21匹目:甘くて冷たいアイスクリームは正直有難迷惑でしかない 1
(まずいまずいまずいっ。どうしようっ)
掛け布団に包まっても震えが止まらない。嫌な汗で冷えた指先が痛くて、ぎゅっと指を握り込んで体を丸めた。
同室の生徒がみな登校してしまって1人になった室内で、マーサはがたがたと震えていた。
マーサがこんなにも悩む羽目になってしまったのは、自身の軽率な行動が原因だということを頭では理解している。けれどまさかここまでの事態になるとは想像すら付かなかったのだから仕方がないではないか。こんなこと、いったい誰が予想できたというのか。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、意識してゆっくりと息を吐く。
リリアンがここ1週間ほど登校していなかったらしい。学科も違えば校舎も違う。会おうとしなければ会わなくても不思議ではないので、マーサも初めは気にも留めていなかった。むしろ大公令息にエスコートしてもらうために色々と準備をしているのではないか、なんて呑気にへらへらしていたくらいだ。
それが間違いどころか、大失態を犯したと気付いたのはつい昨日のこと。
『聞いてよマーサ! ひどいんだよ、あの猫!! 今になって全部かっさらおうとしてんの!! しかもエリオットにまで余計なこと言いやがってさ! ほんと最悪!!』
『え、えっと、どしたん? なんでいきなりそんなことに……』
『ほんとそれな! これまで全然興味なさそうだったじゃん! なんなのもう!!』
いつも不自然なほど綺麗に整えている前髪をぐしゃぐしゃとかき乱しながら、リリアンは吠えるように叫んだ。あまりの勢いに呆気に取られ、珍しいこともあるものだなんて呑気に考えつつ眼鏡を拭いた。
澄んだレンズに映るリリアンはやはり荒ぶっていて、前髪だけじゃなく肌もネイルも荒れている。身なりなんて不衛生でなければそれで良いと思っているマーサと比べるとそこまで酷くはないが、いつもの可愛いリリアンを基準にすれば異常すぎる。こんなにボロボロになるなんて何をされたのだろうか。
日本のカイロみたいな発熱する魔導具をポッケから取り出して、1つをリリアンに渡す。
『ありがと……』
『どういたしまして。てか、スタート時点ではやる気ないから好きにしてって言ってたんでしょ? 初めのめんどくさいとこを全部リリアンにやらせといて、1番楽しいイベだけ自分でやるってこと? 最低にもほどがあるわ』
『マジでそれ! なのにみんなぜーんぶあたしが悪いとか言ってあたしだけが怒られたの! やばくない!? なんであいつだけあんなに甘やかされてるわけ!? あいつがほんとのヒロインだから!? モブが出しゃばんなとでも言いたいの!? シリル様なんて1回も会えてないし! サマーパーティーにも芸術祭にも後見人を呼ばないとかなんなの!? あたしの邪魔してるとしか思えないんだけど!!』
『あー、そういえばたしかに。でもシリルの攻略って2人以上同時攻略大成功しないと解禁されないからだと思ってたわ』
『たしかに難易度☆5だったけどさあ!! 正ヒロインだって言うならそんくらいやれよって!!』
シリルはいわゆる隠しキャラだ。1周目ではただの後見人の孫でマグワイア魔導学園卒の先輩という立ち位置で助言をくれるだけのキャラで、こちらからアクションを起こす選択肢はない。ヒロインは学園では寮に入ってしまうし、後見人と言っても顔を合わせる機会はそう無いからだ。ヒロインの行動範囲は、学園内と近くの学生街と呼ばれているちょっとした商店街のみ。攻略対象からデートに誘われなければ他の場所は選択肢にすら上がらない。
攻略が解禁されてもシリルの攻略は難しく、下手を打てば最後までずっと邪険にされたまま。少しうまくいったように見えても結局子ども扱いされていたままでグッドエンドになってしまう。
ホシツカではシリルを学園のイベントに呼べるかどうかで好感度の上がり具合がわかる。これまで1度も呼べていないとなると、あの正ヒロインはまったくシリルの攻略はしていないようだ。
それならば誰を攻略するつもりなのだろうか。
ジェマがどこの令嬢に可愛がられていたという話はたまに耳にするが、男性との噂はまったくと言っていいほど話題に上らない。
エリオットはアンジェリカを捨てるほどリリアンに夢中らしいので無理だろう。ルシアンとフランツは攻略が難航していて、ベルノルトはよくわからないが、シリルの攻略もしていなさそうなのに。
あの猫はまったく会話にもならないし全然わからない。マーサはこっそりと首を捻った。




