18匹目:ホットココアで一息ついて 2
ストックがなくなったので何話続くかわからないけどまだ続きます!
「とりあえず、アシュダートン伯爵に相談して決めます。勝手に決めたら怒られそうなので。実行はいつの予定ですか?」
「早ければ早いほど良いわね。学園の建国パーティーの前には終わらせたいの」
結局、ジェマがこの湖の畔でお茶会を開催することになった。ジェマがエリオットを招待する繋がりはないが、リリアンにパートナーを連れてこいと言えば良いだろうとのこと。
エリオットはもうその程度の男だと舐められ切っていると早く気が付いた方が良い。婿入り予定の分際で婚約者以外の女性と、平民の女子生徒が主催するお茶会に参加すると皆から思われているのは異常だ。最終的にアンジェリカとリリアンのどちらを選んでも選ばなくても、それとこれとはまた別の問題で信頼と信用が完全になくなりかけている。
(別に、本当に1発殴ってスッキリ吹っ切れるなら殴るのも手段として全然アリだけど……)
ジェマはアンジェリカが引くほどノリノリなことに引っかかっていた。
殴ること自体を止めるつもりはない。それは良い。けれど、その1発で気持ちの折り合いを付けられないなら危険をおかしてまで殴る意味がない。
どこかぼんやりとしているようなアンジェリカの様子に、ジェマはこっそりと嘆息した。
「んじゃ、わたしが準備してる間にアンジェリカ様は婚約者殿への要求を考えておいてくださいね」
「要求?」
カップを置きながら頷いて返す。
クリスティーナ以外の3人からの不思議そうな視線を浴びて、ジェマはちょこんと首を傾げた。
「だって殴って『ざまあみろ!』ってやるわけじゃないでしょ? いやまぁ別にそれでも良いんですけどね。でも個人的にそれは嫌なので、何か殴る目的を明確に定めてください。目的がないならわたしはやらないです」
「いやあなたねぇ……。ここまで唆しておいてやらないですはなしでしょう」
呆れ果てたクロエとシェリーに両頬を突っつかれ、ジェマはぷくぅっと頬を膨らませた。
「だって別にわたしはアンジェリカ様が婚約者殿を殴らなくったっていいもん。殴ったって何の得もないしわたしが殴るわけでもないし」
「ちょっとジェマ、お猫様すぎるわよ。ちょっとは遠慮しなさいな」
「どうしたの。あんなに思い切り煽っていたくせに」
「だってアンジェリカ様が個人的に殴りたいだけならおうちでやればいいじゃん。だったらわざわざ学園でやらなきゃいけない理由がいるじゃん」
「なぁに小さい子みたいな駄々こねてるのよ。急にやりたくなくなっちゃったの?」
つんつんと頬を突かれながら、スコーンに思い切り齧り付く。
カフェテリアの焼きたてスコーンはまだ温かい。クロテッドクリームと甘いジャムをたふたふと乗せて、もはやスコーンがおまけと化している。久しぶりにぱんぱんに詰め込んだほっぺを披露して、ぷるぷると首を振った。
もしジェマがリリアンをぶん殴れたら、きっととてもスッキリするだろう。ジェマはそれでスッキリできるタイプだからだ。ただ拳で殴るのは苦手なので、激辛スイーツを食わせたり落とし穴に落としたり泥だらけにしたりと色々と試行錯誤してやり返すタイプである。
しかしアンジェリカはジェマ式の子供じみた悪戯でスッキリ満足するだろうか。
というよりその前に、アンジェリカが遠慮なく思い切り拳を振りぬきそうな雰囲気を醸し出しているのが不安だ。
昨日エリオットがあれこれと喚いていたことも不安に拍車をかけている。リリアンのことで相談をしに来たはずが、なぜか最終的に全部アンジェリカへの愚痴になっていた。構われるのは嫌だが構われないのも嫌というなんとも馬鹿馬鹿しい癇癪であった。
けれどそれがエリオットだけとは限らない。
初めはわかりやすいストレスがなくなってスッキリしていたアンジェリカも、これまでずっと当たり前にあったものを急に手放せばそわそわしてきて当然だ。自分から話しかけてくるようになったエリオットに希望を抱き始めるのもあり得る話だし、そもそも嫌いになったとは一言も聞いていない。
まだ完全に決裂したわけでもなく、時間的な猶予は迫っている。そしてつい3日前に、エリオットのことが好きだったのだと自覚したばかりの乙女である。
ついでにちゃんと思い返してみたら、ジェマは特に深い意味があって殴れと提案したわけでもなかった。本当に言いたかったのは怒れであって、手段としてわかりやすかったから殴れと言ってみただけ。
本当に殴って何か問題が起きたときの責任の所在が不透明なのも怖い。
甘ったるいココアをぐいっと飲み干して、口の周りについたお菓子のカスを適当に拭う。
「いやわたしは初めから話を聞かせるために殴ってしまえと言ってましたからね? ちゃんと殴る前に何を話すかを決めておかないとだめ。ただボコボコにしたいだけなら本当におうちで1人で勝手にやって。アシュダートン伯爵家に迷惑をかけるわけにはいかないから、何の意味もないのに大公令息をぶん殴る手伝いはしません。アンジェリカ様の気持ちが定まってもないのに、とりあえずでぶん殴るにはリスクが大きすぎます」
「テンションはほぼ逆切れなのに、一応正論ではあるのがなんか腹立つわね」
「殴るのは良いの。でもただ殴るだけはだめなの。伝わりますか、この気持ち」
「自分から提案しておいて、もう……」
アンジェリカは眉を下げてじっとコーヒーの入ったカップを見つめていた。完全に黙り込んで誰の顔もまともに見ていないアンジェリカはとても珍しい。
その隣でクリスティーナも不思議そうな顔をしている。ここでジェマの言葉を否定してまで煽るつもりはなかったらしい。スコーンを割りながら小首を傾げるクリスティーナに、そっとジャムの瓶を差し出した。




