21匹目:甘くて冷たいアイスクリームは正直有難迷惑でしかない 3
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父に勧められて入った学園は、貴族ばっかりでつまらなかった。
錬金術の知識は父から教わっていたし、その他の勉強もファンタジー世界にテンションが上がったときに勢いで学んでいた。それでもマグワイア魔導学園に入学するのは骨が折れたが、なんとかギリギリで滑り込めた。
錬金術師を目指すなら貴族に搾取されない立派な錬金術師になってほしいと父に勧められたが、マーサは自分がそんな立派な人間になれるとは思っていなかった。学費も馬鹿にならないのに、そんなに期待しないでほしい。毎日をなんとなくで生きて、適当に授業に出て、当たり前に成績は振るわなくて。だめな自分にまた嫌な気分になって。
そんな日々が、リリアンのおかげでまたキラキラしたものに変わった。
平民で容姿にも自信のないマーサは俯いてばかりだった。同じ学園に通っていても高位貴族のことなんて気にもかけてすらいなかった。それなのに。
『すごい。よく大公令息に突撃なんてできるな……』
あれだけ可愛ければ自信も付くかと納得して、なんとなく綺麗に爪を磨いた。
そうしてマーサはリリアンに協力し始めた。協力すると言っても平民のマーサにできることなんてほとんどないけれど、ゲームの攻略情報を思い出して再現できるよう一緒に頭を捻ったり、ホシツカのアイテムに似ているものを見つけたら少ないお小遣いで買ってプレゼントしたりした。
リリアンが好感度アップのためのポーションクッキーを作るのにも協力したし、秘密の香水に似た香水もマーサが買ってきたものだ。
『ポーションクッキーもだめ、秘密の香水もだめ! ルシアンのチョコケーキもフランツの補習もだめ! ベルノルトも全然会えないし! 騎士科の鍛錬場も自習室も立ち入り禁止にされたし! ほんとになんなの!? ぜんっぜんうまくいかない!!』
『ちょっと初見情報多すぎなんだが? 詳しく』
『ぜーんぶあいつのせい! あの猫が被害者面して大袈裟に訴えて攻略の邪魔してんの!! 大事なイベとかアイテムとか全部潰された!! もーほんっと最悪……!!』
ヒロインの座を奪い返すどころか、そこまで露骨に邪魔をしていたとは。尻尾を振るのは令嬢たちばかりで恋愛系の噂はまったく聞かなかったのに、本当に今更だ。
『ただのポーションクッキーなのに変な薬入れたとか文句付けられるし、香水も変な成分入ってるとか言われるし! 知らないんだけど!!』
『……えっと、なんであの猫に文句言われたの?』
『なんか臭いっつって吐かれた! タイツも破れたし!!』
がしっとわし掴んだカップケーキに齧り付いたリリアンを見ながら、マーサは背中に嫌な汗が伝うのを感じた。錬金術の知識があるマーサは知っている。というよりすべてわかっていて材料を用意した。
『え? いつものヒロイン用クッキーがだめだったの? なんでそんな……』
『あ。そういえばエリオット用のやつあげちゃったかも』
『だっ。間違えたらだめだって言ったじゃん! なんでそんな自殺行為するの!?』
『怒んないでよ!! なんでそんな怒るの!?』
『いやだって……っ』
――だってほぼ平民のリリアンが、まともに挑んで高位貴族に相手にされるとは思わなかったから。
言いかけた言葉をぐっと呑み込んで、小さな声で謝罪する。
リリアンは身分こそ男爵令嬢だけれど、そこはかとなく品が足りない。マーサと話しているときは前世のJK感が強いし、平民らしくもないけど貴族令嬢らしくはない。
いくらリリアンが可愛くても、貴族はちょっと食器を鳴らしただけで嘲笑う連中だ。リリアンのマナーがそこまで完璧だとは思えなかったから、少しでも手助けになればと気を利かせたつもりだった。ちゃんと合法の、恋のおまじないとして使われる程度のものだから、たとえバレても問題ないだろうなんて勝手に判断して。浮かれるリリアンの質問を適当に流して、入れさせた。
獣人の特徴が強い人は、総じて五感が優れている傾向にある。中には獣人にしか聞こえない音や感じられない臭いもあるとされていて、合法の調味料でも獣人相手には使わない方が良いとされているものは多くある。
だからジェマ用のクッキーには獣人にも嫌な顔をされないものを用意していたのに。
『……そ、それで。そのせいで謹慎にされたの?』
『わかんないよ! 色々!!』
何も説明していなかったから、リリアンは何も知らないで怒っている。
けれどもし、リリアンが「マーサが用意してくれた」と言ってしまったら。
どうしよう。
マーサには守ってくれる後見人もいないのに。




