21匹目:甘くて冷たいアイスクリームは正直有難迷惑でしかない 4
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攻略を邪魔されて怒るリリアンほど呑気になれないマーサは、いつ責任を追及されてもおかしくないこの状況に恐怖しか感じられなかった。
いくら合法のものしか使っていないとは言っても、親しくもない相手から使われて気持ちの良いものではない。不快だと訴えられれば不敬罪にも問われかねないものだ。
そのうえリリアンが攻略しようと手を出して回ったのは、いずれも地位が高かったり将来を期待されていたりする者たちばかり。攻略の合間に他の男子生徒にもちょっかいはかけていたようだが、やはり大公令息と親しいという噂の女子生徒とそういう関係になるのは難しい。結果として、客観的に見ればリリアンは人気の高い男性にばかり色目を使う頭のおかしい下位貴族令嬢となってしまっている。
リリアン個人がおかしいと思われているだけならまだ良い。けれどどこぞのスパイとでも疑われてしまえば、マーサまで巻き添えで大変なことになる。
(やっぱりリアル乙女ゲームなんて無理だったんだ……っ)
興奮の冷めた頭で思い返してみると、リリアンのあれは乙女ゲームのヒロインを演じていただけだ。リリアンの素はヒロインのように真面目で優しく前向きな可愛い女の子ではない。
【星降る夜に捕まえて】のジェマなら。
あんな風に取り乱して喚き散らしたりはしないし、建国祭間近のこの時期ならばもう礼儀作法も言葉遣いも立ち居振る舞いも9割方身に付いていなければハッピーエンドには持ち込めない。それを思えば、リリアンの攻略がうまくいかないのはまだリリアンの中で日本人の比重が重すぎるせいかもしれない。
『貴族のマナーとかめんどくね? なんであんなことやんなきゃいけないのかマジ意味不明だわ』
ネイルを弄りながら、足を組んでため息を吐いていたリリアンを思い出した。先入観と興奮を抜きに改めて見てみれば、リリアンはやっぱりこの世界の貴族令嬢ではない。
どうしてあの態度で高位貴族を攻略できると思ったんだろう。濡れた頬を拭いながらマーサはふと我に返った。いくらちょっと興奮作用のある薬品を使ったとしても、その程度で誘導できるものでもないはずなのに。
エリオットのせいか。リアルでは1番難易度が高そうな大公令息の攻略がうまくいってしまったから、他の面子相手にもイケると勘違いしてしまったのだろう。ゲームではメイン攻略対象のエリオットが1番難易度が低かったというのに、半端にリアルの事情を考慮してしまったせいで感覚がバグった。
「あ゛ー……。ほんとさいあく……」
自らリリアンに話しかけにいかなければ。好奇心で乙女ゲームに首を突っ込まなければ。マーサには一切関係のない話だったのに。
「あーもうどうしよぉ……っ」
布団の中でグダグダと文句を垂れ流して、マーサはため息を吐いた。
前世と同じで、この世界もただ楽しくてキラキラしているものではないともう理解していたはずなのに、どうして乙女ゲームは別だと思ってしまったのだろう。いや、あんなに自信に満ちたリリアンを見てしまっては期待してしまう。現実を見ろなんて水を差すこともできない。
結局マーサにできることは、リリアンが余計なことを口走らないよう祈ることくらいだ。錬金術科に通っている以上、『知りませんでした』は通用しない。
『ポーションクッキー』という名の微弱な媚薬入りクッキーと、『秘密の香水』にパッケージが似ているいわゆる夜用の香水。ゲームで錬金術の授業を受けるために必要な体力を回復させるアイテムにそっくりの羽ペン『月烏の羽ペン』と、砕かれた宝石がキラキラ光る空色のインク『春空の雫』。魔術の授業で成績をアップさせるための『努力の短杖』。
乙女ゲームを成立させるために、マーサとリリアンはアイテムをたくさん集めて使用した。
ただ見た目が似ているだけなら問題はない。リリアンは実際に乙女ゲームのアイテムだと信じて疑わないけれど、マーサはそれほど楽観的にはなれなかった。
問題があるのはポーションクッキーと秘密の香水だけではない。他の物もしっかりと調べられたくはない、結構グレーめな品ばかりなのだ。乙女ゲームでの効果からすればそれも不思議はない。現実に存在するチートアイテムなんて、なにがしかの問題があってしかるべきだ。
法的にはグレーではあるけれど、それを使っている者が大公令息をたぶらかしているとなれば心象はすこぶる悪い。
どれだけ考えても解決策など出てこない。他の物ならともかくとして、ポーションクッキーを大公令息に食べさせていたというのは本当にマズい。
もう1度大きなため息を吐いて、もぞもぞと布団から顔を出した。冷たい空気が顔を撫でる。
火照った頬を冷やして息を吐いた。布団から這い出てぐっと背を伸ばすと、煮詰まった頭もすぅっと冷めていくようだった。鼻をかんで顔を拭き、手櫛で髪を梳かす。
ぼーっと窓の外に広がる曇り空を見上げていると、控えめに扉がノックされた。
「あの、リリアンだけど。風邪引いて寝込んでるって聞いたんだけど大丈夫?」
「…………うん。大丈夫」
冷静になってから聞くリリアンの言葉は、やっぱり品があるとは言えなかった。たしかにマナーや礼儀作法は面倒くさい。けれど貴族と関わっていくならば、最低限綺麗な言葉遣いは必要なのではなかろうか。
控えめに入って来たリリアンはとても可愛いけれど貴族令嬢ではないのだなと思ってしまった。
「お見舞い何がいいかなーって考えたんだけど、熱出したときはやっぱアイスでしょって思って買ってきたよ。他にも必要なものがあれば買ってくるからなんでも言って」
「あ、ありがとう……」
「めっちゃ具合悪そうじゃん。ごめんね、起こしちゃったね。すぐ帰るから!」
リリアンの背を見送って、サイドテーブルに残されたアイスを眺める。
たしかに精神面から体調も優れなかったが、学校を休むほど具合が悪いわけではない。布団に包まって泣いていたときには暑さも感じたけれど、今は冬らしく室内でも肌寒い。
「アイス食べるか…………」




