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23匹目:私の好きなお菓子は何でしょう? 9




エリオットは以前、アンジェリカの機嫌を取ろうとしてリリアンの好物を買ってきたという前科がある。


そのときは『誰から貰うかが重要であって物はなんでも良い』と言い訳をしていた。詳しく事情聴取するのも面倒だったのでそれ以上は聞かずに追い返したが、もう少し話を聞いておけば良かったかもしれない。


ただ考えるのが面倒だったからたまたまそこに居たリリアンの好みの物を買っただけなのか、アンジェリカの好みを覚えていなかったから適当な物で済ませたのか。


常識的に考えれば、10数年一緒にいれば食の好みくらい嫌でも知れてしまうものだとは思うけれど、妙にポンコツお坊ちゃまなところのあるエリオットのことだ。本当に()()()()()()()()()()()()可能性は十分にある。



婚約者の辛い態度に涙していたアンジェリカなら、こんな風にエリオットを試すことなんてしなかっただろう。彼には本当に少し反省してほしい。


もしまったくの外れ――どうみても甘ったるいもの――を選んだら、思いっきりぶん殴ってしまえばいい。


うまいこと口実を作ったものだと感心しながら、ジェマはそっと紅茶を啜った。




「持ち寄って来られた皆様には申し訳ありませんけれど、この中でわたくしが好むものは1つしかありませんの。よくお茶をするレディたちにはもうおわかりかと思いますけれど」



クロエとクリスティーナが力強く頷く。ジェマもにっこり微笑んで答えた。


手のひらサイズのチーズタルトに、ナッツ入りのブラウニー、焼き菓子にマカロン、レモンパイとロールケーキ、それからプリンにティラミス。


どれを好むかどうかはわからなくても、アンジェリカが甘味を好まずコーヒーが好きだということを知っていれば実質1択だ。



クロエたちもどれだけ簡単な問題なのか、並べられたスイーツを見てすぐに理解したらしい。クリスティーナがあからさまに興味を失った顔をしたのを見つけて、ジェマは思わず笑いそうになった。



「いくらなんでも、婚約者の好むスイーツくらいはおわかりになるでしょう? これまで何度2人でお茶会をしたか、数えるのも面倒なくらいですもの」



おっとりと微笑むアンジェリカとは対照的に、エリオットの顔は青ざめ手まで震えている。とことん大公令息らしくない人だ。まったく感情の読めないアンジェリカをもう少し見習った方が――と言われ続けてきて反発してきたのだったなと思い出して、すとんと納得した。


これは周りの大人たちだけが悪いとは言えないかもしれない。だからと言ってどうすることもできなかったのかもしれないが。



「だからお前には関係ないんだから邪魔をするなって!」



ジェマは思わず立ち上がって、届くはずもない机の向こう側へ手を伸ばした。


完全に蚊帳の外に置かれたリリアンが、キッと眉を吊り上げてエリオットの前に身を乗り出したのだ。何ひとつ持って来なかったくせにと、何も伝えなかったジェマはべちんと尻尾を振る。



「うるさい!! あたしがっ。あたしがヒロインなのよ!! なんでヒロインを無視して悪役令嬢が話を進めてんのよ!! 邪魔をしてるのはお前だろ――ガッ」



リリアンが拳を振り上げているような気がして、見開いた眼を逸らすことができず手だけを必死で動かして。がしっとその場にあった何かを鷲掴み、そのまま思いっきり投げつけた。


ジェマが投げたのはシュガーポットだったらしい。さすがに陶器は不味いと我に返る。ざあっと血の引く音が聴こえた気がした。



頭に重いものが乗った感触がして、そろそろと振り返る。シリルの呆れたような褒めるような何とも言えない顔を見て、なぜだかほぅっと息を吐いた。



「まったく。躾け直しだな、馬鹿猫」


「ごめんなさい……」


「ほれ。ちゃんと見ろ。目の前にシュガーポットが飛んできただけだ。アレには当たってない」



ぐいっと頭を動かされ、ジェマは数度瞬きをした。そして「なんだ」と息を吐く。



「だから!! 邪魔をするなって言ってんでしょ!?」


「大人しくしていろ!」



シュガーポットが当たる寸前でシリルが結界を張ってくれたようだ。リリアンは腰を抜かして尻もちをついただけらしい。何やら喚いているようだが、さっと回り込んだベルノルトに再度拘束されて後ろへ下がらされていた。


ほっとしたのと同時にかすり傷すらないことに若干の苛立ちを覚えたが、さすがに反省した。



「アンジェリカ様、お怪我は……」


「ありがとうクロエ。わたくしは大丈夫。わたくしよりエリオットは?」


「も、問題、ない」


「お顔が真っ青ですが……」


「問題ないと、言っているっ」



いや今ので1番ビビったのはエリオットだったのか。しかし怪我はないようで何よりだ。大公令息に傷を付けたとなればジェマもアシュダートン伯爵家もちょっと危うくなる。すでに精神的にはぐさぐさと刺しているけれど。


不自然ににこやかなシリルに肩を押され、ジェマは腰を下ろした。両手にカップを持たされた。目をぱちくりとさせながらシリルを見上げるが、もうシリルの興味はアンジェリカたちの方へ移っていた。


その視線を追うようにして顔を向けた先で、また忘れかけていた今日の本題を思い出させられた。



「それでエリオット。わたくしの好きなお菓子がどれかわかったかしら」


「…………は?」



穏やかに微笑むアンジェリカの目には、もうリリアンのことなんて微塵も入らないらしい。



(こわ……)



シリルのお陰でシュガーポットは割れもしなかったし、狙われたのはリリアンであってエリオットではない。けれど。


アンジェリカが無事なスイーツを指し示してうっそりと目を細めた。


その美しい笑みに、ぴしりと空気が凍る音がした。







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