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ト伝 vs 一刀斎  作者: 古河 渚
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▼ 時空の交差路 ▼

時代伝奇小説です。歴史に名を残す剣豪が沢山でてきますが、史実とは無関係ですので、その点ご理解の上で、お楽しみいただければと思います。

▼ 時空の交差路 ▼


 寒風吹きすさぶ冬枯れの街道を二人の男が歩いていた。伊藤いとう一刀斎いっとうさいとその弟子は早朝に宿を発ち山陽道を京へと向かっていた。朝が早かったせいか、そこで声を掛けられるまで人と出会うことはなかった。


「お尋ね申す。もしや、そこを行かれるのは伊藤一刀斎どのでは?」

 問いかけたのは四十くらいの壮健な体つきの男だった。小袖に派手な陣羽織をつけ、腰の帯に太刀二本と小太刀を差している。鋭い目付きからして武芸者だと思われた。

「もし、そうだと答えたら何とされよう」

 一刀斎は前方から来る三人を視界に捉えたときから油断の無い身ごなしで秘かに構えを作っていた。彼は表情にも声にも色を付けずに反応する。

「しからば、我らは陰流をたしなむもので、私は柳井広重と申します。数年前に京にあるどこぞの境内で行われた奉納試合で、そなたの剣を見た事があり申すが、いや、あれはすさまじい試合でありましたのう……」

「ワシらは先を急ぐ故、これにて失礼つかまつる」

「待たれよ。共に芸に生きる者同士、そうつれなくするものでもあるまい……、お互いの芸を向上させるためにも、旅で出会うた武芸者の話でも聞かせてくださらぬか。少し戻れば茶屋が在りもうしたでのう」

 柳井は人なつこそうな笑顔で言った。

「芸に生きる? ふふ、そんな芸を持ってるようにも見えんがな」

 低い声で答えたのは一刀斎ではなく弟子の男だった。

「なんだとう」柳井に付き従っていた二人の若者が喚く。

「そちらの若いお二人さん、芸者気取りは止めたほうがいいな。命がいくつあっても足りなかろう」

 眼光鋭く答えたのは、今度は一刀斎である。

「なにを、我らを若輩と侮るか。こうみえても陰流の免許皆伝ぞ」

 柳井の後ろにいた二人が刀の束に手を置いた。

「よしておけ」柳井は掌で後ろの二人を静止すると「芸が無いと言われたようだが、そこまで言うならば、旅の土産に我が芸を御見せいたそう。一刀斎殿を倒したとなれば我が剣名は天下に轟こうからな」

「抜くのか? ふっ、命を大事にせん輩が多くなってきたのう……」

「その言葉、そっくり貴様に返してやる」

「いいだろう、だがワシの前に、この男と立会うてみよ」

「はは、怖じ気づいたか一刀斎。弟子に立会わせるとは姑息じゃのう。まあいい。得物は真剣を使うぞ」

 そう言うや否や、柳井は二間ほど飛び下がって抜刀した。一刀斎の前にゆらりと弟子の男が現われると、すでに白銀の抜き身が鋭く光っていた。


「陰流伝承者、愛洲あいす小七郎が直弟子、柳井広重、まいる」

「…………」

 一刀斎の弟子は無言だった。身の丈が六尺ほどある弟子の男は、刀身三尺二寸という長剣を使っていたが、それは当時有名に成りつつあった佐々木小次郎の物干竿にも引けを取らない長さである。男はその立ちあいで、それまで師匠の一刀斎にさえ一度も見せたことがない下段の構えを取った。

 柳井は怪訝けげんそうな表情を浮かべながら青眼に構えたが、二人の距離が二間ほどに詰まると、弟子は裂帛れっぱくの気合いと共に剣を下段から股下を狙って切り上げた。その鋭い太刀筋を飛び退いて外した柳井だったが、次の瞬間には何かに弾かれたかのように方向を変えた長剣に、肩からみぞおちまで切り下げられていた。柳井の目に驚きの色が浮かんでいたのは、読んでいた間合いの外から両断されたからであろう。

 刀を手にしていた柳井の左半身が血を噴き出しながらバラリと地に崩れ落ちる。抜刀して見ていた若者二人は、おぞましい光景に恐怖し我先にと逃げ出した。だが、あっという間に追いついた弟子に背後から撫で斬りにされて絶命した。


                ▽ ▽ ▽


 三年ほど前のことだろうか、私は仕事帰りに新宿のバーで飲んでいた。そこは剣豪好きが集まるところとして有名で、人が集まればいつも「誰が一番強いのか」が話題になった。そして、皆、ひいきがいたから議論が白熱して揉めそうになることも多かった。


武蔵むさしはだめだろ。ありゃ、一流の剣士と勝負しとらんじゃないか」

「一流って誰のことじゃ? 俺は武蔵一筋だからなぁ……、武蔵より強い者はおらんて」


 酒の勢いもあって、そんな怒鳴り声が飛び交うこともしばしばであった。

 意見が集約することはなかったが、多くの人の話を聞いて感じたのは、真剣を持って立ち会えば、塚原ト伝か伊藤一刀斎のどちらかが最強であったろう、ということであった。


「しかし、塚原ト伝と伊藤一刀斎が出会っていれば面白かったろうに、残念ですねえ」

「そうそう、ト伝は弘治二年、つまり一五五六年に六十六歳で三回目の廻国修行に出かけたからなあ。でも一刀斎は一五五〇~六〇年の生まれだから、二人が出会うわけがないけどね」


 カウンターに座り水割りを飲みながら隣に座った男性と話していると、通りがかった女性が話しに割り込んできた。

「失礼ですけど、私もお話に加えていただきたいのですが、よろしいですか?」

「ええ、もちろんですよ。どうぞ、どうぞ」

 私が椅子を一つズレると、女性はそこに座ったので、彼女は私ともう一人の男性に挟まれるような形になった。彼女はブラッディ・マリーを注文し、それからゆっくりと話だした。

「ト伝と一刀斎ですか。興味のある組み合わせですね……、もちろん二人が直接刀を交える事はなかったでしょうけど、でも、二人の愛弟子が剣技を尽くした死闘を演じたことはご存知ですか?」

「いいえ、いままでにそんな話は聞いたことないですね」

「実は、この話をするのは今日が初めてなんです」


 私は身を乗り出して、その話を聞いた。途中、彼女のグラスに注がれているのは剣豪たちが流した血ではないのかと、軽い目眩に襲われたことを覚えている。  

 それは、いままで一度も聞いたことのない話だった。



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