確認した。しばらく待たされてから「では、特別に許可する」と申し渡されて中に入ることができた。
寺を治める修験者風の住職が出てきて松軒と話をした。
「儂等は旅の武芸者で昨日この近くを通りましたところ、女をかどわかす将門党と名乗る盗賊集団に襲われましてのう。そいつ等は運よく撃退しましたが、女たちを送って行ったこの近くの村で、この寺が将門を退治する目的で造られたと聞いて参ったものです」
「そうですか。それは難儀でしたのう。あの将門党と名乗る者どもは数年前から現れては、下総や常陸で悪い行いをやっているとのことです。ここも、奴らに備えて武装はしとりますが、そうですか、そんなに近くに現れましたか」
「それで、よろしければ、是非京の都から将門退治に持ち込まれたとの本尊に手を合わせたく思いますが」
「京ではなくて、高野山から来られましたのは阿弥陀如来像ですが、その霊力を具現化しておるのが、あそこに居られます不動明王様です。これから、護摩法要を行いますが、もしお心があるのでしたら、剣に護摩を焚き、不動明王様の霊力を授けましょう」
「それは、ありがたいことです」
奥に通されると、黒光りのする薄暗い本堂に目玉だけがギラギラと輝く不動明王像が安置されていて、その前で護摩の炎が揺らめいていた。
「剣はどちらを使いましょうか」住職が松軒に尋ねる。
「一剣のみであれば、この剣でお願いいたす。これは儂が卜伝先生より印可を受けたときに、先生よりくだされたものですので」
それは、刃渡り二尺七寸五分で松軒が常に佩いている刀だった。
護摩の炎がさらに大きく立ち上がると、住職は読経とともに、鞘から出された刀で炎を数回切り裂いた。刀を鞘に納め、松軒に返すときに住職は奇妙なことを言った。
霊力を帯びたこの刀は、正義を守るため、そして邪悪を切り裂くときには限りなき力を与えてくれよう。じゃが、この剣を自らの野望達成や邪悪に用いるならば、その力による罰が必ず自分に帰ってくることを覚えておきなされ、と。




