20匹目:お誘いの薔薇とプリンアラモード 1
結局夜遅くまでこってりと絞られて、シリルには反省文まで書かされた。前回の怪しいクッキーをわざわざ食った件も含め、さすがの優しいアシュダートン伯爵にも叱られた。
怒り方は意外とシリルと似ていて、ぼーっと感心していたら耳と尻尾でバレてさらに叱られた。
翌日は大事をとって学園を休ませられたのに、なぜか1日中みっちりとマナー講座を受けさせる羽目に。優しいメイドさんたちにお風呂に入れてもらいながら、ぷるぷると震える太ももと二の腕を摩った。体のあちこちが筋肉痛になるくらいにきつい1日だった。
昨日のことを思い出して自分の席でため息を吐く。
夫人たちの指示で丹念に手入れをされた野良猫は、これまでにないくらいピッカピカだ。毛並みも艶やかで、リリアンにけちょんけちょんに貶された癖毛も今日はふわふわと綺麗に波打っている。つるんとした肌には軽くパウダーがはたかれ、蜂蜜のリップで乾燥しがちな唇もぷるぷる光っている。
「あなたそんなに綺麗になってどうしたの? とうとう正式に飼われることになったの?」
ジェマを可愛がってくれているクロエですら驚くほどの変貌ぶりである。クラスメイトたちから遠巻きにヒソヒソされていたことには気付いていたが、反応する気力が残っていなかった。栄養満点の食事とふかふかの高級布団のお陰で体力は万全なのだが、なんだかとっても疲れた。
ゆるゆると力なく首を振り、頭を撫でるクロエの手に首を預けた。
「違うけど磨かれたの……」
「別にいいじゃない。何を落ち込んでいるの?せっかく可愛くしてもらったのならしゃんとしてなさいな」
「んー……」
「それにしてもすごいわね。ジェマの癖っ毛がこんなにしっとり滑らかになるなんて。これ何を使ったの?」
「なんかサマンサ様の経営してるブランドの新作だって。ジェマの花を使ったシリーズを作ったって」
「モデルはあなたね」
「うん」
ジェマが取り出したボトルセットは、猫耳の付いた蓋に猫の形のラベルが貼られたピンク色の瓶だった。淡い水色のリボンが巻かれていて、ジェマの花を使用した薬液。
ジェマを知る人が見れば、ジェマをモチーフにしたのは丸わかりだ。着々と飼われる準備が進んでいる気がしなくもない。
まだ15歳だ。他人様の婚約には色々と首を突っ込んでいるものの、ジェマ自身の結婚には全然興味が湧いていない。まだ赤ちゃんに毛が生えた程度のお子様だというのに、王都に来た途端にいきなり婚約だの結婚だのと考えさせられても困ってしまう。
ましてやシリルは恋愛対象にもならないくらいの大人に見えているというのに。
「あげる。サマンサ様がクロエにあげてって。あと感想聞かせてって言ってた」
取り出したジェマシリーズ一式をずいとクロエに押し付けて、ふぁとあくびを零した。
包みに入れられていたカードを見て頬を引きつらせているクロエを無視して、ため息を吐く。ジェマはカードの中身は見ていないが、サマンサたちの口ぶりから察しはつく。
短期間に2度も危険なことをしたうえ、大公令息と公爵令嬢の婚約にも首を突っ込むという二重に危険なことをやらかしているジェマに対して、シリルは冗談抜きで怒っていた。床に正座させられたのは冗談交じりだったが、伯爵夫妻が去ったあと追加で本気の説教を受けた。さすがに後見人にも害が及びかねない危険を犯した自覚もある。シリルの言うことも最もだった。ジェマもふざけることなく粛々と叱られた。
アシュダートン伯爵家で平民や下位貴族の後見人をするのはジェマが初めてではない。これまでにも何人もの後見をしてきたそうだが、夫人たちの言うことには「シリルがここまで面倒を見るのはジェマが初めて」らしい。しかしそれで言うのなら、夫人たちがこうも積極的に囲おうとしているのもジェマだけらしい。
ジェマ視点からすれば、夫人たちの方が先にジェマとシリルを結婚させようとしてきたからシリルがジェマに興味を持ったのだと思っている。初めの一言からして「愛想良くうちの女性陣に取り入っている」と蔑まれたものだ。
「まぁいいわ。ありがたくいただきます。……なぁに、そんなに見つめて。今日はどうしちゃったの?」
「んー……。んや。ちょっと本気で叱られたから元気出ない……」
「ふぅん。まぁあなたが悪いし、しばらく大人しくしていたら良いと思うわ」
髪の質感を確かめるように撫でていた手にぐりぐりと頭を押し付けて、またため息を吐いた。今日はため息が止まらない。好奇心だけで危険に首を突っ込みまくったジェマでも、さすがにあそこまでわかりやすく身に危険が及び本気で反省した。
一昨日のリリアン激昂事件のことはクロエには伝えていないので、おそらくアンジェリカを唆したことについて言っている。それについてはシリルだけでなくアシュダートン伯爵からも結構強めにお叱りを受けた。今のジェマは本当の本当に心の底から自分の適当さについて反省している。
全身から甘ったるい良い香りがする。それがまた、全力でジェマを囲おうとしてくる夫人たちを思い出して落ち着かない心地にさせる。
よって今日のジェマは朝からずっと1人でそわそわしていた。
「お菓子食べたい……。すごく安いやつ……」
「逆に安いのが良いの? 購買で売っているもので良いのなら買ってあげましょうか?」
「クロエ大好き!!!!」
「ありがとう。でも教室の真ん中で愛を叫ばないでちょうだい。恥ずかしいわ」




