23匹目:私の好きなお菓子は何でしょう? 2
どうしてこうなった。
イライラと尻尾を振ったジェマは秘密の部屋から紙袋を1枚取り出した。何の変哲もない、学園の購買で何かを買ったときに商品を入れてもらったごく普通の紙袋である。
茶色い紙袋を静かに広げて、空気を包み込むように膨らませたまま口元だけをぎゅっと握り込む。
その手をすっと掲げ、隣に座るシリルに目配せした。辺りを見回して何度か頷いたシリルがジェマに視線を戻し、皮肉気に口の端を上げながら顎をしゃくった。大公令息と公爵令嬢の怒鳴り声を聞きながらのんびりとお菓子を食べているクロエとルシアンにも、その紙袋を見せつけるように片手をひらひらと振った。
それを見つけたフランツが顔を引きつらせてシリルを見遣るが、シリルはゆらりと尻尾を揺らしただけだった。
周囲でこっそりと見守っているはずの護衛たちにも一応の合図はできた。シリルの許可も取れたので、もう遠慮することはない。「やってしまえ」とばかりにキラキラした目を向けてくる何人かの期待を受け、ジェマはそのパンパンに膨らんだ紙袋を思いっきり叩き潰した。
「……まぁとりあえず全員落ち着きましょうね!」
ぱぁんっと尾を引く大きな破裂音が響き、穴の開いた紙袋を見せびらかす。「あぁスッキリした! ざまあみろ!」と喉から飛び出そうになった本音をギリギリのところで抑えて、ジェマはとても良い笑顔を浮かべた。
腰を浮かせて怒鳴り合っていた3人は、腰を抜かしたように椅子にもたれ込み、はくはくと口を動かしたり無意味に瞬きを繰り返したりしている。
ふっとシリルが意地悪く鼻で笑った音がした。完全に他人事のクロエたちは呆れたり笑いを堪えたりとみな様々に楽しんでくれているようだ。黙った3人に満足したジェマは、姿勢を正して静かにティーカップを傾けた。ふぅと息を吐いたタイミングで、信じられないとでも言いたげな顔をするエリオットたちに向き直った。
「今更ですよね。アンジェリカ様とエリオット様が――便宜上今はお名前で呼ばせていただきますけれど――お2人の仲が悪いのも、リリアンがマナーもへったくれもない態度でエリオット様にひっついているのも、そんなリリアンをアンジェリカ様が注意するのも。全部今更です。ここ数か月ずぅっと同じことを繰り返しているだけ」
一変して驚いた表情を浮かべる面々を無視して、ジェマはもうひと口紅茶を含んだ。角砂糖を3つとたっぷりのミルクを入れた紅茶は無駄に甘ったるい。
こてりと首を傾げて、馬鹿馬鹿しいという気持ちを隠さずに嗤った。
「わざわざ人様の主催するお茶会で喧嘩するなら、もう少し生産性の高い言い争いをしましょうよ。もうソレ聞き飽きたんですけど」
ジェマはべぇっと舌を出して静かにティーカップを置いた。立ち上がってアンジェリカたちの後ろに回ると、ヒートアップした3人が倒したティーカップやお茶まみれになってしまったお菓子などを淡々と片付ける。ささっとテーブルクロスも取り換え、淹れ直したお茶を3人の前に置いた。
さすがに冷静になって顔を青ざめているアンジェリカには温かい紅茶を。けれどまだ不貞腐れているエリオットには酸っぱいレモンティー、まったく反省していないリリアンには出涸らしの薄くて温いお茶で十分だ。
どうぞと不貞腐れた声を出すと、エリオットだけがびくりと肩を揺らした。
「ねえ。このお茶別のにしてくれない?」
「は? ちゃんと入れた高いお茶自分で零したくせに何いっちょまえに文句言ってんの? 黙って出されたもの飲めよ、客なんだから」
「はぁ? 主催者ならお茶くらいちゃんとしたもの出しなさいよ!」
「うるさいな。今日の主役はわたし! 何でもお前中心で進むと思うなよ」
「……はぁ!? 何様のつもり!?」
バンっと机に手を付いて、リリアンが腰を浮かべた。胸倉に掴みかかりそうな勢いでジェマに詰め寄る。なんだか最近リリアンの沸点が低いなと思いながら、ジェマも堂々と睨み返した。
アンジェリカが素直に向き合うべきはエリオットであってリリアンではない。別にアンジェリカが婚約者の不貞相手としっかり話し合って和解する必要性なんてどこにもないのだ。リリアンが勝手にヒロインVS悪役令嬢の対決をしようとしているだけで、アンジェリカがそれに付き合う義理もない。
もうアンジェリカとエリオットは知らない。とりあえず1番初めに思いついた作戦通り、ジェマがリリアンをぶん殴ってうやむやにするのが1番良いだろう。
ということで、思い切りリリアンに喧嘩を売ってみたのだが、どうだろうか。
ギリギリと噛み締めた奥歯を鳴らすリリアンの手が伸びてきて本当に襟のリボンを掴まれたとき、ジェマはべぇっと舌と出して小さく「後ろ」と呟いた。
またヒステリックな声を上げたリリアンが振り返ると、そこには唖然としているエリオットがいた。




