5匹目:甘い毒とシュークリーム 2
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ブクマしてくれている方々、見に来てくれた方々、本当にありがとう!
PV数見てびっくりしました!もしかして毎日見に来てくれている方々がいる……??
感謝~~~!!
甘いカスタードとふわふわの生地で頬をいっぱいにすると、とても幸せな気持ちがあふれる。なかなかヘビーでシリアスな話を聞きつつ、ジェマはとろとろと表情を緩めた。
紅茶で唇を湿らせたベルノルトは、そんなジェマを見て一瞬硬直した。
取り繕うように1つ咳払いをして、話を続行する。
「……それ以来、越権行為とはわかっていても、ランズベリー嬢を遠ざけるために、俺なりに手は尽くした。
ランズベリー嬢が声をかけていたのはエリオット様だけではない。騎士科の俺の周りもよくうろちょろとしているから、エリオット様の元へ行かないように引き留めたり話を聞いてやったりはしたのだが」
『ベルノルト自身もリリアンに入れ込んでいる』という噂の原因はこれか、と納得した。やり方が素直すぎて自分の悪評にしかなっていないベルノルトが少し可哀想になってきた。
しかし、同情するのはまだ早かったらしい。
「ランズベリー嬢の話していることがまったく理解できない。女性を評する言葉では無いことは重々承知ではあるが、一言でいえば気味が悪い。
まったくの事実無根なのに、彼女の中では俺は『好きな人の婚約者に仕え続ける悲恋の騎士』になっているんだ」
しょんぼりと肩を落とすベルノルトは、びっくりするほど可哀想だった。そっと残りのシュークリームの片割れを差し出してみたが、静かに首を振られてしまう。
ジェマはそのまま自分のバスケットの中にしまい直した。シュークリームは繊細だから仕方ないのである。お持ち帰りだ。
その悲恋の騎士の話は、リリアンから聴いていて知っていた。けれどまずリリアンのことを信用していないので、話の内容も3割くらいしか信じていない。
とはいえ、ベルノルトとアンジェリカが密会するかの如く2人で話しているのを見たという噂は実際にあり、リリアンと同様の噂を流す人もそれなりにいた。
「事実無根なんですか? あんなに美人なのに?」
「別に美人なら誰でも惚れるわけじゃないだろう」
苦笑されて、「まあそうだけど」とジェマも苦笑する。
「アンジェリカ様のことは尊敬している。しかしこの気持ちは恋だの愛だのという類のものではないと思う」
きっぱりと言い切った割には、もじもじとする。
そんな不思議なベルノルトを横目に、1つ目のシュークリームを食べ終わったジェマは小袋の詰め合わせを開けてみた。
ピンクのリボンを解くと、中から出てきたのは、薔薇やハート、動物型などの可愛い形のクッキーや、貝殻型の1口サイズのマドレーヌ。ドライフルーツの入ったパウンドケーキに、カラフルなメレンゲクッキー。ころころしたスノーボールクッキーや、つやつやナッツのフロランタンまで、種々様々な焼き菓子たち。
「いや、これ勧めてくれた人天才すぎる……!」
とても可愛い。そしてとても美味しそう。ジェマは興奮しすぎて思わず立ち上がりそうになった。
倒しそうになったティーセットを整えて、しゅっと表情も整えて淑やかに座り直す。
「んんっ。あー……、うむ。つまりはアンジェリカ様が好きだと」
「違う」
「間違えました。あれですね。かっこいいけど可愛いと思ったことはないんですね」
「いやそこまでは言っていないが――いや、そうなのかもしれない。先日の女性のことはとても可愛らしいと思ったからな。アンジェリカ様に対する気持ちとはまったく違う」
「ほほう。恋をなさっていると」
「そ、そこまでは言っていない!」
落ち着けおちつけとジェスチャーで冷めた紅茶を飲むように促す。
ジェマは貧乏性の染み込んだ平民なので、紅茶が冷めたくらいで新しいものは入れてあげないのだ。
けれど大公令息なぞよりずっと紳士的な赤鬼は、律儀に声を荒げたことを謝罪した。冷めた紅茶も文句1つ言わず、くーっと気持ちよく飲み干す。
からかったジェマが悪いと言うのに。
しかしジェマの口の中にはすでにハート型のクッキーが占拠している。ぺこりと頭を下げ返すことしかできない。ダメ猫である。
「ともかく、これ以上ランズベリー嬢をエリオット様の傍に居させてはダメだと思う。しかしエリオット様はランズベリー嬢の吐く魅力的な言葉に捕らわれすぎてしまっている。
それに被害にあっているのはエリオット様だけではないから、ただ追い払えば良いというものでもない。エリオット様と同じように、厳しいことを言う婚約者より甘やかしてくれるランズベリー嬢に依存し始めている生徒が複数人確認できている。せめて彼らの成績が上がってくれれば良いのだが、成績が下がったうえに授業態度も悪くなっている。
……このままでは、彼らは切り捨てられてしまう」
固く拳を握りしめ、憤るベルノルトは本当にまともで善い人のようだ。きっと立派な騎士になることだろう。ジェマは騎士のことはよく知らないが。
やはり噂というものはあまり当てにしてはならない。
新しくお茶を入れ直し、ベルノルトにも出してやる。
「しかし、ろくに事情も知らないのに、
『あなたはちゃんと頑張っている』
『認めてもらえないなんてひどい』
『私はあなたの味方よ』
と言われても薄っぺらいだけだと俺は思っているのだが、その心地良さに身を投げ出してしまった者がちらほらいるのが問題だ。とうとう見切りを付けられ始めているようだしな。……アンジェリカ様もエリオット様に忠告なさらなくなった」
ベルノルトはしょんぼりと肩を落とした。
ジェマとしてはリリアンに入れ込んでいない時点でかなり好印象である。リリアンを遠ざけようとしただけでむしろ褒められてしかるべきだと思うが、エリオットがここまで馬鹿になってしまっているとベルノルトも責任を取らせられるのだろうか。とても可哀想だ。
リリアンが嫌いなジェマは、リリアンの被害者に優しかった。
赤味がかった薔薇型クッキーを一口齧ると、口内にふわりと薔薇の香りが広がった。これなら違う紅茶の方が合うかもしれない。
今のお茶を飲み終わったら合いそうな紅茶を淹れよう、と少々現実逃避して、そっとため息を吐いた。
ジェマはアンジェリカがエリオットに構わなくなった理由を知っている。
と、いうより、アンジェリカを唆したのはジェマである。
ジェマはつい先週のアンジェリカとの会話を思い出しながら、カップを両手で持って不安そうなベルノルトから視線を逸らした。
ちみちみとミルクティーを舐めるように飲んで、唇を湿らせる。
『……もう全部無視しちゃダメなんですか? 関われば関わるほど悪化している気がするんですけど』
先週、アンジェリカの話を聞き終わったとき、ついそう言ってしまった。
リリアンは基本人の話を聞かず、どんな反応を返されても自分に都合の良い方へ解釈し、最終的にすべて他人のせいにする。
どれだけ話し合いをしようとしても、こちらが何かを言えば、
「ひどい」
「そんなつもりじゃないのに」
「どうしてそんないじわるするの」
とめそめそ泣いて話にならない。これなら3歳児に言い聞かせる方が簡単と言われるほど、他人の話を聞かない。
だからまさにクッキー事件のときのアンジェリカのように、冤罪を擦り付けられた側が先に疲れて諦めてしまう。
これまでに何度かリリアンの突撃を受けたジェマの経験から言わせてもらうと、リリアンに対して1番効くのは『無視』である。
何もせず、何も言わない。満足するまで喋らせる。嫌になったら逃げる。
それで十分なのだ。
『わざわざアップルパイを踏みつけていったことを鑑みるに、婚約者様もアンジェリカ様の話を聞く気がありませんよね。信じる余裕もないみたいですし、おそらくアンジェリカ様からのアプローチはすべて無駄になるんじゃないですか? 本人が要求した愛の籠った手作りスイーツですら信じられないんでしょう?』
アンジェリカはもう悲しい顔はしなかった。一周回って他人事のように静かに頷く。
そんな様子にジェマの方が少し動揺した。
『……まぁとにかく。まともに相手をするだけ無駄なんですよ。婚約者様は聞く気がないだけかもしれませんけど、ランズベリー嬢は構えば構うほど他人のせいにしますからね。クッキーだって1歩も動いていなくても、アンジェリカ様のせいにされたでしょ?
きちんと相手しようとすると、アンジェリカ様が損をするだけなんです。だからもう、とりあえず学園内だけでも無視しちゃえば良いんじゃありません?』
その後、アンジェリカが何をしたのかジェマは知らない。1度報告に来てくれたが、アンジェリカの婚約話は王家も絡んでいるため詳細は知らない方が良いとのこと。
ただ、当主である祖父に相談して、しばらく冷却期間を置くということになったらしい。ついでにリリアンの所業もきちんと書類にまとめ、注意するだけ悪化して困っていると学園に訴えたそうだ。そして、
『白花会でも、ランズベリー嬢を含む忠告をする者を非難する方は会員資格の停止、態度が酷い場合は除籍処分とすることにしたの』
『えらく対応が早いですね』
『実は、わたくしがうじうじと思い悩んでいる間に、ずっとランズベリー嬢やその周囲のことに関して記録を付けている方々がおられたのよ。その訴えをずっと退け続けていたというのに、わたくしを信頼して任せてくれたの。まだ何も解決していないけれど、とてもスッキリとした気分だわ』
そう言って微笑むアンジェリカは、文句の付けようがないほど美しかった。あの日ジェマが施した儚い系アンジェリカをさらに麗しくしたスタイルは、素晴らしいの一言だ。
たった数日で肌艶まで良くなり、どこか陰鬱な雰囲気が漂っていた以前までとは、まるで別人のように自信に満ち溢れている。
エリオットが捨てられる疑惑がぐっと高くなった。
アンジェリカがリベンジしたアップルパイはとても美味しかったとだけ追記しておく。
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