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25匹目:チーズケーキはあんまり好きじゃない 3





「なんであんたばっかり!!」



リリアンの振り上げた拳をぼんやりと眺めながら、胸倉をつかまれたのは初めてだなぁなんて呑気に考えていた。ずっと黙ってはいたが、ジェマたちの背後には真面目で優秀な騎士見習いが控えている。先ほどよりも酷い怪我を負わされることはないだろうと高を括っていた。


けれどふと目に入ったクロエとルシアンの心配そうな顔を見てキッと眉を上げた。ジェマの胸倉を掴む手首をつかみ返し、背後に視線を送る。



「なんで。なんでよ!! あたしだって! なんであたしじゃだめなの!?」



ベルノルトがさっと取り押さえ直してくれたリリアンが悲痛な声で叫ぶ。目には嘘ではない涙が浮かび、唇は戦慄いて意味のある言葉がなかなか出てこない。


これまでに起こしたヒステリーとは明らかに違うその様子に、ジェマは息を吐きながらまた拘束されたリリアンを見下ろす。



どんな根拠であれ、リリアンが攻略のために努力していたことは知っている。薬を盛るという目的があったからかもしれないけれどせっせとクッキーを手作りしたり、冷たい対応されてもめげずにルシアンにアタックを続けたり、無視をされ続けても定期的にジェマの元へ通ったり。努力の方向性を間違えているとは感じていたし、おそらくそれは誰にとっても悪いことだった。


その努力が実ることはないだろうとは初めからわかっていたが、ジェマはただ黙ってリリアンを見ていた。



特別リリアンに不幸になってほしいわけではないし、リリアンが恐れる通りヒロイン役を奪われたことを怒っているわけではない。けれど盲目的に夢を見ているリリアンを頑張って止めようと思えるほど愛情があるわけでもない。ジェマはその根拠でもあるリリアン物語について、リリアンから聞きかじったほんの一部しか知らない。だからリリアンがなぜここまでその物語に入れ込めているのかもわからない。


なんでなんでと嘆きながら涙を流すリリアンを見て、視線を逸らすエリオットとアンジェリカ。


自分も少しは罪悪感を抱くべきだろうかと謎の焦燥感に駆られたが、これっぽっちも湧き出てこなかったので見なかったことにした。



「なんで? あたしがヒロインじゃないからちゃんとストーリーが進まなかったってこと? これまで失敗したイベ無視してたから? でも全コンプしなきゃハッピーエンドにできないわけじゃないし。やっぱりあたしがヒロインじゃないから?」


「おい、リリアンは何を……」



静かな空間にリリアンの呟きだけが響く時間に耐え切れなくなったエリオットがジェマの袖を引いた。



「ただの妄想です。だからこちらのことは気にしなくていいので――」


「妄想じゃない!」



そういえばとジェマは思い出した。以前もリリアン相手に話を逸らすことに失敗して大変なことになったのだった。


猿轡を付けようか布を持った手を彷徨わせているベルノルトを尻目に、リリアンはもう一度「妄想じゃない」と繰り返し叫ぶ。



「なんでよ!! なんで!? なんでエリオットがアンジェリカと結婚するの!? あんなに嫌がってたのに!! あたしの方が可愛いって言ったのに!! なんでっ。なんで建国祭の直前にこんなことになるの!?」



いったい彼女はどれだけ建国祭に夢を見ているのだろうか。その並々ならぬこだわりは違和感を抱くほど不自然だ。ただの無邪気な夢見る乙女とは違う必死さに、罪悪感から目を逸らしていたであろうエリオットも首を傾げる。



「それは、すまないと思っていると」


「結局仲直りするならなんで気を持たせる行動したの!? エリオットも結局嫌なお貴族様と一緒だったの!? 最初から恋人にするつもりもなかったってわけ! 最低!!」


「だ、だから話を」


「なんで? なんであたしじゃだめなの? あたしが、猫じゃないから?」



「猫??」



皆が戸惑いの声を上げる中、ジェマだけは眉を顰めてリリアンの頭頂部をじっと見つめていた。


選ばれたのがアンジェリカでも、やっぱりジェマがヒロインだったならうまくいくいったかもしれないという望みを捨てきれないのか。たとえ妄想ではなく本当にそんな物語が存在するとしても、現実を無視してまで信じ込める物語とはいったい何なのか。



(それはもはや呪いの書では?)



ここまで長期間齟齬もなく語り続けられているのだ。ジェマだってただの妄想だとは思っていない。初めはただの妄想だったとしても、きっと誰かが物語として成立するように整えている違いないと思っている。


しかし恋人対象のうちの1人に婚約者がいる時点で、根本から物語が破綻していると言えるのではないだろうか。その時点で現実と物語の不一致に気が付いてほしいものだが、半端にうまくいってしまったせいで引き返すタイミングを見失ったのか。


いや気付いたとしてもやめなかったのだろうなと必死に叫ぶリリアンを睨みつけた。



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