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24匹目:幸運の猫とフェーヴ 2




また1口アップルパイを食べようと口を開けて構えていたエリオットが、そのままのポーズで固まった。


東屋の中が静まり返り、風に揺れる透水花の涼やかな音が響く。


なんだか久しぶりに綺麗な音を聞いた気がするなんて一瞬現実逃避して、すぐに我に返った。



アンジェリカのいつもと変わらない笑みがとても怖い。いくら感情を悟らせないようにと言えど限度がある。本気なのか冗談なのかも察しがつかず、むしろどちらでもありうるのが非常に怖い。初めからずっと他人事だったルシアンも顔を引きつらせている。


確かに殴ってしまえと唆したのはジェマである。けれどそこまでしろとは言っていない。アンジェリカのこれまでの十数年の苦難を思えばちょっとの毒くらい黙って受け入れろと言いたいところだが、それはジェマの関係ないところでやってほしい。


そこまでされてはジェマの首一つでは足りないどころか天秤にもかけられない。アシュダートン伯爵家の没落が鮮明に脳裏に浮かび、泣きそうな気持ちになりながら隣に座るシリルを見上げた。


しかしシリルはいつもの余裕な笑みのままで、ゆらゆらと尻尾を揺らしてさえいた。



「……は? お前何を…………」



にっこりと笑みを深めるだけで、アンジェリカは何も答えなかった。


間抜けなポーズのままか細い声を絞り出したエリオットの手は、ジェマから見てもわかるくらいに震えている。それは精神的な震えなのか、それとも毒が効いて来たのか。


いやよく考えれば、公爵家と伯爵家で手配されたプロが何重にもチェックしたはずのお菓子に毒物など入っているはずがない。フェーヴの中だろうがなんだろうが、それを確認できなければ彼らの首が飛ぶのだ。全力でチェックされているに決まっている。


鼻の良いジェマやシリルでさえ何の異臭も感じていないし、食器も毒に対抗する術はかけられている特別性だ。本当に毒物が混入していればすぐにわかる。


けれどアンジェリカが何の意味もない質の悪い冗談を言うとも思えない。



「あ、アンジェリカ…………」


「いかがされまして?」


「は、いや、いかがではなくて……。本当に。なんで、毒なんて……?」



いや理由はわかるだろ。思わず心の中で突っ込んだら、すぅっと冷静になった。


エリオットの持つフォークからぽとりとアップルパイが落ちる。フェーヴを当てたエリオットだけの、アンジェリカ曰く毒入りの特別な赤いソースが垂れた。


その不安げな瞳がこのお茶会の主催者であるジェマを見た。変な声が出そうになって、きゅっと唇を結んで全力でふるふると首を振ってみせる。



「なぜ……。私が、リリアンに気を取られたからか……。それが、そんなに……? お前が?」



エリオットがそう言った瞬間、アンジェリカの顔からすっと笑みが消えた。



「なぜ、とあなたが仰いますか」



「ひぇ」と小さく悲鳴が零れた。びくりと肩を揺らして、思わずシリルの腕に尻尾を巻き付ける。


それを直接向けられたエリオットはジェマ以上に震えていた。叱られた子どものように素直になったなと思っていたが、やはり考え方まで変わったわけではなかったらしい。


シンプルに余計なことを言いやがって、と震える手でカップを持ち上げた。



「わたくしが何を申し上げても、あなたには少しも響かないでしょう? だからもう言葉で訴えることはやめにしましたの」



無表情のまま、アンジェリカは自分のカップにミルクを垂らした。静かにかき混ぜながら、小さく息を吐く。


つまりは『お前には何を言っても無駄だから体で理解しろ』と。


たしかにジェマのぶん殴れという提案も似たようなものではあるが、ちょっと発想が物騒すぎる。エリオットがすでに白くなっていた顔をさらに青くする。


彼にはこれまで全然アンジェリカの話を聞いてこなかった自覚があるのだろうか。先ほど婚約者の好みすら知らなかったと思い知ったばかりではあるが、アンジェリカがここまで直接的にエリオットを罵ることなんてなかったはずだ。ぽかんと口を開けたままアンジェリカを凝視している。



コーヒーを一口含み、ふぅとわざとらしくため息を吐いたアンジェリカが、ふっと微笑んだ。



「毒が入っているなんてあなたに都合の悪いこと。いつもと同じように無視してくださって良いのよ」



更に目を大きく見開いたエリオットがフォークを取り落とした。あらあらと頬に手を当てたアンジェリカと目が合って、腹をくくったジェマは立ち上がった。


代わりのフォークを差し出しながら、アップルパイを指さす。



「これ、まだ食べますか?」


「は?」


「食べないなら下げますよ」



今日はジェマが主催する初めてのお茶会である。


ここまで引っ掻き回しておいてと言われたとしても、アンジェリカだけの好きにさせるのはなんだか気に食わない気持ちになったのだから仕方がない。大事になりすぎないようにとこちらが気を遣って立てた計画をぶち壊されて、すべての責任を擦り付けられでもしたらたまったものではない。


嘘でも冗談でも、子どもの喧嘩に武器を持ち出すのはルール違反だ。



「いい加減あなたの優柔不断さに振り回されるのはうんざりです。さっさと決めろ。いつまでもうじうじと鬱陶しい」



あとやっぱりエリオットのことは嫌いだ。






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