23匹目:私の好きなお菓子は何でしょう? 4
「自慢って。さすが馬鹿は発想が違うね! みんな女性をエスコートして来てるってのに、何をわたしが自慢することがあるの? お前がここにいる男性陣を侍らせたいって思ってるってだけの話じゃん」
リリアン物語のヒロインはジェマらしい。その1点だけが、ジェマに不思議な焦燥感を抱かせていた。
このままリリアン物語を披露させても良いが、万が一ジェマが責任を負うことになってしまったら困るどころでは済まない。リリアンがもし、
『本当はジェマがやるはずだったことを押し付けられただけ』
なんて言い出したら?
ジェマはリリアンのことを一切信用していない。
たとえ信頼性の高い予言を得ていたとしても、本当に高位貴族相手に実行する男爵令嬢がどれだけいるだろうか。しかもその物語の主人公はちょっと自分に似ているだけの別人。頭がイかれていると判断するには十分だろう。
ヒステリックに喚き散らすリリアンの言葉に信憑性などまるでない。けれど、これまでのリリアンの言動を見てきた人々からすれば一考の余地があることはすぐにわかる。なにせ実際にエリオットとはそれなりにうまくやっていたのだ。
「お前が分不相応に狙っている気になってた彼らには、お前以外にエスコートする人がいるの! お前は選ばれなかったの!! いい加減諦めなよ、見苦しい」
「ぉ、お前が言うな!!!! あたしからすべてを奪ったのはお前だろうが!!!!」
子どもと大人くらいに差のある、体格の良いベルノルトに押さえつけられているというのに、リリアンはまだ暴れる。
何を参考にしたのだか知らないが、きゅるんと可愛こぶって可愛い面しかエリオットには見せないように気をつけていたはずだ。さすがのエリオットでも、コレを初めから知っていれば絆されることはなかっただろう。
ちらりとエリオットを見ると、もう声も出ないほど驚愕していた。フランツが頼りなく支えているが、現実がうまく呑み込めないらしい。
「何を勘違いしてるんだか。初めからお前のモノじゃなかったってだけでしょ」
自分の望むヒロインの座を奪い取ったという負い目でもあるのだろう。強引に奪ったという自覚があるからこそ、無理やり奪い返される恐怖と戦っている。
ジェマがリリアンから奪った物なんて1つもない。リリアンがジェマから奪ったのだ――とはいえそれもジェマが持っていたとは言い難いものではあるが。なのでジェマのダメージはゼロなのに、リリアンばかりが勝手にダメージを受けている。
ジェマはリリアンがどうなろうとまったく興味がない。ともすれば気まぐれに世話を焼いてやった野良猫以下の存在だ。さすがにスパイ容疑で処刑されたなどという話になれば少しは気が滅入るが、だからといってどうすることもないだろう。
友人でもなければ好感も抱いていない。あるのはただの好奇心のみ。
しかしリリアン物語の結末は気になるし、アンジェリカの初恋の決着も見届けたい。
なんとも下世話な下心の代償として左頬は差し出してやった。それならヒロインを乗っ取った女にも、ジェマを巻き込んでまだ子どもでいることを選んだアンジェリカとエリオットにも、それ相応の代償を支払って貰わなくてはならない。
「というか、本当にエリオット様のことが好きだったの? 誰でも良かったんじゃなくて? 本当に付き合いたいとか結婚したいとか思ってんの?」
「思ってるに決まってんでしょ!? なに今更そんなこと言ってんの!? そうやって自分のこと正当化しようとして――」
「じゃあエリオット様の良いところ10個上げてごらんよ。結婚したいとまで思ってるならそのくらいできるでしょ?」
「できるに決まってんでしょそのくらい!」
そう吠えて口を開けたリリアンだったが、その後の言葉はなかなか出てこなかった。
「えっと、まず顔が良いでしょ。それから優しいし、プレゼントたくさんくれるし、それに…………えっと、あとは……」
シリルに頬を治してもらいながら、ジェマは黙って答えを待った。みなも興味津々でじっとリリアンを見つめている。
本当に好きならば良いところの10個くらい出せるだろう。けれど攻略対象としてしか見ていないのであれば、それすらも難しいに違いない。そう思って提案してみたわけだが、想像の範囲内の結果にジェマはこっそりため息を吐いた。
「まぁそうでしょうね。じゃぁアンジェリカ様どうぞ」
「……わ、わたくし!?」
「一応ね。本当の婚約者の結果と比較してみないことにはね。だってただエリオット様に良いところがないだけかもしれないからね!」
「貴様……!!」
よくもまぁ瞬間的に沸騰するものだ。ふらふらしてフランツに支えられていたくせに、怒りですぐに息を吹き返すとは。
支えるフリをしてさりげなく抑えているフランツがなかなか良い仕事をしているのが面白い。ふっと笑いを零して腕を組む。
「だってねぇ。ろくに会話も成立しないんじゃねぇ。人の話をちゃんと聞くなんて子どもでもできるのに、エリオット様はできないでしょ? それにそうやってすぐに怒るし、ずっと自分は悪くないって顔してるし、都合の悪いことは全部アンジェリカ様のせいにするし? 良いところどころか悪いところばっかりでは?」
後ろでシリルが頭を抱えている気がするが、どうせあとで叱られることは確定しているのだ。この際思いっきりやってしまえ。
殴られて吹っ切れたジェマは、ゆらゆらと尻尾を揺らしながら全方位に喧嘩を売ってみた。背後にシリルを携えて。
「狼の威をかる子猫……」
余計なお世話である。




