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5匹目:甘い毒とシュークリーム 1

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「菓子を持ってくれば相談に乗ってくれると聞いた」


「なんか色々ちょっと違うっすね」



ずいっと手に持ったバスケットを差し出され、ジェマはちょっぴり眉を顰めた。



真っ赤な髪の男子生徒は、難しい顔をしているジェマを不思議そうに見て、何を納得したのか少し離れた位置にバスケットを置いた。


筋肉質で大柄な鬼人にしては、随分と繊細な動きだった。



しかしジェマはその仕草を見て、すぐにハッととある結論に思い至る。


彼は芝生に敷いた絨毯の上で丸まっているジェマに不用意に近付かず、3歩ほど離れた場所でしゃがみこみ、じっとジェマの出方を待っている。


それはまるで。



(こいつ前に見かけたとき、野良猫にも同じことしてたぞ……?)



令嬢たちにも猫ちゃん猫ちゃんと呼ばれてはいるが、それ以外は普通に人間として扱われていたのだなぁとジェマはしみじみと頷いた。



ブランケットに包まったまま起き上がり、絨毯を整えて茶器の準備を始める。


認識は少し違っていても、手土産を持ってきた心意気は認める。相談には乗らないが話だけは聞いてやろう。



2人分取り出したティーカップに気付き、男子生徒は恐る恐るといった体で静かに絨毯に座った。


ブランケットとクッションを差し出すが、「不要だ」と短く断られた。筋肉の鎧は温かいのだろうかなんて無駄なことを考えつつ、魔石コンロのスイッチを入れる。



「先に申し上げておきますが、わたしは相談には乗りません。責任が持てませんので解決策も提示しませんし、協力もしません。ただ話を聞くだけです。それでもよろしければ、お菓子をいただきます」


「なるほど。確かにその程度のリスク管理は必要だろう。それでも構わない。ただ気になることがあれば気兼ねなく教えて欲しい」


「わかりました。そのくらいでしたら」



つい数日前に、なぜだか人の話をまったく聞かない人に昼寝を妨害されたせいか、彼がとてつもなく理性的な良い人に見える。


しかし彼は同級生を猫扱いする変人である。流されてはいけない。



気持ちを引き締めようと難しい顔をしていると、彼はまた少し不安そうな顔をする。


そしてそっと腕だけ伸ばしてバスケットをジェマの方に寄せて、黙ったまま手振りだけで「どうぞ」と差し出してくる。



なんだかちょっと面白くなってきた。



「俺はベルノルト・アングラ―ド。騎士科1年で、レッドグレーヴ大公令息エリオット様の護衛見習いと言ったところだ。相談――ではなく聞いて欲しいのは、そのエリオット様の話だ。知ってはいると思うが」


「ジェマ・セネットです。ランズベリー男爵令嬢の話であれば聞いたことはあります」



またその話か、と少し残念に思いながら挨拶を返す。



アングラ―ド伯爵家は騎士の家系らしい。エリオットよりも年下ではあるものの、鬼人のベルノルトは幼いころから体格がよく剣術にも優れていた。そのことでエリオットの側近兼護衛に選ばれたらしい。


アンジェリカとも幼馴染と言えるほどの付き合いで、2人が結婚してもエリオットに付いていくことになっているそうだ。



ベルノルトとはこれまで会話をしたことはなかったが、そのくらいは知っている。


男子生徒で1番高位なのがエリオット、女子生徒がアンジェリカ、問題児がリリアンであるため、その周囲の話題は探らなくても入ってくるのだ。



唐突に不機嫌に尻尾を振り始めたジェマに困ったように、ベルノルトは話を始めた。



「エリオット様がランズベリー嬢に惚れているらしい」


「…………ん?」



今更何をと言いかけたが、そう言ったベルノルトの馬鹿真面目な表情を見てぽかんと口を開けた。


入れている途中の紅茶が零れそうになって、慌てて両手でポットを支える。



「ランズベリー嬢がエリオット様に好意を抱いていることは知っていたのだが、エリオット様は婿入りが決まっているのだからどうにもならないと思っていた。初めはエリオット様も、顔は可愛いけど礼儀がなっていないと言っていたしな」



リリアンに入れ込んでいるエリオットを止めない護衛ということで、ベルノルトの評判もだんだんと落ちて行っている。


何も考えていないエリオットに従順なだけの脳筋だとか、ベルノルト自身もリリアンに入れ込んでいるだとか、あまり良くない噂が出回っていた。


けれどこの様子だと、ベルノルトは随分とまともそうだ。



身振りで勧められたバスケットを開けると、シュークリームと小さな可愛い包みがたくさん出てきた。


甘いものが嫌いと噂の無骨な男性が持ってきたにしては可愛すぎる包装だ。小さな包みは焼き菓子だろうか。とてもいい香りがして、ふにゃんと唇が緩む。



「これ全部食べて良いんですか?」


「ん? ああ。よくわからなかったから、店で勧められたものを全部買ってみただけだ。嫌いじゃなければ全部食べてくれ」



思わず話をぶった切ってしまったが、ベルノルトは照れくさそうに素直に答えてくれた。同い年といえど、体の大きな男性がてれてれと頭を掻くさまは少し可愛らしい。



てっきり使用人にでも用意させたと思っていたが、まさか自分で買いに行っていたとは。



包みに刻印された店名を見ると、貴族令嬢に人気の、よく行列ができていると評判のお店だった。少しお高めなのでジェマは行ったことがないが、令嬢たちばかりの列にがっちりしたベルノルトが並んでいる様子を想像すると、その覚悟のほどが伺える。


いや、人目を気にせず野良猫にかまっていたベルノルトのことだ。意外となんでもなかったかもしれない。



まあ何でもいいか、と思い切りかぷっとシュークリームに齧り付いた。



「……最近のエリオット様は、ちょっとおかしいと思う」



ジェマにとっては今更だが、眉を顰めたベルノルトは真剣そのものだ。


鬼人の大きな手で持つと、ジェマと同じティーカップも小さく見える。お気に入りのカップだから握りつぶさないで欲しいなんて失礼なことを考えながら、ジェマも小さく頷いた。



「ランズベリー嬢の言動もだいぶおかしい。手作りじゃなくても、男爵令嬢から食べ物の贈り物なんて受け取るべきじゃないし、受け取ったとしても食べるべきじゃない。だというのにエリオット様自ら要求するなんて、正気とは思えない」



うむうむと頷いた勢いでクリームが零れそうになり、慌てて手探りでナプキンを手に取る。


しかしこのシュークリームはとても美味い。しかも3つもある。嬉しい。



「最近、エリオット様はランズベリー嬢の言うことを鵜呑みにして、『如何にアンジェリカ様が非道か』などとくだらないことに頭を回している。そんなにアンジェリカ様に劣等感を抱いているなら、ランズベリー嬢に逃げていないで少しは努力をすればいいのに――と遠回しに言ったら、俺も煙たがられて遠ざけられてしまった……」



まともな人を遠ざけ始めたら終わりではないか。


まだ卒業まで半年はあるが、半年しかないとも言える。リリアンにとってはまだ入学したばかりだが、エリオットはもうすぐ卒業だ。



「エリオット様にとってはあと2回しか試験がないのに、ランズベリー嬢は気軽に『次頑張ればいい』と言ってしまう。


昨年までは行っていたアンジェリカ様との勉強会も、前回の試験では行われなかった。結果はとても酷かったそうで、俺もなぜ報告しなかったのかと叱られたくらいだ」




最近まで平民だった新入生のリリアンと、半年後に卒業したら公爵家に婿入り予定のエリオットの認識が一致しているわけもない。きっとリリアンがエリオットの悩みをきちんと理解できる日は一生来ない。


なぜならリリアンの父は王弟ではないし、母親は隣国の王家の血を継ぐ公爵令嬢じゃない。


元没落貴族と平民の両親を持つリリアンには、優秀すぎる婚約者もいない。



その場だけ慰めても意味がないのに、リリアンにはそれがわからない。



しかし実際にそこまでの害が出ているというのに、アンジェリカは『もっと優しくしてやれ』と言われたのか。


それだけアンジェリカがエリオットに厳しかったのか、他所の女ではなくお前が甘やかしてやれという意味だったのか。



ごく自然と真っすぐ前を見るアンジェリカだ。どちらも、が正解な気がしていた。





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