24匹目:幸運の猫とフェーヴ 3
エリオットのぽかんとした顔を見下ろしながら、ジェマはイライラと尻尾を振った。最初に【幸運の猫】の噂を頼って相談しにきたときから、エリオットだけが何も変わらない。先ほどはさすがに反省したのか少々素直になっていたが、別に心の底から反省するほどアンジェリカに怒られたわけではない。
ジェマの想像ではあのタイミングでぺしーんと平手打ちしてくれたら完璧だったのだが、嘘か本当か毒を盛るという斜め上な行動に出た。事前に考えを整理させることでこういった暴走を防げたつもりでいたのに、油断していたら変な方向に爆発してしまった。
リリアンが薬を盛るという手段に出たために一応気を付けてはいたけれど、ジェマの思い描いていた喧嘩とまったく違う展開になっている。
その挙句にずっとエリオットの決断待ち。
「もうあなたにはじっくり考える時間は残されてないんですってば。さっさと決めろっつってんですよ」
なぜかそんなエリオットの後ろでアンジェリカまで目を丸くしている。おそらくアンジェリカが予想していた展開では絶対にないが、もう知らない。アンジェリカがジェマのことを気にかけてくれないなら、ジェマもアンジェリカに気を遣うのはやめた。
リリアンが座っていた椅子に勢いよく尻尾を叩きつけた。思いのほか強い音が響いて、存外小心者なエリオットがびくりと肩を揺らす。
「じゃあ良いですよ。もっと問題を簡単にしてさしあげましょうか」
じっとジェマを見つめるアンジェリカを無視して、もう1度椅子を打つ。
「あなたさっきから黙ってアンジェリカ様のアップルパイ食ってましたけど、後ろのアレ、どうするおつもりですか。公爵令嬢に殴りかかろうとして暴れて拘束されたわけですが、わたしの機転のお陰で実行には移されなかったわけです。大公令息様なら助けてあげられると思いますけど」
助けますか、見捨てますか。
エリオットの瞳がゆらゆらと揺れる。エリオットのことが嫌いなジェマだってさすがに少々良心が傷む酷な質問ではある。きっと考えないようにしていたのだろうことは十分に想像がつく。
すっかりリリアンのことを見捨てている周囲とは違って、エリオットがそこまで薄情で決断の早い人だとは思えない。いくら学生時代の遊びのつもりだったとしても、このまま下がらされたらリリアンが破滅するだろうことは目に見えている。
だが、この男はそこまで考えていないだけだろうとジェマは予想していた。
エリオットがバッと振り返って、ゆっくりと向き直りそっとアンジェリカを見た。
7歳も年上なはずの大人が、だんだん叱られている子犬に見えてきた。ずるい人だなとまたイライラを募らせてべちんと椅子を叩く。
「はい。制限時間は10秒でぇす。10、9、8――」
おろおろわたわたするエリオットを無視してカウントダウンを続ける。この男は本当に甘やかすとどこまででも付けあがる。
焦ってきょろきょろしたあと、ふとアンジェリカと目が合ったのかエリオットの動きが止まった。
「3、2、1、ゼロ! はい答えて!」
「え、あ、ちょっと、まっ」
「だから待たないってば! さっさと答えて! どうするのアレ!」
ピッとリリアンを指さしてべしべしと椅子を叩く。
リリアンの行いを擁護するつもりは一切ない。けれどエリオットにも責任がなかったとは言わせない。何よりちゃっかり1抜けしてアンジェリカのことだけに気を取られているのが気に食わなかった。
それにリリアンとの関係を清算しなければ、アンジェリカとの話に進めない。
外に愛人を囲う貴族なんて社交界で石を投げれば当たるくらいに多くいると聞いた。けれどこの春からずっと、リリアンだけを傍に置きあからさまにアンジェリカを蔑ろにし続けたこの男にそんな器用なことができるはずがない。
エリオットがもう少し賢かったなら、ジェマがこんなことに巻き込まれることもなかったのに。この不器用な優柔不断さの所為でずるずると話が引き延ばされて、先に我慢の限界を迎えたリリアンが拘束され、アンジェリカが変なことをしでかしている。
元凶であるエリオットはただ流されて決断を先延ばしにしているだけなのに。
「助けてくれるよね?」と猿轡をされたリリアンが言葉にならない呻き声で訴える。その脇でベルノルトも眉根を寄せていた。
もう1度ゆっくりとリリアンを振り返り、エリオットが震える唇を開く。
「そこまで、考えて、なくて……」
誰かが吐いたため息に、またエリオットが肩を揺らす。苦労をかけられているのはジェマの方なのに、虐めている気分になってきたのがさらに腹が立つ。
「だから何ですか。決めろって言ってるんです。先月か先々月辺りにわたしも訊きましたよね、卒業後どうするつもりですかって。1か月あれば十分考えられるでしょ。もう少し時間をくれはなしですよ。だってもう来週は建国祭なんですから。誰と参加するつもりなんですか」
本当に何も決断しない男だ。もうそれだけ決めてくれれば良いような気がしてきて、いやいやと首を振る。建国祭のパートナーだけ決めたところで、また問題が先延ばしになるだけ。ここで妥協してはならない。
涙目になっているエリオットをキッと睨みつけて、腰に手を当て尻尾を振る。べちんとまた鞭で打ったような音が鳴って、ジェマは踏ん反り返った。




