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3匹目:思い出のアップルパイはもういらない 4

4/3


3話で終わる予定ががっつり抜けていたので1話追加になりました。びっくり。




雨は化粧直しの間に止み、雲間から差し込んできた日光が湖面を煌めかせていた。


木々からぱたぱたと落ちる雨露さえも美しい。雨の影響で風が冷たいのが難点だが、ほっこり暖かいクッションを敷いているため寒くはない。



そんな綺麗な景色を背景に、すっと背筋を伸ばして紅茶を嗜むアンジェリカのなんと美しいことか。安物のチョコレートでもとても贅沢なおやつのようだ。


あれだけ甘いものを食べたあとではもういらないというアンジェリカには紅茶だけを出している。



「そういえば、結局あのクッキーはどうして踏まれたなんてことになったんです?」



ジェマはアンジェリカが踏ん付けたとは思っていなかった。そもそもアンジェリカにその発想があるとすら思っていない。


恋敵の手作りクッキーを踏み潰して邪魔をするなんて、如何にも平民が考えそうな嫌がらせではないか。


貴族令嬢がそのイベントを潰すのなら、そのクッキーに何かが混入されたと騒ぎたてれば済む話だ。しかも相手は大公子息。その疑いがかかるだけで、リリアンを致命傷まで追い込めるのに。



「……あなたは、わたくしが嫌がらせをしたとは言わないのね」


「今更そんな程度の低い嫌がらせをしても仕方がないでしょう」



ついでに言えば、リリアンはかまってやればやるほど悲劇のヒロイン道を突っ走るタイプである。わざわざ加害者になってやる義理もない。



「ふふ。ええ、そうね。本当に今更だわ」



寂しそうに自嘲したアンジェリカは、やはりリリアンよりもエリオットのことを気にしているようだった。


『リリアンがいなくなれば上手くいくはず』なんて短絡的な考えは持っていないのだろう。だから自分が悪いのだと自ら追い込み、平民(ジェマ)なんかに愚痴を吐きに来てしまった。



なんとも損な人だ。婚約者はほどほどに肩の力を抜くどころか、がっつり手を抜き始めているというのに。



「わたくしがクッキーを渡すことを止めたのは、白花(フェリーチェ)会の活動の一環よ。失礼だけれど、男爵令嬢が手作りしたお菓子なんて、もしエリオットに何かあったら2人とも大変なことになるもの」



ジェマも白花(フェリーチェ)会には世話になっているため、その活動はよく知っている。


白花(フェリーチェ)会はマグワイア学園の女子生徒が全員所属するクラブで、反対に男子生徒のクラブを黒翼(リベルタス)会という。活動内容は基本的に、平民や下級生などへのサポート兼囲い込みである。


その活動(サポート)の中には、平民や下位貴族が知らず知らず高位の相手に無礼を働いたり、危険な行為をしたりすることを防ぐことも含まれる。


平民でも新入生でも、高位貴族を相手にするなら気を付けすぎても足りないくらいだ。何かあったときに罰せられるのはルールを破った方なのだから、厳しくすることが下の者たちを守ることにも繋がる。



「確かに愉快ではなかったわ。けれどわたくしはエリオットに渡すことを注意したわけではないわ――自分より高位の相手に手作りの料理を振舞うことが危険だと言ったの」



ふむふむとジェマは頷いた。ここまでは予想通りである。



貴族令嬢は普通厨房になんて入れてもらえない。アンジェリカが厨房に入れたのは、エリオットが手作りスイーツを食べたいと要求したからである。


今年出会ったばかりのただの男爵令嬢の手作り料理が食べられて、婚約者の手作り料理が食べられないとは言わせない。婚約を継続させたい大人たちの思惑もあり、アンジェリカが料理をする方が都合が良かったまで。



「公爵家に婿入りが決まっている相手(エリオット)に、わたくしを敵視している令嬢(リリアン)が手作りの贈り物をするなんて。我が家に喧嘩を売っていると捉えられてもおかしくなくてよ? ……すでに寄親を通じて正式に抗議もされているわ。エリオットに悪いところがないとは言わないけれど」



頬に手をあててため息を零すアンジェリカから感じるのは困惑だった。


箱入りのお嬢様には、平民の間では定番の胃袋を掴む作戦は理解できないようだ。「何故あれほどの自殺行為を堂々と?」と首を傾げている。


食事=シェフが作るものだと思っている母親の手料理すら食べたことのないアンジェリカは、好きな人に手作りスイーツを強請るという気持ちすらよくわかっていないらしい。



そろそろリリアンとエリオットに対して怒っても良いと思うのだが、それ以上に彼らが何をしたいのかよくわからなくて困っているようだ。アンジェリカが何をするまでもなく自ら墓穴を掘りまくっているのだから、ある意味当然ではある。



「わたくしはクッキーには触っていないわ。あの子が落として誰かが踏んだのよ」


「というと?」


「わからないのよ 。そのとき、ランズベリー嬢の周囲は慰めようとする人が何人かいて、それでぽろっと落としたところを誰かが踏んでしまった、ということみたいね。わたくしは見ていないから聞いた話だけれど」



ジェマはぽかんと開いた口にチョコレートを突っ込んで誤魔化した。



(あれだけめそめそ訴えに来ておいて完全に冤罪か……。いや冤罪だとも思っていないのか)



先日のリリアンの様子を思い出す。


リリアンは『アンジェリカが自分を嫌っている』『エリオットとの仲を邪魔している』という前提のもと動いているように見えた。きっと誰がやったかはどうでもいいのだろうと思う。



『手作りクッキーをエリオットに贈ろうとしたら、クッキーを踏まれて台無しにされた』



アンジェリカにはリリアンの邪魔をする理由がある。

だから踏んだとしてもおかしくない。

犯人がわからないのであれば、アンジェリカだったら都合が良い。




最初から最後までずっとアンジェリカの悪口を言い続けていたリリアンにはありそうな考え方だ、とジェマは納得して頷いた。


アンジェリカは悩んでいるが、アンジェリカがリリアンの考えを理解することは難しいと思う。そのリリアンに入れ込んで言動が似始めているエリオットとも、話し合いで解決できる時期は過ぎている気がする。



ここまで来ればリリアンは強制的に押さえ付けても無駄だろう。というより、どれだけ頑張っても会話が通じる未来が見えない。




「……もう全部無視しちゃダメなんですか? 関われば関わるほど悪化している気がするんですけど」





『思い出のアップルパイはもういらない』は一旦ここで終了です。

次は違うお客様が来ます。

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