20匹目:お誘いの薔薇とプリンアラモード 2
昼休み。1人で湖に行くことを禁止されたジェマは、クロエや同じクラスの令嬢たちと連れ立って食堂へ向かっていた。
人目のある食堂だとやはりマナーに気を配らなくてはならないので、ジェマはあまり食堂での食事は好きではない。昨日みっちりとマナー講座を受けさせられたこともあり、ジェマの機嫌はすこぶる悪い。しょんぼりと耳の垂れた頭を令嬢たちに撫でてもらいながら、散歩を嫌がる犬のように半ば引き摺られていった。
ジェマが到着してしまったことに観念してため息を吐いたとき、少し離れた場所から名前を呼ばれて立ち止まった。辺りを見渡すクロエに視線で方向を教えながら、「ルシアン」と呟いて手を挙げて――彼の言葉を聞いて勢いよく振り下ろした。
「うわ、本当にただの美少女になってる」
「何その微妙な言い方ぁ!」
「ぴかぴかに磨かれた大人しい猫はただの飼い猫じゃん。誰に飼われることになったわけ?」
「もー! みんなそう言う!」
微妙な顔で駆け寄ってきたルシアンが、さらふわな撫子色の髪をひと房持ち上げてさらに変な顔をした。その手をぺしりと叩き落とし、隣で目を丸くしているクロエの背に隠れる。
その陰からべーっと舌を出して、ジェマは首を傾げているルシアンを睨みつけた。
周囲の妙な反応で、ルシアンとこういう場で話すのはすごく珍しいかもしれないと首を傾げた。学科も学年も違えば、同じ学校に通っていてもそんなものである。それを思うとルシアンはよくジェマに会いに来てくれていたのだろう。
顔だけじゃなくて行動まで可愛い子だ。ちょっとだけお姉さんぶったジェマは、ころっと機嫌を直してゆらゆらと尻尾を振った。
「で? それやったの誰?」
「アシュダートン伯爵夫人だけど、そんなに気になる?」
ジェマがそう答えると、ルシアンも首を傾げた。さらに不貞腐れた顔をして上目遣いに睨みつけてくる。どうして睨まれているかわからないジェマは睨む理由もなくただきょとんと見つめ返す。
「その、わたくしを挟んで何をしているのかしら……?」
時間にして十数秒のおちび2人の攻防は、巻き込まれたクロエが音を上げたことで収束した。
にぱっと笑って愛想良くクロエたちに挨拶をするルシアンを見ながら、ジェマは感心していた。大別すればジェマも同じジャンルの人間ではあるが、さすが侯爵令息。切り替えと愛想の良さがすごい。
クロエたちもささっと切り替えて淑やかに挨拶を返している。これは若干みんなに甘やかされているジェマには未だ身に付いていない技術だ。学園卒業時にはそこそこ成長していると未来の自分に期待している。
手持無沙汰にクロエの袖を引っ張ったら普通に叱られた。こういうところだという自覚はある。
「ジェマは学園の建国祭は後見人を呼ぶの?」
こてりとあざとく首を傾げたルシアンの顔は、よく遠目に見かける愛想笑いだった。ジェマの前では全然猫を被らないルシアンにしては珍しい。
アシュダートン伯爵夫妻のことが苦手なのだろうか。
貴族らしく感情を読ませないルシアンに内心戸惑いつつ、ふるふると首を振る。
「んーん。パーティーはクロエたちと遊ぶって伯爵にも言ったから来ないよ?」
「呼ぶから磨かれたんじゃないの?」
「なんで呼ぶと磨かれるの?」
「……正式に養子にとか婚約とかの話じゃないの?」
「全然関係ないけど……?」
2人してきょとんと首を傾げ合い、揃ってクロエを見上げた。
他人事のように見守っていたクロエはびくりと肩を揺らした。そして1度視線を逸らし、すぐに諦めてため息を吐く。
「伯爵夫人が作ったジェマの花のスキンケア用品で磨かれたそうですわ」
「あ、そうそう。これね、すごく良い匂いなの」
「ふぅん」
ごく自然に髪の香りを嗅がれて、ジェマは思わず思いっきりルシアンを突き飛ばした。ぱちくりと目を瞬かせ、慌ててルシアンの袖を引く。
なぜだかすごくびっくりしてしまった。
ジェマはおそらく人よりも他人から触れられることは多い。しかし頭を撫でられたりすり寄ったりする相手は全員女性だ。シリルに叱られるときはよく頭を叩かれているが、あれは夫人たちがジェマを甘やかすのとは訳が違う。
貴族式挨拶で手の甲にキスをされるのもまだ慣れないというのに、わざわざ顔を近づけてくるなんて。
「わ、ごめん。突き飛ばした」
「いやごめん。気持ち悪いことした」
「そこまでは思ってないよ。びっくりしただけ」
「……ほんと?」
いつもどおりあざとく見上げてきたルシアンに頬を膨らませ、ジェマはまたクロエの後ろに隠れた。しょんぼりと垂れた尻尾を自分で撫でる。その逆立った毛に、予想外に驚いたことにまた驚いた。
そんなジェマの心も露知らず、ルシアンはこっくりと頷いたジェマを見つめて無邪気に笑った。




