24匹目:幸運の猫とフェーヴ 5
予約投稿をミスりました。
「ぁ、アンジェリカ…………」
そろそろと振り返ったエリオットが、震える声でこれまで散々蔑ろにしてきた婚約者の名前を呼んだ。
いやここで婚約者を頼るんかいと思わずエリオットの頭を引っぱたいてしまった。
ぺちんと間抜けな音が鳴って我に返る。肉体的な危害だけは加えてはならないとあれだけ頭を回していたというのに、くだらないことで台無しだ。
「めんどくせ」と呟いて、もう1度、今度はわざと思い切り引っぱたいた。
「は。おい。お前……」
「手が滑った」
「あの、ジェマちゃん? えぇと何をして……」
「だから手が滑ったんですってば。別にこれだけ揉めた挙句結局アンジェリカ様を頼るのかよふざけんなよとか思ってもないですし、そこで頼られてちょっとほっとしたような顔するなよとかも思ってませんし。ただちょうど手を振ったところに頭があっただけですし。何か月も弄んでおいて普通に捨てるのかなんて引いてもないですし? いきなり殴る理由もないですよね」
少々ひくついた頬を笑みの形に整え、感情の見えない微笑みを浮かべたアンジェリカをジトっと睨みつける。もうすっかり子犬にしか見えなくなってしまったエリオットは放っておくことにした。相手をするだけ無駄である。
パニックやヒステリーを起こしている人を目の当たりにすると不思議と冷静になれるものだが、例に盛れずアンジェリカもそうだったらしい。先に怒りだしたジェマを見て妙に落ち着いた顔をしている。先ほどまでリリアンと一緒になって声を荒げたり変な方向に吹っ切れたりと忙しなかったくせに、一抜けしたような顔をしているのが気に食わない。
アンジェリカのことは好きだ。けれどそれとこれとは別だ。
ジェマを利用するだけ利用して好き放題する傲慢さは好きではない。
「わたしはそれならそれで一向に構いませんけどね? わたしも散々迷惑かけられましたしね。でもここまで来てなあなあで終わらせるのってずるくないですかとか思ってないですよ、全然」
べしべしと尻尾を振りながら、ジェマはふんぞり返って腕を組んだ。大公令息を引っぱたいたというのに微塵も悪いと思っていない。
ぷーっと頬を膨らませて、なんだかこのまま仲直りしそうな雰囲気の2人を見下ろす。
「まったく何の話もしてないし何も解決してない! 最終的にリリアンを切り捨てて終わりって何ですかそれ。つまんないの!」
「いやつまらないって。そういう問題じゃ……」
「そういう問題ですよ! わたしは好奇心だけで首突っ込んでるんだから!」
「あなたねぇ……」
傍観者に徹していたクロエに盛大にため息を吐かれたが、もう取り繕っても意味がない。だってもう大公令息を殴ってしまったから。
ため息を吐きたいのはこちらである。
リリアンだけを排除して終わりで良いならばこんなに揉める必要性は一切なかったではないか。ましてやろくに話し合いすらしないで、いつも通りにアンジェリカがだめだめなエリオットを助けて許してしまう。
結局何も変わるつもりがないのなら、リリアンは噛ませ犬にすらなれていないではないか。
ジェマはリリアンが嫌いだ。
おそらく出会い方が違ったとしても友だちにはなれないタイプだと思っている。リリアンがどうなろうとどうでもいいと思っていたことに嘘はない。
けれど、リリアンのあの気味が悪いほどのガッツだけは買っている。たとえエリオット自身に恋をしているわけではなかったとしても、あそこまで全力で楽しんで交流していた。
多くの人に迷惑をかけてはいたけれど、高位貴族に取り入ろうとする下位貴族令嬢なんてたくさんいる。行いだけを見ればリリアンは特別悪いことをしたわけでもないのだ。むしろそれを受け入れたエリオットや対処を怠ったアンジェリカの責任の方が重いとも言える。
リリアンだけを罰してもアンジェリカとエリオットの関係性は変わらない。
なんだかとってもチープな三文芝居を見せられているようで、そのために長々と付き合わされたことに腹が立ってきた。和解できるかどうかは別として、アンジェリカが思い切りエリオットに気持ちをぶつけようとそういう話だったはずなのに、まったく話をする気がないではないか。
「あなた方が話し合いをしないというのならもう良いです。でも自分たちの軽率な行いの責任は取っていただきます」
そもそもがジェマには関係のない話。綺麗に解決するまで肩入れしてやる義理すらなくなった。
ちらりとシリルの方を確認するが、変わらず皮肉気な笑みを浮かべているだけだった。
目が合うと少しだけ紫紺の瞳を細めて口の端を上げてみせた。ジェマも笑い返して、気合を入れてべちりと尻尾を振る。
「リリアンだけを切り捨てるのは許しません。アレをのさばらせた責任はお2人でどうにか取ってください。アンジェリカ様とエリオット様とリリアンとで3等分です。エリオット様はきちんとリリアンを突き放さなければならなかった。アンジェリカ様は婚約者として受け入れるのか排除するのかハッキリと姿勢を示さなければならなかった。リリアンは現実と妄想の区別を付けて身の程をわきまえるべきだった。3人とも悪いです。誰か1人が加害者でもないし被害者でもありません」
コミュケーション不足だと初めからわかっているのに、ここに至っても腹を割って話すつもりがないならこうするしかない。
「きちんと会話ができないならしなくて良い。その代わり責任は取れと言っています」




