25匹目:チーズケーキはあんまり好きじゃない 1
今週予約投稿をミスりすぎてボロボロ
この世界とゲームの齟齬については気が付いていた。けれど見ないフリをしていた。
だってそれはとても都合が悪かったから。
ダメダメな婚約者に、悪役令嬢が呆れたように微笑みかける。
キリっとした釣り目にキツイ言葉。正しくはあっても間違いを認めない正義ちゃんなところが大嫌いだった。前世で嫌いだったあの学級委員みたいで、悪役令嬢がイベントを邪魔しに現れるたびにイライラとさせられたものだ。
リリアンは『星降る夜に捕まえて』を何周もプレイした。それこそイベントの起きるタイミングや複数の攻略対象たちの好感度の調整度合、選択肢ごとに少しずつ変わるセリフの1つ1つに至るまですべてを覚えている。
そんなリリアンにとってはとても不可思議な光景だった。
エリオットルートの悪役令嬢は、男爵令嬢と親しくしたエリオットをゴミを見るような目で見ていた。のちの回想でそれは身分差別をしていたわけではなくて、身分差のあるエリオットとヒロインの今後を心配してのことだったと判明した。けれどそれで悪印象がすべて消え去るわけでもない。どんな考えがあったとしても言い方というものがある。
一部ファンからは不器用だのツンデレだのと称されていたが、それでもリリアンはアンジェリカが嫌いだった。
「でもそれはあなたには関係がないことだわ。これはわたくしとエリオットの婚約だもの。たとえエリオットがあなたを選びたいと言ったって、正妻となるわたくしは絶対にあなたを認めないわ。だから、エリオットのことは諦めてちょうだい」
こんな誰も納得できないようなことを悪役令嬢が言うわけがない。いつも理路整然としていて正しいことしか言わない良い子ちゃんが、ただヒロインに喧嘩を売るなんてことはしないのに。
いやリアルのアンジェリカはそんなに正しいことばかりを言っていただろうか。先ほど滅茶苦茶に怒鳴られたような気もするし、これまでの注意もそこまで腹が立つものではなかった気がする。
冷たい金の瞳に見つめられて、思考だけがぐるぐると回る。なんでどうしてと漠然とした疑問だけが口から零れた。けれど誰も答えてはくれない。先ほどまでうるさかった猫も黙って尻尾を揺らしているだけ。
ヒロインのことはみんなが助けてくれるのに、どうしてリリアンのことは誰も助けてはくれないのだろう。
エリオットの後頭部をぼんやりと眺めながら、リリアンは震える手を握り締めた。
「アンジェリカ、その、すまない……」
「本当に何か悪いと思ってらっしゃることがあるの? それに今更謝罪を受けても許せませんわ」
「いや、それはっ。その、ちゃんとわかっているし悪いと思っている。本当だ」
「何をわかっていらっしゃるの? わたくしが思い悩んできたことをあなたが理解できるわけがないでしょう。わかったフリはそのくらいにしてくださるかしら」
冷たくあしらわれてエリオットはしょんぼりと項垂れる。
こんな人だっただろうか。その頼りない背中に、リリアンはふと首を傾げた。ホシツカでのエリオットはメインヒーローに相応しいかっこいい人だった。もちろんこんな風に悪役令嬢に縋るエピソードなんて見たことがない。むしろ典型的な俺様キャラで、強引だけれど頼りになる年上の王子様だった。こんなかっこ悪い姿なんてゲームでは1度も描かれていなかったのだ。
まったく記憶と一致しないエリオットの姿に、リリアンは無意味に口を戦慄かせることしかできなかった。
現実と記憶が混同する。
本当にエリオットが言ったのか、それともゲームキャラのセリフだったのか。だんだん自信がなくなってきて、何も言葉が出てこなくなってしまった。
何もかもうまくいかない。これまで順調に進んでいたはずなのに。欲張ったジェマが邪魔をしたから。こんなゲームにない謎のイベントが起きたから。それとも。
(なんで? あたしがヒロインじゃダメだったってこと?)
以前のようなギスギスした雰囲気があっという間になくなってしまったアンジェリカとエリオットを呆然と見つめる。ジェマがヒロイン役を全うしていれば、リリアンが邪魔をしなければ。きちんとゲーム通りに物語が進んだとでも言うのか。
自分が偽物だということなんて初めからわかっている。だからリリアンは最大限に気を遣って努力を重ねてきた。偽物だと言われないように、きちんとヒロインに成れるように。リリアンは必死で攻略チャートを思い出しながら1つのミスもないように分刻みのスケジュールもこなした。
それがすべて無駄だったとでも言うのか。
白くなるまで握りしめた手に温かく小さな手が重なる。
その腕を追って見上げた先にあった憐れみを含んだヒロインの瞳に、ひゅっと息を呑んだ。




