22匹目:アップルパイに包んだ気持ち 1
最終章(?)突入~!ふぅ~!!
誰にだって、考えたくない問題の1つや2つは存在する。ジェマにとっての恋愛問題がそれだったように、誰しもがいつかは向き合わなければならない現実を抱えて生きている。
疎らに降る雨が澄んだ湖面を打ち、ゆったりと刻まれるリズムは心地良かった。
冷えきった東屋を暖めて、たっぷりとした毛皮のラグを石造りの椅子に敷く。温く淹れたミルクティーが冷えた体に染み渡る。ほぅと白い息を吐いて、ジェマは周囲を見回した。
この湖へ来ることはシリルにもアシュダートン伯爵にも禁止されていた。しかしここまで引っ掻き回した張本人なうえに、公爵家からの直々の指名だ。ジェマにもアシュダートン伯爵家にも断るという選択肢など許されていない。また危険なことがあればすぐに逃げるようにと厳命され、アンジェリカに関する用事であればと許可を得た。
場所が危険なわけではないことはみな承知している。けれど、この湖はもともと人気が少なく校舎からも離れているため、他に比べれば危険度は高いと言える。
だからこそこの湖で問題は起こり続けるし、嫌な噂は更新されていく。
今日も今日とて他に人のいない静かな空間だ。
東屋の屋根を打つ軽快な音と時折鳴り響く透水花の流麗な音色のハーモニーに耳を傾けつつ、ゆらゆらと尻尾を揺らしながらクロワッサンサンドに被りつく。
今日のジェマはアンジェリカに呼び出されてここへ来た。野良猫だって、世話になっている人たちにあれほど心配をかけてしまっては自重しようという気持ちも湧く。先日ルシアンに呼び出されて以降、1人ではけしてこの湖を訪れなかった。
まるでジェマ1人だけしかいない世界に入り込んだかのような、この静寂で静謐な時間が好きだ。そう再確認して、もっくもっくと気合いを入れてサンドイッチを食む。
面白そうだと自ら首を突っ込んだことが悪かったということは嫌という程理解している。
あのときアンジェリカに余計な提案をしなければ。初めて声をかけられたときにリリアンをぶん殴っていれば。エリオットが相談に来たときに事が丸く収まるよう誘導しておけば。自分から「私がお茶会でも開く」なんて言わなければ。
きっと引き返すタイミングはたくさんあった。問題が大きくなる前に沈静化する手立ても、ジェマの目の前にごろごろ転がっていた。
それを敢えて無視して好奇心を優先させた結果がこれである。そんなことはわかっている。
腹が減ってはなんとやらだ。
そう主張して昼食も普段の1.5倍は食べたジェマだったが、午後の授業に体育があったのですっかり消化してしまった。
少し奮発してカフェテリアで調達してきたさくさくのクロワッサンサンドは、ハムとチーズとスクランブルエッグがたっぷりと挟まれている。1個で満足できるほどボリューミーなサンドイッチをおやつに食べる。なんとなく背徳的な、悪いことをしている気分になった。
ミネストローネで喉を潤し、さっと辺りを見回す。まだアンジェリカが来ていないことを確認して、サンドイッチを持ち直した。
アンジェリカの婚約問題は、色々な人たちの想定を遥かに越えて大事になってしまった。
きっとアンジェリカとエリオットだけならこんなに拗れた話にはならなかっただろう。そこへ全力でエリオットを奪い取ろうとするリリアンが現れ、ジェマが悩むアンジェリカを変な方向へ吹っ切れさせた。
つまるところ、リリアンも悪いがジェマも相応に悪い。
現状見逃されてはいるが、ジェマの代わりにアシュダートン伯爵が少しお灸を据えられてしまったらしい。何か大きな不利益が出るようなことではなかったそうだがとても心苦しくなった。
サンドイッチに八つ当たりして、ワイルドに大きくハムを齧りとる。
先日、ジェマはアンジェリカにエリオットに対する要求を考えておけと言った。今日はその答えを聞けるらしい。無責任にアンジェリカを煽り土壇場で怖じ気付いた割には良い話の逸らし方だと思ったのだが、真面目なアンジェリカには通用しなかった。普通にちゃんと考えてくれてしまった。逃がしてはくれないようだ。
気合を入れるために美味しいご飯で腹を満たす。カフェテリアでこんな風に遠慮なく齧り付いていたらはしたないと注意を受けるところだが、ここには誰もいないので問題ない。
頬に付いたソースを舐め取り、ふぅっと息を吐く。
曰く付きのスポットと言えばたいていはもっと陰鬱な雰囲気が漂うものだが、この湖はひたすらに美しい。
ジェマは宝石や美術品よりも、こういった自然の風景の方が好きだ。人気が少ないのも落ち着いて良い。こんな素敵な場所を怖がっていないで、みんなももっと素直にゆっくりとすれば良いのに。
ここで聴く話は楽しくないトラブルばかりだ。どうしてこんなに綺麗な場所で人間の醜い話ばかり聞かないといけないのか。
だからせめて美味しいおやつでもなけりゃやってられんのだ。




